第10話 正義のヒーロー 2
普通ならありえない、欲が自分の無意識下で発動することなど。
欲が本体の体を操作することなど。
だが不可能なことではない。しかしそれには自らの意識を塗り替えるほどの強力な欲望が必要である。
意識を塗り替える程の強力な欲望、それは自分のもうひとつの意識を形成したとしても何ら不思議なことではない。
「んで、妖力による力とお前の欲望によって生まれたのが俺って訳、そしてここはお前の深層意識の世界な」
「は?」
なんか師匠との戦いの最中意識を失った後、めっちゃ白い空間に来た俺はそこでまじで俺と似ている、黒目黒髪のどこにでも居そうな少年と出会っていた。俺に似ていると言っても小一くらいの時の俺に似ているというだけであってその少年と俺との間には明確な身長の差がある。
「まぁつまり、俺はお前で、お前は俺ってことだ」
「はぁ、いや全く分からん」
「まぁそうだろうな、正直俺も俺の事をよくわかってない、けど、俺がお前の欲の塊なんだってことは分かる」
俺似の少年は人差し指をビシッと俺に向けて
「お前、逃げてるだろ?俺から」
「逃げてる?」
俺が聞き返すと、少年は「はぁ」とため息をついてから
「わかっていなかったのか?お前はあの日から”正義のヒーローになる”という自分の欲から逃げている」
「っ、だまれ」
「いいや、黙らない、お前が前を向いて俺を受け入れるまで俺はお前の心に居続ける」
「やめろ」
正義のヒーローなんて、なれる訳が無いんだ。
「なれる」
「!」
今俺の心を
「ここはお前の意識の世界だぜ?お前の心がわかって当然だろ」
「そういうものなのだろうか?」
「んな事ぁどうでもいい、いいかぁ?俺よ、自分の中に信念、欲、偽善がある限り、人は正義のヒーローになれるんだ」
「その全てがお前にはある、だからあとは自分の過去と向き合え、わかったな」
そう言ってから少年は徐々に薄くなっていき、そして最後には消えてしまった。
そして俺も視界がだんだん不鮮明になってきた。
目を強くつむり、開けると
目の前にミラの顔があった。
ふむ、俺の後頭部に感じるこの固くも柔らかくも言えないこの感触はもしや、ミラの膝なのではぁ!?、これ膝枕なのではぁ!?
「あ、目さめた」
「おはようミラ、なんだか今日は積極的だな」
「お目覚め、そうそう何を言ってるの?」
「?、いやだって俺の後頭部に膝のようなものが·····」
「あぁ、それは」
そう言ってミラは自身の先を指さす。
俺はその指の先を見るためにムクリと起き上がる。
「よぉ湊、久しぶりだな!」
「え」
そしてにこやかに俺の視界に入ってきたのは黒い髪を短くして、黒目、決して若いと言えるような顔ではないが、老けているというほど老いていない。
こんな顔をしている人間を俺は一人しか知らない。俺の父さんだ。
「な、んで?」
俺は状況が理解出来なかった。
お父さんは死んだんだ、あの日俺の腕の中で確かに死んだんだ。
七年前
ザァァァァァ、その日は雨が多く降っている日だった。
「父さんおかえり!」
「あぁ、ただいま湊」
俺はいつも仕事から帰ってくる父さんを出迎えていた。
理由は頭をその大きな手でなでなでしてもらえるからだ。
「父さん!父さん!今日はどんな悪いやつとっ捕まえたの?」
父さんは警察官だった、父さんは悪いやつを何人も捕まえてきた、だから俺は父さんに憧れ、正義のヒーローになりたいと思うようになった。
そしてそんな父さんの仕事の話を夕食の時に聞くのが俺は大好きだった。
「おぉいいぞ、今日はなある暴力団グループの一人を捕まえてだな·····」
「わぁ!」
父さんから聞く話はいつも新鮮で、とてもかっこよくて、俺は憧れてた。
次の日は曇りがかった空だった。
「じゃあ今日も行ってくる」
「行ってらっしゃい」
「行ってらっしゃーい!」
いつも父さんが一番最初に家を出る。父さんの次に俺が小学校に行く。
しかし、その日は開校記念日で休みだった。だからその日、俺は父さんの後をつけることにした
。一度見てみたかったのだ父さんの仕事をしている姿を。
そろーと母さんにバレないように家を出る。
家から足を出した瞬間、俺は全力ダッシュした。するとすぐに父さんの背中が見えた。
「ん?」
父さんは俺の気配を感じ取ってか、後ろを振り返る。咄嗟に近くにあった電柱の影に隠れる。
「気のせいか?」
(あぶなかったー)
俺は口を両手で封じ、呼吸の音さえもれないようにする。
改めて歩き始めた父さんの後をつける。
ついたのは何も無い倉庫だった。
俺は父さんからは見えないだろう壁の後ろに張り付く。
「よぉ、あいつらのアジトはここか?」
「あぁ、昨日捕まえた奴に吐かせたら、ここだって言ってた」
倉庫の前に止められている車の窓から顔を出している男に話しかけている父さん、その会話の内容は何とか聞き取ることができた。
(もしかして、暴力団なんじゃ)
俺は小さい脳を全力で働かせる。
「応援はいつ来るんだ?」
「しばらく来ないかもしれない、なんかとんでもない渋滞とありえない事件の連発で到着が遅れるって言ってた、まぁいつかは来ると思う」
「やっと、捕まえられるのか、あの犯罪者集団を」
父さんは拳を額に当て、心底嬉しそうに歯を食締める。
そんな時だった。
「きゃァァァァァっ!もうやめでぐだざい!」
倉庫の中から女の人の叫び声が聞こえた。
「なんだ!?」
父さんとその車の中にいた男は倉庫の扉のほんの少しの隙間から中の様子を確認しようとする。
俺は父さんと距離を取らなければならなかったので、中の様子は見ることはできなかった。
「「···············」」
中の様子をはっきりと確認したらしい二人は何故かとても怒っているように見えた。
「おい大地、今すぐ突入していいか?俺は今にもどうにかなっちまいそうだ、あいつら女の人にあんなことを、、!」
スーツを着た男は拳を握りしめ、そのあいつらへの憎悪を口にしていた。
「落ち着け、今は応援を待つんだ、落ち着け」
対する父さんも悔しさが顔に出ていた。落ち着けと言っている父さんの方が落ち着いていないように見えた。
この暴力団はとんでもない人数がいて、またどこからか入手した、大量の銃火器を所持している。
だから簡単には手を出せないのだ。
(多分中で女の人がひどい目にあってたんだ、許せない!)
俺もまた怒りが心の底から湧いてきた。
それから十分程経った。その間何度も何度も女の人は叫んでいた。それと同時に汚く醜い男の声も聞こえてきた、
(なんで、今すぐに助けないんだ!?今女の人が苦しんでいるって言うのに!)
(正義のヒーローはいつだって、誰かを救わなくちゃならないんだ!)
俺はもう我慢の限界だった。
この頃の俺は子供だったんだ、周りが見えない、状況を理解できない子供だった。
だから·····
「絶対にぶっ潰してやる!」
俺は走り出した。
「湊!?」
「なんだ!?あの少年は!?」
父さんともう一人の男の戸惑いの声を無視して、俺は倉庫に向け、一直線に突っ込んだ。
幸運にも父さんとその男は倉庫からはかなり遠い場所に位置取っていて、俺に追いつくことは叶わなかった。
バアァァァァァァァァン!
と思い切りよく倉庫の扉を豪快に開ける。走った時の助走がなければ絶対に開かないと思うほどその扉は重かった。
「テメーら全員俺がぶっ倒してやる!」
「なんだァ?テメー」
堂々と倉庫の中に入った俺は視認する、赤い切り傷があらゆる所につけられ、更には裸にさせられ、余りにも無惨な姿にされていた女性の姿を。
そんな女性を椅子がわりにして座っている金髪の男は俺の事を睨みつける。
「おい、お前らか?お前らがその女性にそんなことをしたのか!!!」
「あァ?そうだけど?」
金髪の男は何も悪びれる様子もなくあっけらかんとした様子で言った。
「許さない、許さない!」
俺はいつの間にか走り出していた。あのクズが許せなかったんだ。
「あァめんどくせェ、あれ撃て」
「いいんですかい若旦那?」
「いい、後処理は少しダルいがあのガキを生きて返す方がもっとダルいからなァ」
「了解ですぜい」
そしてあの金髪野郎の隣にいるボディーガードのような屈強な男は俺に銃口を向ける。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!」
けれど、俺に止まってる余裕なんて無かった。だからただ全力で走った。たとえ自分が死ぬとわかっていても·····
「撃て」
バンッと激しい銃声が鳴った。
その瞬間、俺の体が左に引っ張られた。
「え?」
「がぁぁぁぁぁぁっ!」
俺を助けてくれたのは父さんだった。
「な!?誰だ!」
「動くな!警察だ!お前達は方位されている!」
そしてさっきの男が凄い剣幕で入ってきた。
けれどそんなことどうでもいい·····
「父さ、ん?」
「湊か、良かった、怪我はないみたいだな、ぐっ!」
さっきの銃弾は父さんの腹を完璧に貫いていた。父さんの腹からはとめどなく血が溢れている。
「父さん!父さん!」
俺は必死でその傷口を抑える。けど血は止まらない。
「はぁ、はぁ、俺は大丈夫だ、だから湊、早くここから逃げろ、あいつは包囲されていると言っているがあれは嘘だ、まだ応援は到着していない、だから、早く逃げ、て、くれ、ぐぅっ!」
父さんは痛みで上手く喋れていなかった。
「嫌だ!嫌だよ!そしたら父さん死んじゃうじゃないか!」
「大丈夫、俺は死なない、なんたって俺は正義のヒーローだからな」
そう言って父さんは笑った、こんな状況なのに笑って見せてくれた。
「走れ!湊!」
「っ!」
父さんが今まで出したことの無い声量の声を出した瞬間、俺の体は動き出していた。
「あァ、そこのお前ェ、嘘ついたなァ?外からサイレンの音が微塵も聞こえない」
「っ!」
嘘がバレたことで苦汁を噛み締めたような顔をするスーツの男の横を全力で駆け抜ける。
「一人も逃がさないよォ?」
バンッ!と再び銃声が聞こえた。けれど俺に銃弾は当たらなかった。
「がっ!」
代わりに当たったのは俺の父さんだった。
「行け!湊!」
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
俺は目から涙を垂れ流して全力で逃げた。みっともなく逃げた。
(俺のせいだ、俺のせいだ、俺があんなバカなことをしてしまったから!)
”正義のヒーロー”になるなんて思ってしまったから!
倉庫の扉を父さん達の助けもあり何とか抜けた俺は脇目も振らず走り続ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ!」
「いっ!?」
疲れからか、恐怖からか、悲しみからか、俺は何もない所でつまづいてしまった。
それと同時に
バァァァァァァァァァァァァァァァン!
後ろの倉庫で大爆発が起きた。
俺は反射的に後ろを見る。すると上からなにか黒い物体が降ってきた。
その物体は何回かバウンドして、俺の目の前で止まる。
「う、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
その黒い物体は火傷した父さんだった。
「みな、と、か?」
微かに声が聞こえた。まだ父さんは生きている。
その事実が俺の体を父さんの元まで引き寄せた。
「父さん!父さん!」
俺が腕で父さんの頭を持ち上げる。
「み、な、と、生きろ、よ」
父さんは俺の頭を撫でようとしたのか、震える手を必死に持ち上げる。しかし、その手が俺の頭に辿り着く前に、父さんは息を引き取った。
「父さん?ねぇ、父さん?俺の声聞こえる?」
父さんは返事をしなかった。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」俺の絶叫が空に響いた。
この日が、俺が己の憧れを呪った瞬間だった。
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