第9話 正義のヒーロー

師匠とは己より圧倒的に強い存在である。

これを俺はいまさっき師匠の拳を直に受けることで再認識した。


俺は師匠に妖力を纏って突撃した。しかし全身全霊の俺の攻撃は師匠に軽々しく防がれ、最後の一発として、燃えるように赤く染まった拳で思いっきり殴られた。

俺の記憶はそこまでだった。

俺は師匠に師匠と言う恐ろしい存在を嫌という程認識させられた。


「無事か?」

「はい、何とか」

俺の頬は片目が見えなくなるほど赤く腫れていたが、他の部分は全く怪我を負っていないので意識は保っていられる。


「そうか、じゃあそれ直さなくていいな」

「まぁ、いいっすけど出来れば治して欲しいっす」

「·····いやだ」

「えー」

ガチで嫌そうな顔された。ちょっと悲しい。


「んじゃあ、修行の続きだ、もっかいかかってこい」

「いや無理ですよ、もう妖力ほとんどないんですから、ふん!」

俺は妖力がほとんど無くなっていることを証明しようといつもと同じ感じで妖力を出してみる。


「ほら」

俺が出した妖力は前ほどの巨大な金色のオーラのようなものは出ず、立ちのぼる炎は明らかに弱まっていた。


「十分だ、四の五の言わずにかかってこい」

戦闘狂の師匠は青色の瞳を俺に向け、手をクイクイと動かし、明らかに俺を挑発していた。

「はぁはぁはぁ」

対して俺は身体も心も疲労困憊こんぱいだった。

(だァくそ、この状態結構きついんだけどなぁ、なんで師匠はずっと妖力を張ってられるんだよ)


「いいかぁ?湊、妖力を出す!と思うんじゃねぇ、妖力とは自分の血肉だと思え」

師匠は両手を腰に当て、余裕綽々よゆうしゃくしゃくと言った表情でいる。


(妖力は自分の血肉、血肉、血肉·····)


「よし!イメージ出来たぞ!」

そして俺は再び師匠に向かって突撃をした。


「いや!全然なっていない!妖力が乱れている!焦るな!精神を研ぎ澄ませ!」

俺の必死のラッシュを師匠は片手だけで捌いていく。

右手の横殴りの拳を軽く弾き、大きくジャンプしてからの豪快な蹴りを体を微動だにせず受け止め、そしてその勢いのまま叩きつけられた。

「がっ!」

床に叩きつけられた反動により、俺は肺に貯まっていた空気を一気に吐き出す。


「はぁはぁはぁはぁ!」

意識が朦朧としてくる、身体中から水分が取られていくような感覚だ。

クソ、疲れる。もう止めたい、もうこの場で寝てしまいたい。諦めてしまいたい。

けれどその前に·····


「どうした!?へばったか!?」

師匠はまるで俺を煽るように両手を広げ高らかに言った。


「はっ!やってやるよ」

この人に一発泡を吹かせてやりたい!


俺は再び立ち上がる。


(策なんてない、ただ愚直に立ち向かうだけだ!)

「行くぞぉ!」

俺の雄叫びが真っ白な部屋に響いた。


「おらぁ!」

師匠に向かって突っ込む。

「ドォォォォォォン!」

また吹き飛ばされる。


「そこだ!」

もう一度突っ込む、今度は右に左に撹乱するように突っ込む。

「ドォォォォォォン!」

次は蹴り飛ばされる。

しかし、俺は何度も何度も立ち向かい続けた。俺の妖力が続く限り何度も何度も。

けれど·····

「ドォォォォォォン!」

その全てが師匠の一撃によってねじ伏せられる。


「がはっ!」

やばい、意識がなくなってきた。前が見えない、足が重い、全身が痛い。

やっぱ、俺じゃ勝てねーのかな?

そして俺は壁に埋まりながら意識を失った。



「がはっ!」

そして湊は再び壁に叩きつけられる。もう何度目かも分からない。


しかし、湊は立ち上がる。

「はぁ、はぁ、はぁ」

どれだけ息が切れようとも何度も立ち上がる。

(なんなんだ、こいつは?)

湊と対峙している女性メイウェン・コーディナーは困惑していた。


(なぜ倒れない?こいつは妖力もろくに扱えないまま五分以上戦っている、それなのに、それなのになぜあいつの目には闘志が宿っている?)

湊の師匠であるメンコはどれだけボロボロになろうともたちむかってくる湊を見据えた。

湊の着ているパジャマは上下ともあちらこちらに穴が空いており、到底パジャマと言える代物ではなかった。立ち上る妖力の量も灯火ほどしかなかった。


「おい、流石にもういいんじゃないか?」

「···············」

その有様を前にメンコも湊を止めようとする。しかし、湊はその瞳の奥に宿る闘志を絶やすことは無かった。

やる気なようである。



「ふん、そっちがやる気ならとことん付き合ってやるよ」

対するメンコも、湊のその踏ん張りに敬意を評し、初めて構えをとった。


しかし、湊は一向に攻撃してくる気配が無かった。それどころか項垂れている。

「?」

不審に思ったメンコは金色の眉をひそめる。


「俺は、なりたい、正義のヒーローに、なりたいんだ」

湊から発せられたその小さくか細いその声をメンコは一字一句聞き逃さなかった。その言葉には尋常ならざる願望が入り交じっていたから。


「·····、俺は、はぁ、俺は正義のヒーローだ」

その瞬間、湊の身体を囲っていた灯火のような金色の妖力が、青色の炎に変わった。

そしてすぐにその青色の炎は湊の身体を包み込み始める。

するとその炎は湊の右手に集まっていくように思えた。


ごくっ、とメンコはその光景を固唾を飲んで見ていた。


次第にその炎は形を為していき、剣とは言い難い、先のとがった棒のようなものになっていった。そう決して剣には見えないのだ。しかし、その青色の棒はメンコに剣だと疑わせる程の存在感を放っていた。

そしていつの間にか、湊の周りを囲んでいたあの荒ぶる金色の妖力の影はなく、静寂に湊の周りを囲う青色の炎に移り変わっていた。

まだ未完成であるが、ひとまずは妖力の出力操作に関しては及第点と言えるだろう。


「それはお前の欲か?」

「···············」

メンコは湊の手に持っている物を指さしてそう聞く。今のメンコにとって、湊が妖力の出力操作が出来るようになったことよりも湊の手に持っているものの方が重大なのだ。


しかし、湊は口も開こうとせず、何も答えなかった。睨みつけるようにメンコを見ているだけだった。


そして湊は体の重心を前に倒し、流れるよう

に歩を進め始めた。

そのゆったりとした進行は今までの湊の攻め方とは全く異なっていた。



「どっからでもかかってこい」

そんな湊よ変化にも全く動じないのがメンコという女性である。しかし、内心では

(あの青色の棒はおそらく湊の欲だろう、どんな欲かは分からないが、こんな短期間で欲を発現してみせるとは、それにどんな強敵にも怯まない心も持っているときた)

「そんなことされたら、気に入っちまうだろうが」

湊のことをベタ褒めしていた。しかも気づいてないようだが、口にも出してしまっいる。


メイウェン・コーディナーという女性は弱い心の持ち主には関心を示さない。強い心、強い意志、それを持っている人間としか彼女は関わりを持たないのだ。


その強き心を持っているかどうかの試練が高原にほっぽり出して、大量夢鬼と戦わせることだった。


だからもし、あの時湊が情けなくも逃げていたならばメンコは湊に興味を無くし、見捨てていただろう。


しかし、湊は逃げなかった。だから本格的な修行を付け始めたのだ。

しかもその修行の最中でもまたもやメンコを驚かす行動をする湊。

前例などないのだ、リマインドに来て三日で欲を発現させるなど。


メンコでさえ、発現させるのに一週間もかかったというのに。

これだけの条件が揃って、気に入らない訳が無い。


「こい」

メンコは一層険しい表情になる。メンコも本気で対処する気のようだ、油断をすると首でも切られそうな迫力を湊は持っていたからだろう。


対する湊はフラフラとしかし、悠然とメンコに近づいていく。

そして両者が相対した瞬間、二人を中心に閃光が散った。

湊が放った上向きの棒の一撃をメンコは両手の甲で防いだからである。


湊は防がれた棒を一度下に下げてから今度はジャンプして横に一閃する。

しかし、今度はメンコに華麗に下にしゃがまれて避けられる。

そしてそんな湊の隙を見逃すメンコではない。ガラ空きの湊の胴に掌底を叩き込んだ。

パァァァン

キレのいい音が鳴った。湊の棒によってメンコの掌底が防がれたのだ。


「やるな」

初めて攻撃を防がれたメンコは少し驚きながらも湊を賞賛する。


「··········」

そして湊はその掌底の衝撃波を外に受け流し、吹き飛ばされるのを阻止してから、剣を切り返し、今度は脳天目掛けて振り下ろす。

「っ」

再び両手の甲でその棒を受け止めたメンコは足で湊を遠くに蹴り飛ばす。


「··········」

吹き飛ばされる途中で体勢を立て直した湊は綺麗に床に着地する。

(今度は何をしてくる?)

いつの間にかメンコはこの戦いを楽しんでいた。たとえ湊が欲を発現したとしてもメンコが勝つことは明白なのに、メンコの心は少年のように熱く燃えていた。


「··········」

湊はブンっと持っていた棒を力任せに投げてきた。

「!?」

その棒は一直線にメンコの元へ飛んで行ったもののそれを紙一重で躱すメンコ。


「なぜ武器を」

メンコはその棒の軌道を目で追った後、湊の方に向き直る。

湊は既に走り始めていた。そのスピードは妖力を全開にしていた時程の速さはないが、落ち着いていて、水のように動きが読みづらかった。


「っ」

その余りにも不規則な湊の動きにメンコはたじろぐ。


「··········」

瞬間、動きを止めたかと思えば、急加速をする。しかも一直線にメンコに向かうのでは無く縦横無尽に動き回るのだ。

鬱陶しいことこの上ない。

さらに湊の表情に起伏がなく、次どう動くのか予想しずらい状態にメンコは陥っていた。


「くっそ!狙いを定めずらい!」

メンコはまるでゴキブリのように動く湊に若干の苛立ち感じ始めた。


そんなメンコのほんの少しの感情の揺らぎを湊は見逃さなかった。いや、待っていたのだ。


「··········」

「なっ!?」

とんでもないスピードで急接近する湊。


そしてついに湊はメンコの数歩手前で大きくジャンプした。


しかし、そのジャンプはほんの少し踏切が足らず·····

(この距離じゃあ拳は当たらない、距離を見誤ったか?)

そんな刹那の思考をするメンコ、しかし、そこに油断が無かったと言えば嘘になる。

メンコは絶対的強者だ、今のこの戦いもメンコから攻撃を仕掛ければ一瞬で決着がついてしまう。そんな強者であるが故の油断。


その油断を湊は見逃さない。


それに対し、空中にいながらもう右手を大きく振りかぶる湊。

(なんだ?拳があたしに当たることはないのに、気づいてないのか?)

未だ、攻撃の意志をやめようとしない湊に対し、疑問を持つ。

しかし、メンコは動かず、ただその湊の奇っ怪な動きを凝視しているだけだった。

この行動も油断から来るものだろう。


湊は拳を力いっぱいに振り下ろす、空中からの落下速度も加算されたこのよってかなりのスピードになっていた。


(やはり、届かな·····っ!?)

ここで初めてメンコは動揺した。

届かないはずの湊の拳、そう普通ならば絶対に届かないのだ。


しかし、湊の手には一本の棒が握られていた。青色に光り先が少しだけ尖った棒が湊の手には握られていたのだ。

(くっ!もう一本作ることが可能だったか!?)


メンコは棒を投げ捨てた瞬間、湊の手にはもう棒がないと思い続けていた。けれどそれは間違いであった。もちろん一本目が作れたのだから二本目が作れたとしてもなんら不思議ではない。


しかし、湊は一本目を投げ捨てた後一度も二本目を作ろうとしなかった。それがメンコの油断を作ったのだ。


油断をついた完璧な作戦、しかし、それでもメンコは強かった。


「舐めるなぁァァァァァァァっ!」

湊の棒があと少しでメンコの脳天にぶつかりそうになった瞬間、メンコは妖力を全開にし、立ち上る妖力による赤い炎で目の前に迫ってきていた棒を溶かしきった。


完璧、何をどう言おうと誰が何を言おうと完璧な作戦。しかし、余りにも力に差がありすぎたのだ。


「ふぅ」

妖力を全解放していたメンコは出力を落とし、いつもの状態に戻す。


そして前を見る。

前には堂々と両の足で己の体を支え、そしてメンコを睨みつける湊の姿があった。

しかし、湊には既に意識などなかった。


「やっぱり、意識なかったか」

「たくっお前ってやつはどんだけすげーんだよ、こんな短時間で欲を形成し始めるとはな」

そしてメンコは堂々と立つ湊を手で手繰り寄せ、抱きしめる。


「よく頑張ったな、湊」

そう微笑しながらメンコは言い、湊の頭をポンポンと優しく叩く。

対する湊の顔はどこか満足しているようだった。
















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