第7話静香の過去

「よぉ静香」

「!、湊さん!?」

俺達はミラの二つ目の欲の能力、【周囲探知】を頼りに紆余曲折ありながらも何とか静香の元にたどり着くことが出来ていた。


【周囲探知】·····半径五百~二千メートルの生命体反応を感知出来る。


「どうしてここに·····いるんですか?湊さん」

静香はとても動揺しているように見える。前髪が長いのと全体的に体が薄くなっていて顔はよく見えないが、綺麗な茶色の瞳だけは見えている。


「暇だったから、かな?」

俺は静香からの問いに死神やら、ゲームのことやらを説明するのが難しかったので、とりあえず誤魔化す。

「暇なんですか?」

「まぁ、うん、あ!そうだ!こんな二人きりになる機会もあんまりないんだ、なんか悩みがあったら言ってくれよ」


これが今日、静香に会いに来た一番の理由だ。

リマインドでは嘘をつくことができない。そのルールを利用して昨日の表情の真意をとおうと思っていたのだ。


現実世界じゃ絶対にはぐらかされちゃうからな。


「悩んでいることですか?」

「あぁそうだ、例えばなんで昨日、るーや立花に抱きしめられていた時嫌な顔していたのか、とかな」

「っ!·····気づいていたんですか?」

「あぁ、上手く隠してたみたいだけどな」


俺が聞くと静香はとても驚いた様子だった。そのせいかとても長い前髪がぴょんと跳ねた。


「なぁ、聞かせてくれ静香、お前は何を隠してる?」

「私は、何も隠してなんて·····」

「嘘をつくのか?」

「っ、だって、だってしょうがないじゃないですか!」

俺が少し威圧するように聞くと静香の体が飛び跳ねてから、解き放つように大声を出した。


俺は突然の大声に少しだじろぐ。


「私には生きる価値なんてないんです」

「いつも私の周りには湊さんや瑠々華さん、翔さんに立花さんがいてくれて、とても楽しかったんです、けどそれと同時にとても辛かった」

「どうして?」

そう俺が聞く。


「だって、私はつまらなくて、皆さんと一緒にいる時も何も面白いことを言うことが出来ない、そんな人間なんです、それが何よりも辛かった」

「そんなこと·····」

「あるんですよ湊さん、けどもういいんです、私は死んでしまうから」

「···············」

そういった静香の言葉に俺は何も返すことが出来なかった。


「だから最後の瞬間、私が死ぬ瞬間までは皆さんには泣き喚いて欲しかった、泣きじゃくって、”死なないで”と言い続けて欲しかったんです、その時初めて私は自分の生きている価値を見出すことが出来ると思ったから、けど現実はそう上手くは行かなかった、あろうことか楽しい思い出を作ろうと言い始めた」


「傍から見ればいいお話のように聞こえるかもしれませんが、私にとっては悪夢でしかない、それが嫌だった、吐き気がするくらいに」

そう言った静香の表情は体が薄くなっていても分かるくらいに歪んでいた。


「·····一体何が静香をそこまで追い詰めたんだ」

痛む心を抑え俺はそう思った理由を聞く。


「私には昔、母がいたんです、とても大好きだった·····けど、八年の九月十二日、母は過労によって死んでしまった·····」

そして静香は話し始めた、八年前静香に何があったのかを。

それは俺が、俺たちいつもの六人組が知らなかった情報だった。


八年前


「もう!また喧嘩してきたの!?喧嘩はダメだって言ってるでしょ、静香」

季節の変わり目である九月頃、暖かい空気とほんの少しの冷たい空気が漂う家のリビングで綺麗な黒髪をポニーテールに纏め、ピンク色のエプロンを着た女性がまるで男の子のように短い髪に、半袖半ズボンを着て、あちこちに傷を作っている少女、つまり八年前の静香を叱責している。


「だって、あいつらまた優香のこといじめてたんだ、だから私はそれを止めただけなんだよ!」

静香はとても強気に己の母親に食いかかる。


この当時の静香はとても気が強い性格の少女であった。

曲がったことは大嫌い、いじめなんて許さない。そんな正義感に溢れていた。


まぁそれが母親に気苦労をさせていたのだが·····子供の静香が気づけるはずがない。


「それでもよ、いい?静香、人を傷つけちゃダメ、そして貴方も傷ついちゃダメなの」

「なんで!?私は優香がいじめられてたから助けただけなのに!」

「いじめ、それは確かにいけないことよ、見かけたら絶対に止めなさい、けどね、それは静香じゃなくていいのよ、大人を頼りなさい、先生を頼りなさい、そして私を頼りなさい」

静香の母は静香の頭を包み込むように優しく撫でる。

「けど、そんなのヒーローじゃない!」


対して静香は再び大きな声を出す。そして母の手を振り払う。


「もう!お母さんなんて大っ嫌い!」

「ちょっと!静香!」

そして涙目になりながらものすごい勢いでリビングを飛び出した。


それを急いで母は止めようとするが、時既に遅し、静香はリビングから姿を消した。


「はぁ私がもっとずっと長い時間静香の隣にいてあげればいいんだけど」

静香の母は額に手を当て、深くため息を吐く。


静香の母、涼香は考古科学者であった。その為色んな国に飛び立つこともしばしばあり、家にいるのは一ヶ月に二三日ほどである。


涼香はそんな短い期間でも娘と楽しい時間を過ごそうとした。


しかし、涼香は上手く娘と接することが出来ないでいた。そして嫌われているとそう思っている。


まぁそう思っているのは涼香だけで静香自体はとても母のことを好いている。口ではあぁ言っているものの、世界中を飛びまわる母を尊敬しているし信頼もしている。


そして当の本人はと言うと·····


「あー、私のバカー!なんであんなこと言っちゃったんだろう·····ふぐぅー」

自分がやってしまったことを深く後悔してベッドに蹲っていた。


「謝りに行こーかな、いややっぱりダメだ!それじゃ私の正義が間違ってるって言ってるようなものだし·····あー!けどもっとお母さんと喋りたいよー!」

謎のプライドを持っているからかなかなか謝りに行けない静香はベッドで足をじたばたする。


「はぁー、正義の味方って疲れるわー」

静香は毎日のようにいじめられている少女優香を助けるために毎日のように喧嘩をしていた。それも男子とだ。


毎日、毎日、ボロボロになり、家に帰ってくる。それでも静香がその行動をやめることはない。


誇りに思っているからだ、自分の母を。だからそんな母の娘らしく正しい生き方をしたい。それが静香が人を助ける理由なのだ。


しかし彼女はまだ小学生一年生、そんな風に毎日喧嘩していては疲れが溜まるのは必然。


「あー、眠くなってきちゃ、った」

静香はふさっと己のベッドの上にある枕に頭を置く。


そしてそのまま目を閉じた。


しばらくして·····


「おい!静香!起きろ!静香!」

私はまだはっきりとしない頭を抱えながら、体を起こす。

「どうしたの、お父さん?」

目が意識がはっきりとしなくとも自分の父親くらいは分かる。気の弱そうな顔立ちに、何故か良く似合うスーツを着て、メガネをつけている父さんは珍しく焦っていた。


「涼香が、涼香が、病院に搬送された」

「え?」

瞬間、はっきりとしなかった意識が呼び覚まされる。


すると私の耳にたけましく鳴る救急車の音が入ってきた。


「どういう·····」

「ぐっ」

未だ状況が理解で来ていない私を父は抱き寄せた。いつもは頼りなく細い体だっけれど、今この時だけはとてもたくましく感じた。


「涼香が連れてかれた病院へ行こう」

父はそれ以上何も言わなかった。そして気づけば救急車のサイレンも遠のいて行くように感じた。


そして父は私を車に乗せて、一番近くにある中核病院に向かった。


いつもより車の速度が速い気がした。


「先生!涼香は!?涼香は大丈夫なんですよね!」

「まだわかりません、ただ今手術中でございまして、しかし厳しいことを言うと助かるのは難しいかと」

病院に着いた瞬間、父は私を抱えて全速力で手術中と書いてある看板がある部屋の前まで走った。

そしてその先にいた、白衣を着たおじさんと父は話していた。


話の内容は聞かなかった。聞きたくなかった。


「そう、ですか·····」

「うっ」

父は近くにあったベンチに脱力するように一気にもたれかかった。

その衝撃が腕で抱えられた私にも伝わってきた。


「父さん、お母さん大丈夫なんだよね?」

「ああ、きっと大丈夫だ」

父は弱々しい笑みを浮かべ、そう私に言った。と言うより自分に言い聞かせているようにも思えた。


そして何も話さない時間がしばらく流れ、手術中と書かれた看板の赤色が消え、部屋の中から何か変なものに乗せられたお母さんらしき人が色んな人の力を借りて運ばれてにた。


「涼香!涼香!」

「離れてください、安置所まで運びますので」

そのなにかに乗せられていたのはお母さんだった·····、それが分かっていたらしい父さんはとても焦った様子でお母さんに近づいたが周りの人に制されていた。


私はただ立っていることしか出来なかった。


「先生手術は、手術は成功したんですよね!?」

「すみませんでした、夕陽涼香さんは九時四十三分にお亡くなりになりました。おそらく原因は過労による心筋梗塞でしょう」


そしてその後、部屋から出てきたのはさっきまでいたおじさんと同じ白衣を着た若い男の人だった。

男の人は開口一番に謝ってから頭を深く下げた。


そして私は聞き逃さなかった、”過労”という言葉を·····

「妻は、亡くなってしまったのですか?、妻はもういないんですか?」

父さんは項垂れ、その場に崩れ落ちた。


「すみません」

未だ頭を下げている男は再びそう言った。その言葉しか言えなかったのだと思う。


「お母さん、いないの?」

「!、静香!」

私が力の籠っていない声で言うとそれに気づいた父さんが私を抱きしめた。


しかし、そこには頼もしさが無かった。


その日のことはこれ以上覚えていない、あの後何をしたのか、全く覚えていないのだ。


けれど、次の日からのことは覚えている。

お母さんが死んだ次の日、お母さんが過労によって死んだことが親戚に伝わり、私の家にお母さんの親戚が沢山押しかけてきた。それも凄まじい剣幕で。


「この不良!あなたみたいな人間がいなければ涼香ももっと長生きできたのよ!悪魔よ!貴方なんか生きる価値なんてない!」

とお母さんの母が言った。


「お前のせいで、お前のせいで姉ちゃんが!お前のせいで!死んじまえよ!」

とお母さんの弟が言った。


「お前なんかがいなければ!」

とお母さんの父が言った。


私はいつもお母さんに迷惑をかけていた、いつも、いつも、お母さんは困ったような顔をしていた。

お母さんが死んだのは私のせいだ、私が悪い子だったからお母さんは死んだんだ。


「私は悪い子です、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

親戚に罵倒される度、何度も私は謝った。懺悔した。


その日から私は自分の心を閉ざし、自分の信じる正義を捨て、何にも、誰にも迷惑をかけないいい子を演じ続けた。





















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