第6話『自宅演習』
地下室一階には風呂場や休憩室などがある。もちろん、客人を呼んでパーティーをするためのものではない。そういうことにも使うかもしれないけど、基本的には家族が使用する場所だ。
個人で使用する機会もあるため、応急処置キットなどもあり有事の時は自分でどうにかできるようにしている。
たまに一日中籠るようなときのために、保存食なども用意してある。間違いなく一番使用頻度が高い僕の好みの食糧に偏り始めているが、特に問題は無いだろう。
「準備完了だよー」
「準備運動をしておきますっ」
「いつになく張り切ってるなー、俺も気合入れないとって感じかー?」
「始まる前から疲れないようにね」
ドアノブが回り、扉が勢い良く開け放たれ誰かが入って来た。
「しーくんお待たせ! 2人で食べるためにサンドイ……」
「お、揃ったね。みんな準備できてるから、いつでも大丈夫だよ」
「え……この状況は……?」
「あの後、
「……」
この状況を見て俯き固まってしまった。その手には、途中まで言いかけたサンドイッチが入っているであろう青色のバスケットを握っている。
「へえ~
「独り占めはダメですっ、ダメなんですっ」
「そ、そんなことはどうでも良いことなのよ。今日の晩御飯はカレーなのよっ!」
「「なっ」」
楓と
そう、このあからさまな反応は守結姉が作るカレーが大好物という証明。
「そうだよね守結姉、そんなことはどうだって良いことだよねっ」
「そうですそうです、何もなかったのです」
なるほど、僕は食べ物以下ってことですか。
「はぁ……茶番はそれくらいにして、みんな準備できたなら、下に行くよ」
◇◇◇◇◇
ここは、地下二階にある戦闘訓練用部屋。
庭が無駄に広いのは、地下にこの部屋があるからという理由もある。
特に飾りつけもなく、全面灰色で照明と壁にある操作版だけの部屋となっている。
地下二階ともあって音を気にする必要はない。それに、この部屋の壁などは魔法衝撃吸収素材になっているため、魔法を暴発させても気にする必要もなく、防刃素材でもあるため遠慮なく訓練に集中できる。
一般的な家庭にこのような部屋は普通はまずない。その点は両親に感謝しかない。
今回は、4人の様々なクラスが混合したパーティになる。
兄貴と守結姉は近接戦闘を主体とするウォーリア、僕は支援主体のアコライト、楓は魔法攻撃を主体とするメイジ、椿は回復支援を主体とするプリースト。
ウォーリアは、近接戦闘が主なクラス。
戦闘手段だけど、その戦い方や武器選択は様々。唯一「大盾」を装備しながら戦え、「片手剣」、「片手槍」、「片手斧」をメインの武器する。必ず盾を装備しなければいけない訳ではなく、自由に選択可能である。
戦い方はガンガン前線に行って戦う派、相手の隙を伺いながら戦う派、自らに敵のヘイトを集めて仲間を守りながら戦う派、大まかに分けるとこんな感じになる。
メイジは、魔法攻撃のみ行えるクラス。
属性も様々で、「火」、「氷」、「雷」の三属性になる。
放出魔法、射撃範囲魔法、位置固定範囲魔法、位置指定範囲魔法の四系統を使用することが可能。
魔法の使用方法を工夫すれば自衛は可能だけど、防御魔法がないため戦い方に注意が必要になる。
プリーストは、回復と支援が大まかなクラス。
回復が主な仕事になるけど、スキルを多用するとモンスターのヘイトが一気に傾くのが注意点だ。前衛がヘイトを集めているのに、回復スキルによってヘイトがバラバラになり大惨事になることが平気である。だから、頻度とタイミングが大事になってくる。
アコライトは、支援を主体とするクラス。
一応、回復はできるがプリーストのそれより劣る。それだけではなく、アコライトが使えるスキルはプリーストにも使用可能という点があるため、かなりの不遇職といえる。もはや、パーティに必要ないと断言している人たちも少なくない。
「今日の演習はどのモンスターにするか……
「うーん……」
「しーにい、ちょっといい?」
「しのにい、提案があります」
楓と椿が背後から声量を抑えて、そう声をかけてきた。
「ん? どうした?」
「やってみたいことがあるんだけど……」
「戦術を考えてみたのです。やらせてください!」
「うん、わかった。じゃあ始まる前に会議をしようか。――兄貴、守結姉ちょっと集まって」
一旦全員集合し、軽く打ち合わせをした。
内容は至ってシンプルだった。
「よし、今回は楓と椿が考えてくれた戦術に沿ってやろうか」
「ありがとう、しーにい」
「期待に応えられるように頑張ります」
「じゃあ始めようか」
「武装展開!」
鎖骨首元に刻まれた紋章が光りを放ち始める。
これは、紋章のシステム。結界内とダンジョン内にて自らの装備を開放する手段となっている。
装備は各部位三個ずつストックができ、武器や盾も同じく三個ずつストックが可能。
ストック外で装備を持ち運ぶ、もしくはレアドロップ装備を獲得すれば、紋章に意識を集中させると光の塵となり、紋章内に収納できる。
ピーッという高音が室内に響き渡り、それを合図に疑似モンスターが召喚される。疑似モンスターとはダンジョンに出没するモンスターを情報化、魔力変換によって具現化されている。
具現化されているといっても、剣撃による攻撃であっても致命傷になることはなく、切断や貫通しそうな攻撃でも全て打撃として変換される。
モンスターは操作盤にて選択可能。今回は複数体を出現する設定で、ダンジョン序層に出現する蟻種のアント、蜘蛛種のスパイダーを断続的に出現する設定にしてある。
アントの体格は膝までも届かず、攻撃方法も突撃して噛みつく攻撃しかない。
スパイダーもアント同等の体格で、攻撃方法も全く一緒。
この二種が選択されたのには簡単ではあるがいくつかの理由がある。
一つは、二種類とも単純な攻撃パターンであるから。
二つに、ヘイトが変わりやすいから。それでは事故が発生しやすいのではないか、と思うがそれは全くの逆。ヘイト管理が難しければ、実際のダンジョンにかなり近い状況で練習ができる。同じ状況になった時の引き出しが増えるというもの。
そのため、難易度は低いが今回はあえてこの二種類となった。
最後に、弱点属性が火系統の魔法だということもある。
「兄貴、ポップ!」
「おう、任せとけっ」
兄貴は掛け声を合図に飛び出した。
まず、兄貴の役割は最前線にてモンスターのヘイト管理。あのモンスター相手ならそのまま攻撃してしまえばすぐ終わるけど、今回はあえての行動。
ここで言う「ポップ」とは、モンスターが湧いて出たことを指す。再度、モンスターが出現することをリポップと言う。
そして「ヘイト」、とは敵の視線のことを指し、モンスターの敵視管理時に使用される用語。
「うおーっ! プロボーク、インサイト!」
【プロボーク】とは、前方直線状のモンスター一体にスキル使用者を無視できない状態にする。
【インサイト】とは、前方扇状のヘイト管理されていないモンスター三体にスキル使用者を無視できない状態にする。
ポップしたモンスターは計五体。
大袈裟な行動とスキルでモンスターのヘイトを稼ぐ。これが戦闘の入りでは最善となり、スムーズに討伐を行うためには重要な事。
思惑通りにモンスターは団体になり兄貴へ吸い寄せられていく。だけど、一体だけ思い通りの行動をしなかったけど、それも想定内。はぐれた一体には守結姉が対応をするようになっている。
「守結姉!」
「まっかせてーっ!」
兄貴が盾役だとしたら、守結姉は遊撃役。
モンスターとの戦闘時、前線だけど戦局に合わせて押し引きして戦うスタイル。
兄貴は防戦一方で、モンスターを一ヵ所に集める。
後は、楓が位置指定範囲魔法攻撃を打ち込んで一掃すれば戦術通り。
「いち兄、回復しますっ、【ファストヒール】!」
「【ファイアタァン】。椿っ、今回復しちゃ、あっ!」
椿が、兄貴に回復魔法を使用したことによって一ヵ所に集められたモンスターのヘイトが椿に向いてしまった。
そのせいで、魔法を展開する位置にモンスターが居なくなってしまった。それだけではなく、椿のミスに釣られて、楓も魔法を展開する場所に展開できなく、暴発。
「あっ、ごめ――」
「兄貴っ! 【ムーブサポート】、【ラッシュ】!」
「おうよっ!」
兄貴に移動速度上昇のスキル【ムーブサポート】と、攻撃速度上昇スキル【ラッシュ】を付与。
椿の前にモンスターより早く体を滑り込ませ、剣と盾で攻撃を防御。そして、再度ヘイトを自身に集中させる。
「【ムーブサポート】、守結姉そのままバックアタック!」
「まっかせてーっ!」
守結姉がモンスターの団体を個々撃破し、優位から不利――そして、再び優位へと、状況は一瞬で移り変わる。
ダンジョンではそんな一瞬の隙が命取りとなり、一度のミスを謝罪してそれを受け入れている余裕なんてない。
「バフ更新するよ、リポップ前に兄貴の回復っ!」
「は、はい!」
ヘイトがばらける回復やバフスキルは、できることならリポップ前に済ませておいた方が安全。そうでないと、リポップに気づかず前衛が反応を遅れてしまい、ヘイトが全て支援職に向いてしまう。
――――最初から何度目かの戦闘。
「サイド抜けたよ! 守結姉っ、【ムーブサポート】!」
「助けてください! きゃぁぁぁぁぁ!」
「楓動かないでっ! 【フィジックバリア】!」
「せえええええい!」
ヘイト管理から外れたアント一体を、守結姉が即時対応。楓はダメージを受けずにアントは白い光の塵と化した。
先ほどの流れから、楓は床にへたれ込んでいた。
「楓立って! 兄貴の位置に範囲魔法!」
「は、はいっ!」
楓は急いで体を起こし、立ち上がって魔法を展開に成功して、無事に処理することができた。
この後、何度か戦闘を繰り返したけど、楓と椿が様々なミスを犯してしまった。常に臨機応変な対応が必要となってしまった。
そして、ピーッと音が室内に響き渡って演習終了となった。
「武装解除!」
これも紋章のシステム。
この言葉を合図に、展開されていた装備が光の塵となって消えていく。
衣類は解除されないけど、装備と違って別物に変えることができない。だから、破けたりした状態で装備を解除すると、肌が露になってしまうため注意が必要となる。
「やっぱり兄貴の戦闘は豪快だよね」
「ふうー、そうか? 最前線ならこんな感じに戦闘してモンスターのヘイトを稼ぐ役割だろ? そう教えてくれたじゃないか」
「そうそう、いち兄のその戦闘スタイルのおかげで私とか凄い動きやすいし、ヘイトが自分に集中しないだけでかなり攻撃に集中できるしね~」
2人は運動着が肌に張り付くほどの汗をかいて、床に腰を落として休憩をしている。
いつもながらの動きの良さに称賛をあげたいけど、自分も頭と喉をかなり使ったため地面に座り込んでいた。
「う、うう……ごめんなさい……」
「またみんなの足を引っ張ってしまいました。ごめんなさい……」
そう謝罪の言葉を並べるのは楓と椿。
楓は服の裾をギュッと握りしめ、目を細めて今にでも泣きそうなのを堪えているのが伺える。
椿は崩れ落ちて両手と膝を床に着け、明らかに落ち込んでいる。まるで土下座をしているように見える。
こちら側とあちら側には明確な温度差が生まれていた。
「まあまあ~かえちゃんつーちゃん、そんなに気にしなくていいよ~。ほらっ、笑顔笑顔」
「そうだぞー、俺たちは戦闘中だけが唯一、冴えてるくらいだけだぞー」
「いやそれ、何のフォローにもなってないと思うけど。なんというか、一年だとまだ実技でこういう連携とかまだだと思うし、、気にしないで大丈夫だよ」
兄貴の能天気というか陽気というか、そんな逆効果な慰めを穏やかに包んだ。
失敗したことに俯き、今にでも泣き出しそうなくらい落ち込んでいる楓と椿にゆっくりと近寄り、頭に手を優しく乗せ、
「この後、汗始末したら部屋で今日やりたかったこと、作戦の改善案とか復習しようか」
「うんっ!」
「はいっ!」
楓と椿は目一杯に貯まった零れそうな涙を、服の袖で拭い顔を上げた。
そこには、曇った表情をパッと晴らし、満面の笑顔をニカッと咲かせていた。
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