第7話『実技演習日』

 本日は実技の授業日。

 特に心境の変化もないけど、少しだけワクワクしている自分がいた。


「しーくんー2人を起こしてきてー」


 いつも通り、回れ右でかえで椿つばきの部屋に向かう。

 そして、部屋の前に立って手を伸ばした時だった。


「おはよう」

「おはようです」


 いつも通りに思考停止でいたら、まさかの状況に脳が停止した。

 流れのまま居間へ向かうと、食卓に座っている兄貴と台所にいる守結まゆ姉も、手が止まり反応が一緒だった。


「……お、おう珍しい……な」


 かえで椿つばきは何食わぬ顔で定位置の席へ歩き始め、席に着いた。

 守結まゆ姉が食器の音を鳴らせて珍しく慌てている様子に、危なっかしいからそれを手伝い、無事に朝食の準備が整った。

 始まった朝食の時間。兄貴と守結姉は動揺を隠しきれずに質問を始めた。


「ねえ……かえちゃん、つーちゃん。何か嫌ななことでもあった……?」

「そうだぞ。俺たちでよかったら、相談に乗るからな?」

「2人とも酷いよっ、別になにもはないよっ!」

「そうです。珍しいことが起きて、天気が崩れるみたいな反応しないでくださいっ!」


 まさに漫才のような時間が流れるなか、僕は一つの答えを閃いた。


「なるほど、今日が実技の授業日だからか」

「「あー」」


 兄貴と守結姉は、全く同じ反応をして納得したみたいだ。


◇◇◇◇◇


 ここは、実技演習場。

 学園内で随一の広大さを誇り、最も安全を保証されている施設。簡単にいってしまえばデカい体育館。


「それでは、皆さんの待ち遠しかった実技授業の時間です。ですが、その前に施設の説明をします。ここの設備はかなり優秀で、ダンジョン内の構造や出現するモンスターを細部まで再現させることができます。その擬似モンスターと戦闘をして、実戦に近い状況を想定しつつ訓練します」


 海原先生が話すこの内容は初めての人もいるようで、関心と興味を示している生徒が多くガヤガヤと賑やかになる。

 一応、これらの内容は一学年時点で学ぶ内容だと思うのだけれど……。


「久しぶりだと思いますので、まずは序層モンスター三体と戦闘してもらいます。ウォーミングアップ代わりになりますが、評価基準に入りますので、手を抜かないように。それと、後衛職の人たちは必ず前衛職の人と組んでくださいね。後は自由で大丈夫です」


 周りの生徒は徐々にペアを組み始めたり、ソロの人は準備運動を開始。

 自分の所には誰も来てくれない。いや、それは普通のこと。

 それもそうだ。僕は支援職でも、不遇のクラス。


 ――――視線は次第に下がり、鼓動が早くなる。握る拳は爪が食い込む。

 周りの声は次第に遠のていき、呼吸が浅く早くなっていく……。

 分かっていたことじゃないか、こうなることを……。

 勝手に思い込んでいた。「ここでなら、やっていける。ここでは、頑張れる」。そう……どこかで期待して、安心していた。

 そうだ、逆に安心できるじゃないか。これでもう迷わなくて済むじゃないか。そうだ、そうじゃないか……。


「……ぶ……え」


 何かの音が鼓膜を軽く叩いた。最近、聞き馴れた声――――。


志信しのぶ、ねえってば」

「……」

「どうかした? 体調が悪いなら先生に言ってこようか?」

「……い、いや。ごめん桐吾とうご、なんでもないよ」

「そっか、じゃあペアを組もうよ」


 その一言に耳を疑った。

 でも、そんな疑いを取っ払うように純粋で、まるで友達を遊びに誘うような感覚でこちらに眼差しを向ける桐吾とうごを見て、そんな疑いはどこかへ飛んでいった。

 僕は、首を縦に振った。どこか、体の力がすーっと抜け、肩に圧し掛かっていた何かが飛んでいったような感覚を覚えた。


「変な質問かもしれないけど、被弾の予感はする?」

「いや、アント程度に遅れは取らないよ」


 僕たちは装備展開を終えて準備万端。桐吾とうごは右手に片手直剣。僕は右手に片手杖、左手に小盾を装備。残る準備はどのバフを選択するか。


「了解。じゃあ、【オフェイズ】、【ラッシュ】。これくらいでいいかな。一応攻撃系のバフだけにしておくね」

「ありがとう――おお、これはいいね武器が軽くなったというか、体が軽く……加速しているような」


 選択したのは攻撃力上昇と攻撃速度上昇のバフスキル。

 スキルが発動すると、赤い光と緑の光が一度だけ桐吾を包んで消えていく。

 次いで、三体のアントが目先に生成され出現。


「じゃあ、僕の腕前を見ててね。ガッカリさせないから」


 自信ありげな桐吾は、踵を返して標的へと突っ込んでいく。

 まず始めに、右端のアントに上段から刃先を頭部へと叩き込んで一撃で対処。そのまま、流れるように中心のアントへ右から左の一線を描いては切先で切り裂いた。

 一連の動作は隙がなく、左端のアントが突進してくる攻撃を見事に避けて受け流し、通り過ぎるアントの横腹に剣撃スキルを食らわせた。それらの攻撃で体力を全損したアントたちは光の破片となって消えていく。


「初めて掛けて貰ったけどバフってすごいね。急所攻撃じゃないと一撃で倒せないと思ってたんだけど、倒せたから正直驚いてるよ」

「まあ、そういって貰えると嬉しいな。でも、僕はこれぐらいしかできないからね」


 謙遜なんかではない。実際に攻撃ができるわけでも、これ以上ができるわけでもない。まともに回復ができるわけでもなく、ただ支援をするだけ。


 休憩するにはどちらも疲労していなく、周りを見渡すと他の人達はまだ戦闘中だった。

 周りの人たちの立ち回りや、様々な戦闘スタイルを眺めて時間を過ごすことにした。

 そんな時間の使い方をしていると、靴底で硬い床を鳴らしながら誰かが近づいて来るのを察して視線を向けると、そこには海原かいはら先生がいた。


「2人共、いい感じだねー。よかったら、みんなが終わる前に今より数を増やして挑戦してみるかい?」


 その問いに対し、僕たちは目線を合わせては首を縦に振り、先生の提案に乗ることにした。


「じゃあ、バフの更新をするけど、今度はもう一つ追加で掛けるね。物理攻撃を一度だけ無効化するスキルだと思っておいて」

「わかった。でも、五体同時なんて初めてだからどう立ち回ればいいのかな? んー」

「それなら、そこまで心配しなくて大丈夫だと思う。さっきと同じ感じで対処していいと思うよ」


 最後に、【フィジックバリア】を掛けて赤光した結晶が桐吾の体に纏わり、透明になる。

 準備ができたことを先生に目線を送り、目の前にアントが五体出現した。

 先ほど、少しだけ考えている素振りを見せていたけど標的を捉えた桐吾は迷いを見せない突撃を見せた。そして、先ほど同様の手順にて敵を排除を試み、これに成功。残りは二体。

 アントもこちらの行動をただ眺めているわけではない。左手前アントの突進攻撃に桐吾は反応が遅れ左腕に直撃。ガラスが割れるような音が鳴り響いて赤光する破片が塵となって消滅。それは、バリアが発動して攻撃を無効化した証。

 だが、間髪入れず一番端アントの攻撃が桐吾に直撃しそうになる。


「【フィジックバリア】!」


 効果発動を見過ごさず、スキルディレイが明けた【フィジックバリア】を自分が反応出来る最速で桐吾に付与。もう一度、赤光する破片が塵となり消え去って攻撃を無効化。

 一時離脱した二体のアントは、横並びになって再攻撃の予備動作に移ったが、横一文字で大振りの攻撃を食らわせ、急所である頭部に命中。一撃で二体とも消滅していった。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 桐吾は立ち止まって、乱れた呼吸を整え始めた。

 戦闘中は、特に前衛にとってはかなり長く感じるが、実際の戦闘している時間はものの数秒程度。この一瞬、桐吾は色々な経験をし、立ちはだかる敵に挑んだはずだ。

 呼吸を整え終えて、何かを言おうとしていたようだけど、


「志信、さっきのって――」

「おーっ、白刃君すごーい!」

「すげー! 今のかっこよ! 五体を被弾しないで単独討伐しちまったな!」


 クラスメイトによる拍手喝采と黄色い声が鳴り響いた。

 この盛り上がりはどうやら、こちらの戦闘を見学していたようだ。

 祀り上げられるかのようなその声に紛れて、僕はこの場から距離を置き、海原先生が授業終了を告げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る