第46話 〝年々歳々花相似〟《ねんねんさいさいはなあいにたり》
――人は変わる生き物です。
顔も、性格も、時には価値観さえも、歳月と共に移ろいで行きます。けれど……
それでも変わらないものが、だれにでもあるものです。
「
「えっ?」
ある休日の朝、わたくしが言うと、葵は怪訝な声を出しました。
朝食の後、食後のコーヒーを飲んでいるときの出来事です。わたくしの後ろに立って給仕をする葵は、きっとキョトンとした顔をしていることでしょう。
「ど、どういうこと?」
「そのままの意味ですわ」
わたくしはカップを置いて、それから続けます。
「わたくしたちは、今日から着物店で働くの」
わたくしのお母様は着物デザイナーであり、現在はアジアだけでなく欧州や英米にも活動の場を広げています。洋館である屋敷でも、母は常に着物を着用し、〝洋装〟を義務付けられたとき以外は、パーティなどでもドレスを着ることは稀でした。
なので、わたくしも幼いころから母の影響を色濃く受けていたものです。もっとも、昔は着物が大嫌いでした。今は逆に、母のように……いえ、母を超えたいとさえ思っています……と、母には申しましたが、じつを言えば、わたくしが本当に憧れているのは、母ではありません。いえ、憧れてはいますが、一番ではないのです。
ですから、勉学はもちろんのことですが、現場で経験を積みたいということもまた、かねてより考えていたことです。
そこでお母様に頼み込み、お母様が経営する着物店で、アルバイトとして働かせていただくことにしたのです。それにあたって、お母様からは一つ条件を出されましたが……すでにお父様の了解も取り付けてありますから、その点も問題ございません! わたくしったら仕事のできる女ですわね!
とまあ、そういうわけで……
「今日からお世話になります、
人間は第一印象が大切。お父様は昔からよく仰います。ですから、わたくしはいつも堂々とした態度を崩さず、この場でもそうしようとしたのですが……
か……噛んでしまいましたわ! 思いっきり、噛んでしまいましたわ……!
そこは、駅から徒歩十分、大通りを一本離れた場所に建っているお店。お母様が経営する、着物店の一つです。
初日ということで、従業員の方々のまえであいさつをしたのですが……は、張り切りすぎましたわ……
「だっ、大丈夫、ダリアちゃんっ!?」
葵が慌てた様子で、蹲るわたくしのもとに駆け寄ってくれましたが、まだうまく言葉は返せましぇんわ。
「いっ、いふぁいれふわ……」
「う、うん……ホントに痛そうだね……」
――――
――――――――
気を取り直して、もう一度挨拶を致しましょう!
「改めまして、御郭良妥莉愛ですわ! 皆さま、どうぞよろしくお願いいたします!」
やりましたわ! 今度は完ぺきに決まりましたわね! と、思ったのですけれど……
パチ……パチ……パチ……
あ、あら? なんだか、思っていた反応と違いますわね。というか……反応薄くないかしら?
聞こえなかったわけではないですわよね……? わたくし、うるさいと言われたことがあっても、声が小さいと言われたことはないですし……あ、いえ、昔はありましたが、ここ十年は。
葵が挨拶をしても、反応は似たようなものでしたし……
なんだか、地味な始まりになってしまいましたわね……
始まりはともかく、以降はわたくしに相応しい派手なものにしたいですわね!
わたくしは幼いころから着物を着ていたので着付けに関しては知識も経験もありますが、葵は初心者ですからわたくしが一から教えなければなりません。
ですので、葵には最初受付や掃除を担当してもらい、休憩時間や勤務時間外に教えていたのですが……
「まったく、お嬢様の気まぐれにも困ったものね……」
「ホント、こっちの気持ちも考えてほしいわ」
そんな会話が聞こえてきたのは、勤務と着付けの練習を終え、店の裏口から帰ろうとしていた時でした。
会話内容は、端的にいえばわたくしたちへの不満でした。わたくしがここで働き始めたことを気まぐれと思い、それを非難するような内容です。
それを聞いたわたくしは……とくに何の感想も抱きませんでした。ですが……
「っ!」
「待ちなさい」
葵が飛び出していこうとしていたので、わたくしは肩を掴んで止めなければなりませんでした。
「言わせておきなさい」
「で、でも……」
いいと言っていますのに、葵は納得がいかないような顔をして、わたくしを見ます。
「ダリアちゃんはいいの? あんなこと言われて……」
あら……? その言葉を聞いたとき、正直驚きました。
これは……珍しいこともありますわね。葵、怒っていますの?
正直に言って、この程度の反発は最初から予測していたことです。わざわざ目くじらを立てるほどのことでもない、というのがわたくしの本音なのですが……
ふと、思わず、口元が緩みそうになるのを、わたくしは唇をきつく噛みしめることで防ぎます。
まったく、仕様のない子。でも、わたくしは怒るわけにはいきませんわね。だって、葵のこの怒りは、きっとわたくしのためのモノだから。
ならばわたくしは、示すしかありませんわ。いつものように、堂々とした、態度と言葉を以って。
「ダリアちゃ」
「当然です」
ふたたび口を開いた葵の言葉を遮り、わたくしは言葉を紡ぎます。
「これもわたくしが選んだ道。であれば、迷わず進むのみ。他の方に何を言われようと、関係ありませんわ。葵、あなたが教えてくれたことじゃありませんの」
そう、これこそ、わたくしの原点なのですから――
わたくしが初めて着物を着たのは、あるパーティの席。年齢にして、三歳の時分です。もっとも、その時のことはほとんど記憶にはありませんが……それでも、覚えていることがあります。それは……
好奇の視線。
パーティーに列席された皆さまは、まるでわたくしを珍獣でも見るかのように眺めるのです。
もっとも、実際にはそれほどでもなかったでしょう。あくまで、興味本位として遠巻きに横眼で見ていただけ。しかし、それは多感な子供を怯えさせるには十分すぎることです。
でも、あるいはそれも仕方のないことかもしれません。着物を着ていたのはわたくしと母だけ。他の方々は、フォーマルなタキシードと鮮やかなドレスを着た、イギリス人の方々だったのですから。
わたくしの出身地は、日本ではなくイギリスです。その理由の一つは、まずは母が当時英米を中心に仕事をしていたこと、そしてもう一つは、母があるパーティーで知り合った夫……つまりはわたくしのお父様が、イギリス人であり、侯爵の爵位を持つ実業家であることに起因します。わたくしはロンドンの一角に建つ四階建ての白い屋敷で生まれてから四歳までを過ごし、お父様のファミリーネームである〝ベイカー〟を名乗っておりました。
屋敷の中は徹底したイギリス上流階級のしきたりがなされており、例えば、メイドは主人に直接話しかけてはならない、また、主人も用事があれば執事を通してメイドに伝えるという、なんとも面倒な絶対の決まりがありました。わたくし自身、お世話係のメイド以外の使用人とはほとんど口をきいたことがなく、なんとも淡泊な関係だと思ったものですが、使用人たちはわたくしたちのことを「暖かな家庭」だと言っていたそうです。
わたくしが四歳になったとき、両親はイギリスでの生活を止め、日本に移住することを決めたようでした。その理由は、父の事業拡大のため。母は母で、海外に着物の魅力を伝えることばかり考えており、まだ日本ではほとんど活動していなかったことを思い出したという、冗談としか思えない理由で決定したと聞きました。かくして、わたくしは四歳にして初めて、母の生まれ故郷である日本の土を踏んだのです。
わたくしは新しく日本の幼稚園に通うことになり、日本においては母の性である「御郭良」を名乗ることになりましたが、しかしそこで待っていた生活は、決して「楽しい」とは言えないものでした。
英米や欧州では見かけることも多く、また自ら染める方もいる「ブロンド」ですが、このアジアの島国においてはただの〝異端〟でしかありません。ことに、子供はそういうことには多感です。語弊を恐れずいうのであれば、わたくしは〝迫害〟されたのでしょう。
というのは……やはり盛った言い方ですわね。けれど。当時のわたくしはそんなふうに思ったものです。だって、皆さんわたくしとは遊ぶどころか話しても下さらないんですもの。ときにはイジメられたこともありますし。けれど……
今思えば、それも仕方のないことと考えることができます。見た目はもちろんですが、当時のわたくしは片言の日本語しか話せませんでしたから。余程とっつきにくかったことでしょう。ともかく、そうした理由から、わたくしは見る見るうちに内向的な子供になり、「ロンドンのお家に帰りたい」と泣いては両親を困らせたのです。
わたくしの通っていた幼稚園は私立の、由緒ある家柄の子供たちが通うところではありましたが、所詮は子供。外見の違いからくる好奇心と、それを上回る不信感には勝てないようでした。
当時、幼稚園には一人の有名人がおりました。まるで物語の王子のようにやさしく凛々しい人がいる、というものです。クラスが違うため、わたくしは会ったこともありませんでしたが、一人でその方と自分とを比べては、あまりの状況の違いに自虐的になった日も少なくはありません。
正直に言って、当時のことは断片的にしか覚えておりません。しかし……
あのときのことだけは、鮮明に、艶やかに、思い起こすことができるのです――
その日。
その日も、わたくしは一人で過ごしておりました。
やっていたことは、日本語の勉強。当時のわたくしは、幼稚園が終わったあと、日本語学校へ通っておりました。そこで出された課題を進めていたのです。普段は屋敷でやっておりますが、パーティーに出席した関係で終わらせることができず、幼稚園の休み時間にやっていたと記憶しています。ですが……
あるとき、わたくしをからかう為に、課題を取った男子が三人ばかりおりました。追いかけて「返して」と言いましたが、こういう輩はこちらが反応を示すと図に乗ります。
この者たちも、ご多分に漏れずそうでした。しかし、当時のわたくしには、無論そんなことは分かりませんから、必死になって追いかけたものです。それでもどうすることもできず、無力感か、劣等感、あるいは悔しさと情けなさ、様々な感情に呑まれそうになった時……
「やめろっ!!」
それらをすべて跳ね除けるようにして、その声が響いたのです。
短く切り込んだ髪、きりりとした眉をした彼は、ハスキーな声で彼らを一括したのです。
そして、いじめっ子たちの前に立ちふさがった彼は、いじめっ子たちを叩きのめし、課題を取り返してくださったのです。だから……
「大丈夫?」
そうして手を差し伸べてくれた姿は、わたくしにはまるで王子様のように見えたのです。
一目で、分かりました。この方が、例の王子様だと。
それからというもの、わたくしは彼を追うようになりました。
幼稚園に行っては、まず彼の姿を探し、見つかれば影ながら見つめる。休み時間になってもそう。毎日それを繰り返しました。休日はべつですけれど。
しかし、わたくしは休日も、彼に会ったのです。そしてその日、わたくしは自分がとんでもない思い違いをしていたことを知りました。
父が主催するパーティーには、わたくしも同席することが求められました。正直に言って、わたくしはパーティーが嫌いでした。だって、皆さんドレスを着ている中でわたくしだけ着物を着るのですから。
その日行われたのは、父が企業パートナーの方々への感謝と、さらなる協力を求めるために開いたパーティー……そこに、彼の姿もありました。
「御郭良さん?」
そう声をかけられたとき、一度しか会ったことがないのに自分を覚えていて、しかも名前まで知っていてくれたのかと驚き、それからうれしさがこみ上げてきました。
しかし、その時のわたくしの感情は、やはり驚きが勝っていたことでしょう。なぜなら……
彼は、すこしお化粧をして、青のドレスを着ておりました。髪が肩ほどまで伸びておりましたが、これはウィッグでしょう。〝王子様〟は普段とはまったく違う姿をしておりましたが、それでも、わたくしは一目で分かりました。
「いちおう、初めましてではないよね?
そう、彼は〝王子様〟ではなく、〝王女様〟だったのです。
「今日はお招きいただきありがとうございます。えっと……幼稚園以外で会うのは初めてだよね?」
そう挨拶されても、当時のわたくしは中々言葉を返すことができず、結局、そんなわたくしを目ざとく見つけた母がフォローを入れて下さるまで、言葉を返すことができませんでした。
「ごめんね。急に話しかけて、ビックリしちゃったかな……?」
「イエ……だいじょうぶ……デス……」
ただでさえ片言だった日本語が、緊張のせいで余計固まったものになってしまったのを、今でもハッキリ覚えています。
葵の自己紹介を聞いた母に「お友達のお相手をしなさい」と言われ、期せずして、わたくしは憧れの〝王子様〟と話すことになったのですが、緊張、言葉遣い、話題、様々なことが足枷となって、口を開くことさえ困難な状態でした。我ながら、いまのわたくしからは考えられません。
しかし、ふとした瞬間に、思い出しました。わたくしたちに共通し、また最適とも思える話題を。
「あの……アリガトウ……ゴザイマシタ……」
「え?」
葵は一瞬キョトンとした顔をしましたが、すぐに何のことか思い当たったようでした。
「いいよ、べつに。気にしないで。課題、ちゃんと出せた?」
「……ハイ。だいじょうぶ、でした」
「ならよかった」
会話が終わりました。これも今では考えられないこと。
でもそれは一瞬のことでもあって、会話が終わったことを察したらしい葵が、二の句を継いでくれたのです。
具体的な内容までは記憶しておりませんが、ほとんどは取り留めのない話です。葵が自分のことを話し、わたくしのことを訊き、その会話の中に次の布石を入れておいて、そこから話しを広げて……というような流れだったと記憶しています。
ただ一つ。一つだけ、まるで今日の出来事のように鮮明に覚えている言葉があります。それは――
「その着物、とってもよく似合ってるね」
という、単刀直入な言葉。
あるいは、それはパーティーの席での社交辞令だったのかもしれないけれど……
わたくしには、何物にも勝る最上の言葉として記憶されたのです――
果たして、葵は覚えていますかしら? あの日のことを。
でも……ふふっ。我ながら単純ですわね。
――着物が似合っている。
そのたった一言が嬉しくて、その道に進むことを選んだのですから。
あれから、わたくしの性格は大きく変わりました。
ある日、わたくしは葵に尋ねたことがあります。〝どうすればあなたのようになれるのか〟と。強く凛々しく、しかし繊細でしなやか、さらには聡明さまでをも併せ持つ。それはまさしく、わたくしが思い描く理想の〝淑女〟です。ですから、どうしても気になりました。どうすれば葵のようになれるのか? すると彼女は、少し照れたように、そして困ったように笑い、それからこう答えます。
――目的意識を持つこと。
自分の中で目標を立てて、それを達成するために努力をする。そうすれば、自然と立ち居振る舞いも堂々とし、また洗練されたものになる、と言うのです。
その言葉を聞いた瞬間、わたくしは目が覚めた気分になりました。まるで濃い霧が晴れるかの如く、急に頭が冴えたのです。
それだと思いました。自分に足りなかったもの、不足していた、最後のパズルのピースです。
わたくしは目的を設定しました。
それはもちろん――葵のようになること。
まずすべきことは、今の内向的な性格を直すことです。そのためにも、常に堂々とした言動と立ち居振る舞いが必要になります。したがって、わたくしは今まで以上に日本語の勉強に励みました。教材に用いたのは、学校から貰ったものもありますが、わたくしが最も好んでいたものは、当時日本語の勉強のために読んでいたマンガでした。
そのマンガにはお金持ちの、お嬢様がキャラクターとして登場していました。わたくしは、そのキャラクターの言動を真似ることにしたのです。自分の中での、イメージを確立させるために。
それからというもの、わたくしの日本語は次第に上達していきました。けれど、わたくしはあえて拙いふりをしていました。それだけでなく、格闘技を習っているという葵から、享受も。そして――
あるとき、いじめっ子たちが、またわたくしの課題を取って、逃げ回りました。わたくしは必死に追い掛け回すふりをしながら、内心ほくそ笑んでいました。だって、ずっとこの時を待っていたのですから。
いじめっ子に追いついたわたくしは課題を取り返し、そしてこう言ってやりました!
「おーーっほっほっほっほっほっほっほっほっ!! わたくしは御郭良妥莉愛! いずれは父の後を継ぐ女です! あなた方などには屈折しませんわっ!!」
今まで片言でしゃべって、また内向的な少女でしかなかったわたくしがいきなりそんなことを言うのですから、彼らの驚きようといったら、それは面白いくらいでした。
この日から、いまのわたくしが始まったのです――
「でも、これからどうするの?」
葵が不安そうに訊いてきます。この子の性格も、大きく変わりましたわね。まるで昔のわたくしを見ているよう。もっとも、こちらが素なのでしょうけれど。
「どうもこうもありません。当初の予定通りに、ですわ」
このお店で雇ってもらうにあたって、お母様から出された条件は一つ。
それは、お店を盛り立てること。
お店の売り上げが、このところ思うように上がらないらしく、お母様が気にされているようです。
そのために、一従業員……それもアルバイトとしては破格なまでの権限が与えられました。したがって、従業員の方々から反発があるのは当たり前。むしろ自然とさえ言えるでしょう。ですが、そんなことは関係ありませんわ! そうした不満さえも跳ね除けたうえで結果を出す、あのときにそう決めたのですから!
「葵、あなたにも手伝ってもらいますわよ!」
「それはいいけど……どうするの?」
結局最初とおなじ質問を繰り返した葵は、声を潜めて言葉を続けてきます。
「お店の人たち、積極的には協力してくれないかもよ?」
「かもしれませんわね。仮にもお母様のお店で働いている方々ですし、公私コンドームはしないでしょうけれど」
「……ダリアちゃん、それお店の人たちのまえで絶対言わないでね」
「言われなくても分かってますわ! きっとお母様は、それも含めてわたくしを試しておられるのです。この程度で諦めるようでは、目的を果たすなど夢のまた夢ですもの。それに……」
わたくしが葵をじっと見ると、彼女もまた、わたくしを見つめ返してきます。性格は変わっても、本質はそう簡単には変わりません。だって、いまの葵の目にも、昔とおなじ強い光が宿っていますもの。
「わたくしたちが一緒にいれば、不可能などありませんわっ!」
思うに、このお店に必要なことは、〝新しい風〟だと思うのです。
立地はさして悪くありません。駅から徒歩十分。大通りを一本先へ入った道に建っていますから。それでも売り上げが伸び悩んでいるのは、おそらく旧態依然とした経営のせいでしょう。
古い……というか、堅い。お店の雰囲気も含めてですが、それが客層を狭めているのでしょう。ですから、まずはお店の敷居が低いことを知ってもらう。そのために必要なものは、新しい〝イベント〟です。
まずはお店の存在を知ってもらう。そのために、わたくしと葵、そして何人かの従業員の方で着物を着てお店のチラシを配る。それから、初回は無料で着物の着付けやレンタルができるといったものや、様々な種類の着物や浴衣を取り揃えました。
結果、少しずつではありますが、業績は上がっていったのです……。
当初は懐疑的で、またそこまで協力的ともいえなかった従業員の方々も、今ではわたくしのことを認めて下さったように思います。
けれど、わたくしからすれば、それも単なる通過点に過ぎません。わたくしの最終目標は――
「ねえ、ダリアちゃん……」
「なんですの?」
「やっぱり、マズいんじゃない……? だって、こんなところでんむっ!?」
薄暗い店内で、わたくしは葵の口を強引に塞ぎました。
従業員の方々がお帰りになった後、わたくしたちはこうしてキスをするようになっていました。カメラの死角で、こっそりと。
「なにもマズいことはありませんわ。だって、ここはわたくしたちの城ですのよ」
一度口を離した後で、もう一度。珍しく、葵は抵抗も、舌を入れてくることもありません。
――そう、ここは城です。わたくしの願いを叶えるための、目標を達成するための。
「城……?」
呟くような葵の言葉にかぶせるように、わたくしは「ええ」と答え、
「葵、いつかわたくしは、目標を達成して見せますわ。必ず。それが叶ったら……」
遠いあの日、葵が褒めてくれた着物姿。それに、本当に相応しい人間になるために。
自分でデザインをして、それを着るにふさわしい人間に……
「わたくしと、ずっと一緒にいなさい」
――人は変わる生き物です。
顔も、性格も、時には価値観さえ、歳月と共に移ろい行きます。
けれど、彼女が傍にいれば、これだけは永遠に、絶対に変わることはない。
葵こそ、わたくしの〝原点〟なのですから。
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