第41話 世界で一番甘いチョコをわたしに

「じゃあ、わたしチョコレート作ってくるから!」


 寮を出るまえ、わたしは堂々と宣言した。


 事前に「期待してね」って言っちゃったし、そもそも毎年のことだ。いまさら隠しても仕方ない。だから半ば開き直って堂々とした態度で言ってみたんだけど、


「あ、うん……」


 気のせいかな、椿ちゃん、ちょっと引いてない? そう思ってしまう反応をされた。


 まあ、ムリもないと思うけど。考えてみれば、堂々と「チョコ作ってくる」って言われても反応に困るよね。とはいえ、変に誤魔化したら、渡すときに照れちゃうかもしれないし。それに、このタイミングじゃ簡単にバレちゃうだろうし。


 だって、今日は二月十三日。バレンタインの前日なんだから。




「お帰りあそばしませ、姫さま」


 別宅に帰ったわたしは、いつものように綾瀬さんからそんなあいさつをされる。


 挨拶を返し、いつもとおなじ純白のロングドレスに着替え、わたしがむかうのはキッチンだ。


 普段、わたしたち天王洲の人間はキッチンへは入ってはいけない決まりになっている。理由は、マナー違反だから。本宅のキッチンには入ったことがないし、別宅のキッチンに入るのも、今日が始めてだ。



「ここ、こんなふうになってたんだね」


 家のルールとはいえ、入るなと言われれば入りたくなるのが人情だ。といっても、わたしは椿ちゃんと一緒にいるためにやんちゃもしたし、いまもしてるから、それ以外のところでは両親や家の機嫌を損ねないようにと、顔色を窺っていた。だから決められたルールを守りつつ、いったいどんな場所なんだろうと想像を膨らませた時期もあったけれど……


「なんか、普通だね。本当、調理場って感じ。ムダに広いけど」


「当然です」


 わたしの感想に、いつもどおりの無機質な声で答えるのは綾瀬さん。


「清潔第一ですので。不必要なものは置いてはおりません」


 変わらぬトーンで続くのは、なんとも生真面目な答えだった。



 クリスマスにお姉ちゃんの代役を務めたことを盾に、お父さんに頼み込んでなんとかキッチンに入ることを許してもらった。まあ〝綾瀬さんも一緒〟っていう条件を出されはしたけれど。


「うちって変なルールあるよね。自分で料理するのがダメとかさ」


「姫さま、それは使用人の仕事です。ご当家様方がなさることではございません」


 返ってくるのは相変わらず真面目な答え。わたしとしては、もうちょっと軽く流してほしいんだけどな。



 そんなわたしの胸の内を察したのかは分からないけれど、綾瀬さんは語調を変えないままで続ける。


「万が一にも姫さまがお怪我をなさらないようにとのご配慮です。ご当主様のお心遣いであって、決して意地悪でおっしゃっているわけではございません」


「はいはい」


 それも分かってる。椿ちゃんと二人で寮暮らしがしたいって言ったときも、最初はメチャクチャ反対されたもんね。



 ともかく、その過保護気味のお父さんのお許しが出て、わたしは綾瀬さんお供のもと、人気のブランドチョコレートをはじめとして、材料を買いに行った。もちろん、明日のバレンタインに、椿ちゃんにチョコレートを渡すためだ。


 チョコレートの濃厚な味わいを出すには、それなりのものが必要になるし、妥協はできないからね。


 作るのはザッハトルテ。チョコレートはもちろん、甘いものが好きな椿ちゃんむけに作る、濃厚なザッハトルテ! さて、まずは下準備から……



 レシピは頭に入っているから、スムーズに調理を進められる。んだけれど……


「ねえ、綾瀬さん。そんなにジロジロ見ないでほしいな」


 綾瀬さんがわたしを……正確にはわたしの手元を見ているからどうにも落ち着かない。


「申し訳ありません。しかし……」


「はいはい、もう分かったよ」


 お父さんにちゃんと見ているようにって言われたんだろう。ていうか失礼な。寮で主に炊事を担当しているのはわたしなのに。


 まあいいや。そのうち慣れるだろう。



 それより、わたしがチョコを上げたら、椿ちゃんはどんな反応をするだろう。


 うーん……



(――「ありがとう、さくら」――)


 なんて、きっと椿ちゃんは恥ずかしそうに言うだろう。それから、味を訊いたら……


(――「うん。甘くておいしい。でも……」――)


 そして、そのあとは……


(――「さくらが食べさせてくれたら、もっと甘くなるかも。……うぅん、手じゃなくて……口移しがいい……ダメ?」――)



「いいに決まってるよーーーーっっ!! もうもう! 口移しがいいだなんて、椿ちゃんったら大胆なんだからっ!」

「姫さま、お心静かに」

「……えっ? なにか言った?」


 綾瀬さんを見ると、めずらしく、その顔が憮然としたものになっている。どうしたんだろう?



「いえ……差し出がましいようですが、湯銭はもう十分かと。やりすぎるとバターも溶けます」

「あ、うん。ありがとう」


 集中しすぎてやりすぎていたみたい。そろそろつぎの工程に移ろう。



 そういえば、椿ちゃんはわたしにチョコくれるのかな?


 いちおう、毎年チョコは貰ってはいるんだよね。たぶん、市販のやつだと思うけど。


 それでも十分にうれしい。ていうか、椿ちゃんからのプレゼントなら、わたしは道端の石ころを貰っても家宝にする。


 今年もチョコはくれると思う。市販のを。でも、もし、もし手作りチョコをくれたら……



(――「さくら、これ、受け取ってくれる? うん。今年はね、がんばって手作りしてみたの」――)


 椿ちゃんは、照れで顔を赤くしながらそう言うだろう。そしてそして……


(――「さくらに喜んでほしくて一生懸命作ったから、ちゃんと食べてね……うぅん、私が食べさせる。口移しで。ふぁい、はべへ?」――)



「食べる食べるいくらでも食べちゃうよこのチョコ椿ちゃんの味がするーーーーっっ!!」

「姫さま、お心静かに」

「……えっ? なにか言った?」


 綾瀬さんを見ると、また憮然とした表情をしてる。……どうかしたのかな?



「いえ……差し出がましいようですが、混ぜるさいはあまりお力を籠めすぎないほうがよろしいかと」

「あ、うん。ありがとう」


 気づいてないだけで緊張してるのかな? 肩の力を抜かなくちゃ。



 でもでも、もし椿ちゃんが手作りのチョコをくれたら……


 そしたら……そしたら……



「きゃーーーーっ! わたしも愛してるよ椿ちゃーーーーーーんっっ!!」

「姫さま、お心静かに」

「あ、うん。ありがとう」



 綾瀬さんが憮然としている間に、ついに完成。いや、まだだ。ここからもうひと手間加えなきゃ。


 わたしは完成したザッハトルテに、粉砂糖を振りかけて、チョコレートの椿の花をデコレーションする。……うん、これで完成。


 我ながら完璧な完成度。あとは冷蔵庫に保管して、椿ちゃんに渡すだけ……



「待っててね椿ちゃーーーーんっ!」


 憮然さんがなにか言ってた気がするけれど、わたしにはよく聞こえなかった。




 今年のバレンタインは、わたし的にはいままでとはちょっと違う。


 椿ちゃんと寮で暮らし始めて、初めてのバレンタイン。


 そして……


 わたしがなりたい自分になれていると分かって、初めてのバレンタイン。


 だから、今年のバレンタインは、わたしにとっては特別なもの。


 だから、今年だけは、絶対に椿ちゃんにチョコを渡さなきゃ。




 と、思っているんだけれど……



「天王洲さん、あの、このチョコ、受け取ってください……!」

「天王洲会長! 私のチョコもどうぞ!」

「わたし、とってもがんばって作ったんです! どうか受け取ってください!」



 そして迎えた二月十四日。


 朝、登校してから、わたしはいろいろな子たちからチョコレートを渡された。


 おなじ学年の子から、二年生から、三年生から、先生から……ウソです、先生は盛りました。


 でも、生徒たちからは貰った。それは生徒会室で、授業の間の十分休憩で、入れ代わり立ち代わりのことだった、


 そして、それは昼休みになっても止まらなかった。生徒会で副会長をしている人からも貰ったし。



 チョコを貰うたびに、わたしは「ありがとうございます」と返す。まあ、実際ありがたいことだとは思う。だれかに好意をむけられるっていうのは悪い気分じゃないし、これはわたしが自分に与えた仮面をきちんとかぶれているっていう証左でもあると思うから。でも……


 わたしが一番欲しいものは、まだ貰えないままだ。


 ていうか、今日は会話自体全然できてない。生徒会の仕事のために、朝は早くに出ちゃったし。



 じつをいうと、さっきからずぅっと期待しているんだけどな。「さくら」って、名前を呼んでもらえるのを。


 でも、実際には「天王洲さん」とか「会長」とか、声をかけられるばかり。わたしはまだ、一度も名前を呼んでもらえていない。


 そもそもなんだけれど、椿ちゃん、チョコレート作ってくれたかな? いや、このさい市販のでもいいけれど、とにかく用意はしてくれたのかな? わたしは椿ちゃんに喜んでほしいって、それだけを考えてたけれど……


 もし、もしも、わたしが一人で盛り上がっているだけだったら……


 いや、大丈夫だよね? そんなことないよね? でもなあ、あの子、妙に冷めてるところがあるしなあ。



 たぶん、椿ちゃんは、チョコレートはくれると思う。けれど、それはいわゆる〝友チョコ〟ってやつであって、わたしが望んでいるものじゃない。


 でも欲しい! それでもいいから欲しい! いやでも……みたいな。さっきから、わたしの頭のなかではそんな考えがぐるぐる廻っている。



 ああああああもどかしいっ! 今日は会話ができていないから余計に! よしっ! こうなったら、まただれかに呼ばれるまえに椿ちゃんを探そう! それでたくさんお話してチョコを渡す! それ以外にない!


 椿ちゃんを探しに行こうと廊下を振り返って……見つけた。さっそく椿ちゃん発見。



 探しに行こうと思った瞬間にこれって、すごくないっ!? やっぱりわたしたちって、運命の赤い糸的なもので結ばれているのではっ!? はやくチョコレートをちょうだいって、わたしに催促してるんだね! 椿ちゃんってば大胆なんだから! 待っててすぐに行くから!


 椿ちゃんにむかって動いた足は、でもすぐに止まってしまう。


 椿ちゃんは、ダリアちゃんと葵ちゃんと、何事か話しているみたいだった。



 ……なに話してるんだろう? まさかと思うけど、チョコを渡し合っているとか!? そんな、ひどいよ! わたし以外の子にチョコを渡すなんて! わたしとは遊びだったの!?


 …………いや、そういうことじゃないんだってば。


 べつに、お話しするくらいなんでもない。だって、あの二人とはお友達なんだから、それは普通のことだ。なにもおかしなことじゃない、うん。



 それはそれとして、気になる。ちょっと行ってみよう。それで、なに話してるのって訊いてみよう。いつもみたいに、軽くて、明るい口調で。


 そう思って、歩き出した瞬間――


 わたしの足はまた止まった。といっても、だれかに話しかけられたわけじゃない。


 チャイムだ。授業開始の予冷が鳴った。



 なんてタイミング……あとちょっとだけ、待ってほしかったなあ。


 まあ、いいか。いや、よくはないけど。チョコレートは放課後に渡そう。



 考えたら、持ってきたザッハトルテは、生徒会室の冷蔵庫に入れてあるんだし。




 チャイムが鳴ると、わたしはすぐに教室を出た。


 正直にいって、後ろ髪を引かれるというか、掴まれてるレベルで未練があるんだけれど、こればかりは仕方ない。


 二月のいま、生徒会は大きく分けて二つの仕事に追われている。



 一つは三年生の卒業式。


 もう一つは三年生の送別会だ。



 どっちも三年生がらみ。これって生徒会の仕事なのかなあ。


 という愚痴を胸に秘めて、生徒会室へ。



 といっても、もう仕事は半分は終わっている。生徒会の人たちから去年までの話を聞いて、効率化できそうなところをピックアップ、問題になりそうなところは先生たちと話し合って解決……なんて面倒なところは、わたしが終わらせたし。


 あとは、全員が与えられた仕事を期間内に終わらせたら、なにも問題ない。……なんかフラグ立てちゃった気がするけど、生徒会の人たちは優秀だし、大丈夫だろう。



 会議室で、実行委員の人たちと送別会当日の予定を詰めて、それが終わって生徒会室に戻ろうとしたとき、実行委員の人に呼び止められた。


 どうしたんだろうと思うとチョコレートを貰った。こういうのもなんだけど、おおむね予想はしてた。……ホワイトデーのお返し、大変そうだなあ。なんて、他人事みたいに考えてみる。



 好意は本当にうれしいんだけれど……


 わたしが一番欲しいものは、まだ貰えていない。貰えるかどうかも未定。ああああヤキモキするっ! そろそろどうにかしないとマズいこの気持ち!! ほんとどうしよう!?


 いや、そんなの決まってる! ここまで来たら行動あるのみ!



 今日の生徒会の仕事を終えて解散したあと、お茶でもという誘いを丁重に断って、冷蔵庫に入れておいたザッハトルテを持って生徒会室を飛び出した。


 もう校内に残っている生徒もすくなくなってきているらしい。これなら呼び止められることもないだろう。



 スマートフォンで椿ちゃんにメッセージを入れてみる。素晴らしき文明の利器! すぐに返ってくる、と思ったのに……


 来ない……


 一分経って、二分経って、でも返事がない。既読もつかない。何度も入れてみるけれど、それでもうんともすんとも言わなかった。



 あれ、まさかと思うけれど、これ……もう帰っちゃったとかじゃないよね?


 もしも、わたしが一人で盛り上がって、ヤキモキしているだけだったら……


 わたし、いつもみたいに笑えないかもしれない。


 なんだか急に不安になってきた。速歩きで教室へむかう。



 教室の扉を開けると、そこにはだれもいなかった。



 …………



 ……………………



 あ、あれ? これ、まさか本当に……


 帰ったんじゃと思ったけれど、すぐに違うと分かった。椿ちゃんの机には、鞄がかかっていたから。



 よかった、まだいるみたい。安心したら、なんだか急に疲れを感じた。


 だから、うん、だから、わたしは椿ちゃんの席に腰かける。


 それから、本当に、とくに他意はないんだけれど、机に突っ伏してみる。



 …………うーん、なんか、なんだろう。背徳感。


 それと同時に、高揚感、みたいなものもあった。


 だって、まだ学校に残っているってことは、たぶんそういうことだと思うから。



 途端に、ヤキモキしていたことがバカらしくなった。思わず、ちょっと笑ってしまう。


 うん、これなら、きっと大丈夫。いつもみたいに笑えそうだ。



 そのとき、まるでタイミングを見計らったみたいに、教室の扉が開いた。


 見ると、そこにいたのは、今日ずっと話したかった子。名前を呼んで、呼ばれたかった子だ。


 だからわたしは、まずは自分から言う。


「おかえり、椿ちゃん」



 一日話せなかった椿ちゃんだけど、椿ちゃんもわたしを探していたらしい。


 ラインに何度もメッセージ入れたけど、それにも気づいていないみたいだった。


 予想外に手間取ってしまったけど、これでようやく椿ちゃんにチョコを渡せる。



「本当はね、もっとはやくに渡そうと思ってたんだけれど……」


 椿ちゃんにチョコを渡して、思わず苦笑してしまう。


「なんだか、今日は朝から忙しくって……」


「知ってる。朝からずっと渡そうと思ってたのに、全然隙がないんだもん」


 え? 知ってる? 朝からずっと? それってつまり……


「朝からずっと? 椿ちゃん、朝からずっとわたしのこと見てたの?」


「っ!? そっ、そんなこと一言も言ってない!」


「え~そうかなあ? 言ったようなものだと思うけどなあ」


 うつむいた椿ちゃんの顔を覗き込むと、やっぱり真っ赤に染まってる。


「~~~~~~っ! じゃあウソ! さっきのウソだから、忘れて!」


 しまった、からかいすぎた。


 このままじゃ本当にうやむやにされかねない。わたしは内心の焦りを隠して、椿ちゃんの手のひらをぎゅっと握る。すると、椿ちゃんの目はまたわたしをむいてくれた。



「じゃあさ、渡そうと思ってたって言ってたけれど……それもウソ?」


「それは……」


 椿ちゃんが口ごもる。わたしが椿ちゃんから目を離さずにいると、椿ちゃんもわたしをじっと見ている。


 今日のために、わたしはがんばって準備をした。だから、椿ちゃんには喜んでほしい。それに……


 椿ちゃんにも、おなじ気持ちでいてほしいと思う。


 もし、そうだったなら……


「あのね、さくら。渡したいものがあるの。受け取ってくれる?」



 おお……


 おおおおおおおおおおおおおおおっ。



 目のまえに差し出された、かわいらしく包装された手のひら大の小箱を見て、感動。


 こ、これって……チョコ、だよね。やっぱり。


 椿ちゃんも、わたしとおなじ気持ちでいてくれてるってことで、いいんだよね……?



「はっ、はい。よろこんで……っ」


 テンションが上がって変な返しをしてしまった気がするけれど、そんなことは気にしていられない。


 わたしは震える手で、恭しく、それはもう恭しく賜った。


 椿ちゃんは「なにそれ」とちょっと笑っている。……なんか、このくらいじゃ全然驚かないというか、反応が薄い。


 最近、椿ちゃんの中で自分がどんなキャラとして認識されているのか、ちょっと不安です。


 とりあえず、このチョコは半分食べて、もう半分は防腐処理して一生保存しよう。



「ねえ、開けてみてもいい?」


「えっ、いま?」


「うん。どんなチョコ作ってくれたのか気になるし、ちょっとお腹も空いちゃって……」


「いい、けど……」


 椿ちゃんの返答は、ちょっと歯切れが悪い。あ、あれ? どういう……はっ!?


 まさか、チョコじゃないってこと!? バレンタインに渡す、チョコ以外のもの……まさか、まさかまさか……



「まさか、これチョコじゃなくて指輪ってこと!?」


「はっ!? な、なんでそうなるの!? チョコに決まってるじゃんっ!」


 なんだ違うのか。


「変なこと言わないで」


「ごめん……じゃあ、えっと、開けるね」


 今度は、椿ちゃんはなにも言わずにわたしから目をそらした。



 ? どうしたんだろう?


 大丈夫、だよね。さっき開けてもいいって言ってたし。


 わたしが包装を開けるあいだ、椿ちゃんは視線をチラチラさせたり髪をいじったり、落ち着かない様子だった。


 これは、きっとアレだな。照れているに違いないな。もう、椿ちゃんてば照れ屋だなあ。


 なんて思いながら箱を開けると……



「…………」


 思わず、固まる。



 そこに入っているのは、ハート形のチョコレートだ。



 大きく「義理」と書かれた、ハート形のチョコレート。




 …………



 ……………………



 ………………………………




 えええええええええええええええええええええええええええええええっっ!!??


 なにこれ何これナニコレ!?


 え、これどっち!? 本命!? 義理!? どっちなのこれっ!?


 椿ちゃんの気持ちが全然分かんないっ!!



 人生はチョコレートの箱。開けてみないと分からない。


 なんて映画のセリフがあるけれど、開けたら余計分からなくなりました。



 ていうか、ハート形って! これじゃ半分食べて半分保存ってしにくいじゃん! まさか椿ちゃん、わたしがそうすることを見越して!? なんて策士!



「その、ごめん」


「えっ? ナニガ!?」


 動揺を隠しきれず、変な声を出してしまった。いや、でもこれはしょうがないでしょこうなるでしょ!



「深い意味はないの。その……葵ちゃんに教えてもらったんだけど、用意してくれた型がハートしかなくて、なにも書かないのもアレだし……だから、それだけ……」


「そ、そっか」


 まあそうだよね。要するに「友チョコ」ってことだろう。


 それでも、十分うれしい。椿ちゃんが初めてくれた、手作りのチョコなんだから。


 恥ずかしそうに顔をそらしてる椿ちゃんを見て、なんだか安心して、急に体から力が抜けてしまった。


 だからかは分からないけれど、いつの間にか、わたしの口からは笑い声が漏れていた。



「な、なにっ?」


「うぅん、なんでも。ただ……あははっ、こんなチョコ、始めてもらったなあって」


「い、いらないなら返してっ」


 椿ちゃんが手を伸ばしてきたので、わたしはチョコを両手で胸のまえに抱えて、ちょっと体を引いた。



「やーだ。ぜったい返さない。もうわたしのだもん」


 口をへの字に曲げて、不満げな目でわたしを見てくる椿ちゃん。


 そんな顔も、かわいらしくて、愛おしいって思えるんだから、われながら不思議だ。



「ありがとう、椿ちゃん」


「う、うん……その、こちらこそ……」


 またわたしから視線をそらした椿ちゃんを見て、やっぱり口元が緩んでしまう。


 いまの反応で、確信することができた。


 椿ちゃんが、わたしとおなじ気持ちでいてくれているってことを。



 だって椿ちゃんの口元は、ほんのすこしだけれど、たしかに緩んでいたから――

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