第37話 正体見たり!

 ――そして、世界は瞬いた。


 それは太陽が水平線の彼方へと沈む、一瞬にも満たないわずかな時間。でも……


 そのとき、たしかに世界は緑色の光に包まれていた――




 目を開くと、暗闇に包まれていた。


 あれ? どこここ? わたし、椿つばきちゃんと一緒に夕陽を見てたはずなのに……


 えへへ。一生懸命マナー通りにやろうとする椿ちゃん、かわいかったなあ。録画したかった。あのときほど自分の目がビデオカメラにならないかと思ったことはない。


 ……胸壁って、監視カメラ付いてたっけ? あとで綾瀬あやせさんに訊いてみよう。


 それに、わたしが昔から大好きなあの光景を、椿ちゃんも気に入ってくれたみたいでよかった。



 そしてなにより……


 昨日、椿ちゃんと一緒に撮った写真を思い出して、思わず顔が緩んでしまう。


 だってだって! わたしたち二人とも白いドレス着てたんだよ! それであんなにくっついて写真! これってもう、結婚写真なのでは!? てことは、わたしたち結婚したってことでは!?


 なーんて、いつものごとく冗談だけど。そうだ、綾瀬さんからデータを貰って、二人でブーケを持ってるコラ画像作って印刷してラミネート加工しよう。



 なんて考えているうちに、目が慣れてきた。そこで気づいたけれど、ここはわたしの部屋だ。


 そっか、わたしいつのまにか部屋に戻ってたんだ。ベッドに寝ているし、まるで本当に夢を見ていたみたい。


 椿ちゃん、いまなにしてるんだろ? 寝てるに決まってるよね。もう夜中みたい……だ……し…………



「すー……すー……」



 いた。椿ちゃん、いた。わたしの目のまえ。




 …………



 ……………………



 えぇええええええええええええええええええええっ!?



 なんでなんでどうしてどうして椿ちゃんがわたしのベッドでわたしと一緒にわたしとわたしをわたしにぃいいいいいいいいいいいっ!?


 やっぱり結婚したのわたしたち!? 初夜なのこれ!? なにをしてもいいってことこれ!?



 いや、待って待って。ここで動揺するのはマズイ。いったん落ち着こう。


 えぇっと……そうだ! こういうときは九字護身法くじごしんぼうで気分を落ち着けよう。


 かいもんこうもくぞくしゅ! よし、落ち着いた。



「ん……っ」



 むりむりむりむりっ! こんなの落ち着けるわけないじゃん! だってだって! 椿ちゃんがわたしの真横で無防備に寝て、声まで漏らしちゃって!


 ていうか、本当になんでこんなことになってるの!?



 えぇっと、たしか、椿ちゃんと二人で夕陽を見たあと……



「え、嵐が来る?」


 部屋に戻ってくると、綾瀬さんにこれから天気が荒れるということを聞かされた。


「はい。年末年始にかけて、天気は大荒れになるとのことでございます。その状況での帰宅は大変危険ですので、本日はお泊りになった方がよろしいかと存じます。お部屋のご用意を致しましたので、伊集院いじゅういん様も本日はご当家にてお休み下さい」



 そう言われた一時間くらいあと、雨が降り始めて、雨脚が強まるとともに風も出てきて……わたしたちは本宅に泊まることになった。


 ここに泊まるという旨を、椿ちゃんは電話でお父さんに知らせていた。そのあと、いつもみたいに一緒にお夕食を食べて、一緒にお風呂に入ろうって誘ったら秒で断られて、お話をして……


 それで、十時にはわたしは自室に、椿ちゃんは綾瀬さんが用意した客室に引っ込んだ、はず。いや、冗談めかして「いっしょに寝ようよ」なんて言ったけど、椿ちゃんには断られちゃったしなあ……



 それなのに、どどどどーして椿ちゃんがわたしの部屋でわたしのベッドでわたしと一緒で出ででデでででぇ!!


 ……いやいや、だから落ち着かなきゃなんだってば。ここで冷静さを失うのはほんと―にまずーい!



 余談だけれど、わたしは寝るときは基本、右か左を向いて寝ている。


 うつ伏せで寝ると胸が苦しいし、仰向けで寝ても胸がちょっとアレだから、横を向いて寝る……寝返りを打つのも結構辛い、という話を以前椿ちゃんにしたら、憮然、としか表現しようのない顔をされた。


 何が言いたいのかというと、椿ちゃんから目を離すことができないということです。……下心とか関係なく。



 でも、本当にどうしたんだろう? 部屋を間違えたってこと……?


 まあ、とりあえずいいかな。いや、よくないけれど、いい。ぐっすり眠ってるんだし、起こさないようにしないと。



 ……ぐっすり、眠ってるんだよね……ごくり。いやいや! だからダメだってば!


 ……ちょっとだけ、ちょっとだけなら触っても……いやいやいや! そうやって手を伸ばした瞬間に起きるパターンでしょどうせ! 知ってる!


 ……で、でも、寝返り、寝たふりして何とか寝返りうって、それで匂い嗅いだりするくらいなら……いやいやいやいや! それはなんかもっとアレな気がする!


 ……じゃ、じゃあ……いやいやいやいやいや……




 ――――



 ――――――――




 気づけば窓の外は明るくなっていた。……相変わらず天気は最悪で、雨はザーザー降っているけれど。


 結局、一睡もできなかった……


 うぅ……目がシパシパする。眠いはずなのに、頭も目も冴えて眠れない。


 でも……でもわたしは勝った! 椿ちゃんのゆーわくに一晩中打ち勝った! 指一本触れなかったし匂いも嗅がなかった!



「おはようございます、姫さま」

「ぅきゃあっ!?」



 あまりにビックリして、わたしは寝たまま飛び上がるという人生初の体験をした。


「なっ、なに綾瀬さん!? わたし何にもしてないよ!?」


「はあ……さようでございますか」


 綾瀬さんはいつもの通り、無表情で無感情。


 ……ていうか、いつの間に部屋に入ってきてたんだろう。全然気づかなかった。



「寝覚めの紅茶をお入れしました」


 気づけば、部屋には紅茶のやわらかい香りが広がっていた。


 この感じ、なんだかちょっと懐かしい。寮で暮らし始めるまえは、毎日こうやって起きてたんだっけ。


 壁時計を見ると、時間は朝の七時。いつもなら、もうとっくに起きている時間だった。



「ご朝食の準備は整っております。伊集院様もご一緒に、ダイニングルームへ遊ばしください」


 おぉう、寝不足の体にみやびな言葉が染みる。見ると、紅茶も椿ちゃんの分も用意されていた。


 


 それから、栞お姉ちゃんが体調を崩して寝込んでいる旨を伝えられた。


 またか。クリスマスの風邪がまだ治り切っていなかったのかな?


 それで、なんかわたしにお見舞いに来てほしいらしいけれど、そんな暇はない。お付きの人が看病しているだろうし、わざわざわたしが行く必要はないだろう。第一、わたしはいま、椿ちゃんと過ごすのに忙しいから。


 手始めに……椿ちゃんを起こさなきゃだよね。だって、もう朝ごはんなんだから。


 この場合は、触っても大丈夫だよね。


 ……大丈夫だよね?


 自問しながら、ゆっくりとを伸ばして、ひかえめに体を揺する。



「起きて椿ちゃん。もう朝だよ」




 顔を洗って、ネグリジェからドレスに着替えて、ダイニングルームにむかう。


 目を開けた椿ちゃんは、なんだか驚いた顔をしてたけどすぐに冷静さを取り戻していた。


 客室から椿ちゃんが消えていたことで、侍従室がちょっとした騒ぎになってるんじゃって思ったけれど、綾瀬さんが報告していたみたいで、椿ちゃんはわたしと一緒に寝覚めの紅茶を飲んだ。



 勝手に部屋を抜け出したことで恐縮しちゃってたけれど、わたしがムリに部屋に来てもらったというと、綾瀬さんにいつものように無感情な声で「あまり伊集院様を困らせてはなりません」と言われた。



 ……なんか、あんまり疑われてないっぽい? 自分で言うのもなんだけれど、昔からアレなところがあったから、ちょっとアレなことを言っても疑われないんだよなあ。


 ……ちょっと複雑。



 そのあとで、こっそりわたしのベッドで寝ていた理由をそれとなく訊いたら、夜中にお手洗いに行って寝ぼけて間違えたみたい、って言われたけれど……


 椿ちゃんを十年以上ずっと見てきたわたしには分かる。椿ちゃんはウソをついてる。その内容までは、さすがに分からないけれど。




 外装はもちろん内装も中世ヨーロッパのお城みたいな見た目の我が家は、ダイニングルームも当然それに相応しい内装をしている。


 床に敷かれたレットカーペット。白い壁には有名な絵画がかけられて、天井からは照明型の大きなシャンデリア。テーブルには白いクロスがかけられて、三本立てで、金色の豪奢なキャンドルスタンドまで置いてある。


 わたしたちは、数十人は座れそうな大きなテーブルを挟んで向かい合って、二人で食事をしていた。朝食のメニューは、リコッタチーズのパンケーキとフルーツ、ホットコーヒーだった。



 メニューはわたしのリクエスト。椿ちゃんは結構繊細なところがあるし、環境が変わったらストレスも溜まりやすいだろうから、リラックスしてもらうために朝は甘いものをと綾瀬さんに頼んでおいた。見ると、椿ちゃんは乗せ砂糖がかかったパンケーキに、はちみつとシロップをかけて食べてる。それへの言い訳か、コーヒーはブラックのまま飲んでいるけれど。



「ねえ椿ちゃん。それ甘すぎない? 大丈夫?」


「うん、このくらいなら。ブラックコーヒーとも合うし」


「そうなの? じゃあさ、それ一口くれない?」


「いいけど……自分のにかければ?」


「うーん、でもわたしの口には合わないかもしれないし。まずは一口だけ食べてみようと思って」


 だってこうすれば、きっとあーんてして食べさせてくれるよね! 朝から椿ちゃんに食べさせてもらうなんて、なんて贅沢なんだろう! なんて思ってたけど……



「まあいいけど。はい」


 と言って、椿ちゃんはお皿をわたしのほうに寄せてくれる。



 …………



 ……………………



「えぇっ!? なんでなんで食べさせてくれないのっ!?」


「はあ!? なんでそんな話になってんの! 自分で食べて!」


「ちぇ。ケチ」


 じゃあいい、なんて言うわけにもいかず、自分のナイフとフォークを使って食べてみる。まえにわたしが風邪ひいたときは食べさせてくれたのになあ。……ん、わたしにはちょっと甘すぎるかも。



 それから他愛ないお話をして、何気ないふうに「わたしのベッドにいた理由」←(!)を訊いてみた。すると、椿ちゃんは迷うみたいな仕草をして、


「じゃあ……笑わないで、聞いてくれる?」


 壁際に立っている執事さんと綾瀬さんを気にしているのか、椿ちゃんは声を潜めて言う。



「うん。もちろん」


 わたしが椿ちゃんを笑うなんて、そんなことは絶対にない。……いや、からかったりすることはあるけれど、バカにしたりは絶対にしない。


 それに、うちに泊まったのなら、それは〝楽しい思い出〟にしてほしい。イヤな思い出とか怖い思い出とか、そんなことは絶対にダメだ。だからわたしは即答する。したんだけど……



「えっ? 幽霊を見た……?」


 あまりに予想外すぎて、わたしはいわゆる〝鳩が豆鉄砲を食ったような顔〟をしてたんじゃないかと思う。


「椿ちゃん。文化祭はもう終わったし、ここはエルシノア城じゃないよ?」


「そんなの分かってる」


 あ、椿ちゃんが怒った。口がへの字になってるし、声があからさまに不機嫌そう。分かりやすい子だ。かわいいなあ、もう。


「でもさ、その、たぶんそれって……」



「夢を見たんじゃない?」



 わたしたちの言葉は声がそろった。わたしの言葉を予想してたらしい椿ちゃんがかぶせてきたからだ。


 もう! わたしの言葉を予想しちゃうなんて! しかも一言一句そのまま! これはわたしたち、相思相愛ってことじゃない!? ……いや、いまはそういう場合じゃないよね。



「そう言うと思った。だから言いたくなかったのに」


「ごめんね? ちょっと驚いちゃって。でも幽霊って、どこで見たの?」


 胸壁? と言いそうになったのを危うく飲み込む。そうなったら本当に『ハムレット』だし。



「城内? かな、見たのは。……その、夜中にお手洗いに行きたくなって目が覚めて部屋を出たんだけど……なんかだれかに見られてるような、つけられてるような気がしたの。気のせいかと思ったんだけど、その……帰りにも視線とか気配を感じたから、振り返ってみたんだけど……」


 そこで椿ちゃんは、両手で体を抱くようにしてちょっと身震いをした。



「そしたら、いたの。なんか、ちいさいのが。陰になってよく見なかったけど、髪の毛を床に垂らしながら這うみたいにして近づいてきて……」


 思い出しているのか、椿ちゃんの顔は青ざめている。


「それは……確かにビックリするね。それで部屋を間違えちゃったの?」


「いや、べつに間違えたわけじゃ……」


「そうなの? じゃあ、なんでわたしの部屋に?」


「それはその……」


「え? ごめん、なに?」


 声がちいさくて聞き取れなかったから訊き返す。すると、さっきまで青くしてた顔を今度は真っ赤にして、



「だ、だからっ! 一人で寝るのが怖くなったの! 悪い!?」



 その言葉の意味を、しばらく理解できなかったけれど……



「あははははっ。なんだ、そういうことだったんだ。もう、怖がりだなあ」


「ちょ、ちょっと! もう、笑わないって言ったくせに!」



 怒りか羞恥か、椿ちゃんは顔を真っ赤にしている。あんなの見ちゃったら一人で寝れるわけないじゃん、なんて言いながら。


 でも……幽霊か。見間違い、だと思うんだけど、もし見間違いじゃなかったら?



 椿ちゃんは、一体なにを見たんだろう……?




「ここで見たの?」


 朝食を終えたあと、わたしは椿ちゃんに〝幽霊を見た〟という場所まで案内してもらった。


 そこは、五階の客室まえの廊下だった。このお城は十階建てで、五階と六階が客室。七階以上に、わたしたち天王洲てんのうす家の人間の自室がある。ちなみに、わたしの部屋は七階。



「えへへへ」


「なっ、なに急に?」


 急に笑い出したわたしを見た椿ちゃんが、不審そうな視線をむけている。


「だってさ、椿ちゃんに用意したお部屋とわたしの部屋は結構離れてるのになあって。えへへ、椿ちゃん、そんなにわたしに逢いたかったんだあ」


「あっ、逢いたかったとかそんなんじゃ……ただその、一人で寝るのが……さっきも言ったじゃん」


 照れた様子で顔をそらす椿ちゃん。かわいい。でもこれ以上やったら怒らせちゃうだろうから、この辺でやめておこう。



「その幽霊ってさ、〝這うみたいに近づいてきた〟って言ってたけれど、立ってたわけじゃないの?」


「うーん……」


 すると、椿ちゃんはちょっと眉をひそめながら考えて、


「うん。歩いてなかったと思う。なんか……貞子みたいな?」


 貞子って……。


 思わず笑いそうになって、危うく飲み込む。冗談かと思っちゃうけど、やっぱりそういうわけじゃなさそう。


 それに、自分でこういうこと言うのはちょっと変な感じだけれど、わたしは天王洲の姫だ。そのわたしの客人が気にするほど視線をむける人なんて、ここにいるとは思えない。



「それになんか、唸り声も上げてた気がする……気のせいかも、だけど」


「そっか……」


 そんな人、絶対うちにいない。でも椿ちゃんがウソをついているとも思えないし。うーん……



「ねえ綾瀬さん。ここに住み込みで働いている人って、みんな何時くらいに寝てるの?」


 わたしの後ろで無言で立っている綾瀬さんに訊いてみる。すると、彼女はいつも通りの平坦な声で答えてくれる。


「業務内容にもよりますが、消灯時刻は二十二時と定められております。以降は廊下の電気は落とされ、不要な出歩きは原則禁止。夜勤の警備員が見回りをすることになっておりますが、私を含め、メイドや執事は朝が早いですから、特別な理由がない限りは出歩きません」


 じゃあ、仮に椿ちゃんがだれかを見たんだと考えれば、見回りの警備員さんってことか。



「うーん、そういう感じはしなかった……と思う」


 試しに言ってみると、椿ちゃんは記憶を探るみたいに視線を巡らせて答えた。


「警備の人って、たぶん懐中電灯なんか持ってると思うけど、それも持ってなかったと思うし。それに……」


 椿ちゃんは一度言葉を切った。言おうかどうか迷っているみたいだから、わたしはなにも言わずに椿ちゃんの判断に任せることにする。


 結局、待つほどもなく、椿ちゃんは口を開いた。



「それに、なんか……視線も感じる気がするの」


 なんですと!?


 わたしの椿ちゃんをジロジロ見るだなんて一体どこのだれ!? 椿ちゃんをジロジロみていいのはわたしだけなのに!



「もう、やっぱりいいよ。私の見間違いだったかもしれない。夜中で寝ぼけてて……夢でも見たかもだし」


 話している間に自信がなくなってきたのか、椿ちゃんはバツが悪そうに言う。


 でも、そうはいかない。椿ちゃんをジロジロ見てるのがだれなのか、なにがなんでも見つけ出さなきゃ!



「でも、見たと思ってるんでしょ? もうちょっと調べてみようよ」


「うん……」


「それに、夢だったとしてもバカにできないよ! メンデレーエフも元素周期表を夢に見たんだから!」


「バカにしてるでしょ?」


 あれ、おかしいな。フォローしたつもりだったのに、椿ちゃんが怒ってる。よし、話を変えよう。



「そんなことないって! さっき視線を感じるって言ってたけれど、それっていつから?」


「ここに来てちょっと経ってから、かな。でも、着なれない服を着てるからそう感じるだけかも……私を見ても、仕方ないし」


「その視線、いまも感じる?」


 わたしの質問に、椿ちゃんは無言で、ちいさく首を縦に振った。




 …………



 ……………………




 なんですと!?


 どこだ椿ちゃんを狙う変質者はっ!?


 わたしがそこを見た直後、そこにいただれかの頭が角に引っ込んだ。



「さくらっ!?」


 後ろで、椿ちゃんの驚いたみたいな声が聞こえてきた。無意識のうちに、わたしは駆け出していた。


 ヒールを履いていることをすっかり忘れていたので、バランスを崩して転びかけながらそこに辿りつくと、



 幽霊がいた。



 長い黒髪を床に垂らして、四つん這いになっている、幽霊。



「いったぁああああ……」


 逃げようとして、転んでしまったらしい、幽霊。



 そう、その幽霊にはあたり前みたいに足があった。


 でも、問題なのは、そのどれでもなくて……



「ねえ、さくら。急にどうし……」


 追いついて来たらしい椿ちゃんの言葉が途中で止まる。目のまえの幽霊を見て、驚いた……だけじゃなく、ちょっと怖がってもいるみたいだ。



 一方、わたしたちに見つかったことを知って、バツの悪そうな顔で苦笑いをする幽霊。


 床に流れる黒髪はかなりの長さ。立ったとしても、たぶん膝くらいまではある。肌は生まれてから一度も日の光を浴びたことがないんじゃないかってくらいに白い。顔立ちはよく整っているのに、どこか希薄そうな印象を受ける。白いネグリジェを着て、その上からロング丈の、ボタンなしのカーディガンを羽織った妙齢の女性。


 彼女を見て、思わずわたしは深いため息をついてしまった。



「もう、なにやってるの? しおりお姉ちゃん」

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