第33話 あなたと一緒に行くために

「あら、伊集院いじゅういんさん。そこ、間違ってますわよ」


「え? そうなの?」


「ほら、ちょっと貸してご覧なさいな」


「ま、待って! 自分でやるから、大丈夫」


「いいですけれど……またケガをしても知りませんわよ?」


 呆れたみたいに肩をすくめて、御郭良みかくらさんは紅茶に口をつけた。


 終業式にお邪魔した御郭良さんの屋敷で、私は裁縫を習っていた。


 どうしてそんなことをしているのかといえば、話は一週間前に遡る――





『裁縫を教えてほしい?』


 終業式の夜、御郭良さんに頼みごとをすると、スマートフォンの中から不思議そうな声が返ってきた。


『急になんです?』


「それは、えっと……」



 さっそく私は言葉に詰まる。思い切って電話してみたけど……どうしよう、なんて言おう。正直に言うのは、なんかちょっと恥ずかしいし……


あおいちゃんがしてるマフラー、かわいいなって思って……私も編んでみたいの」


 ウソは言ってないし、いいよね。


 御郭良さんは「あら」と言ったあとで黙ってしまった。……あ、あれ? どうしたんだろ? まさか怒らせちゃった? そんな悪いこと言っちゃったかな……



『ええ。いいですわよ』


 悪い方向にばかり考えちゃってたから、そう言われて一瞬キョトンとしてしまった。


「えっ、いいの?」


『そう申し上げたじゃありませんの。お店もありますし、毎日とはいきませんけれど、それでもよろしくて?』


「うっ、うん。もちろん」


『ご安心なさい、伊集院さん! わたくしに師事したからには、あなたに素晴らしい教育を施して差し上げます! おーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほ!!』



 キーーーーン……



 という音がどこか遠くでなって、私は反射的にスマホを顔から遠ざける。


 み、耳が……。不安になって耳を触ってみるけど、うん、大丈夫。血は出てない。私の鼓膜は無事らしい。よかった。


 そんなこんなで、私は御郭良さんにマフラーの編み方を教わることになったんだけど……




「おはようございます! そしてようこそ、伊集院さん! お待ちしてましたわっ!」


 私がリムジンを降りるなり、寒空を吹き飛ばしそうな朗々とした声が響く。


「お、おはよう御郭良さん。今日は……」


「堅苦しいあいさつは結構ですわ! 外は寒いですし、中へお入りくださいな!」



 御郭良さんと私を出迎えてくれた葵ちゃんがコートを預かってくれる。


 彼女はいまエプロンドレスを着ていた。マンガなんかで見るようなコスプレみたいなものではなくて、スカートの丈もロングな本格的なものだ。



 屋敷へお邪魔するということで、御郭良さんは迎えにリムジンを使ってくれた。歩いていくって言ったんだけど、「お客様を煩わせるわけには参りません! お気遣いは無用に願いますわっ!」ということで、本当にリムジンのお迎えが来た。


 私が通されたのは、二階にある日当たりのいい部屋だ。白い壁に絵画がかかっていることや、照明型のシャンデリアが下がっていることは客間とおなじだけど、本棚や天蓋付きの大きめのベッドに勉強机、冬の弱い日差しを遮るのは白いレースつきのカーテン。


 ここは終業式の日に通された客間じゃなく、御郭良さんの自室らしい。



「では早速始めましょう! まずは糸を選んでくださる?」


 御郭良さんが指さしたテーブルの上には、何種類かの毛糸が用意してあった。編み物をするのに必要な道具も用意してあるし、準備いいなこの人。


 ちょっと迷ったけど、結局、私はピンクを選んだ。さくらには、こういうきれいな色が似合うと思うから。


 色を選んだ私は、御郭良さんに教わりつつ、マフラーを編み始めたんだけど……



「…………」

「…………」



 気まずい。会話がまったくないから。


 普段は元気な御郭良さんだけど、いまは私に集中させるためか、必要なとき以外口を開かなくて、私が質問するとき以外は本を読んでいた。


 ……なに読んでるんだろ? カバーかかってるから分かんないな。



「み、御郭良さん。ここ、これで大丈夫かな?」


「……ええ。大丈夫ですわ」


「じゃあ、ここはどうかな……?」


「いえ、違いますわ。いいですこと? ここは……」


 御郭良さんは私が間違えたところを隣で編んで見せてくれる。私は間違えた部分をほどいて、一緒に編む。



 さっきから、こんなことを繰り返していた。編み方を教わって私が編んで、自信がないところは御郭良さんに確認してもらう……んだけど、編むまえにもう一回教えてって言えばいいのに、私がそれをできずにいるからものすごく効率が悪いことになってる。だれが悪いといえば、私なんだろうけど……



「失礼いたします」


 落ち着いた声が、私をネガティブ思考から引き上げてくれる。一瞬だれかと思ったけど、それは葵ちゃんだった。


「二人とも、ちょっと休憩したら?」


 さっきの事務的な口調から一転して、今度は聞きなれた口調の葵ちゃん。その手は配膳代を押してるんだけど、全然音を立ててない。……すごいな。



「そうですわね。伊集院さん、ずっと集中して疲れたのではなくて? 一休みいたしましょう」


 感心する私をしり目に、御郭良さんは読んでいた本をパタンと閉じて言うのだった。




「マフラーどんな感じ? できそう?」


「うん、なんとか。御郭良さんに教えてもらってるから……」


 訊きながら、葵ちゃんが紅茶を淹れてくれる。


 葵ちゃんとしては、たぶん重い空気を軽くしようっていう目的もあると思う。なので、私もなるべく明るく答える。まさか、効率悪いやり方してるなんて言えないし。



「そっか。ダリアちゃんって、意外に人に教えるの上手なんだよ。着物にはボクよりも詳しくて……」


「葵っ! 意外とは余計ですわ!」


 葵ちゃんはあははと笑う。そのあとで、妙な沈黙が。



 あ、どうしよう、これ。さっきまでとおなじ、気まずい沈黙。なにかしゃべらなきゃ、と思い始めたとき、


「そういえばさ、伊集院さんって、お休みの日はなにしてるの?」


 葵ちゃんの声がそれを破った。ので、私はここぞとばかりに口を開く。



「部屋で本を読んだりが多いかな。たまにウィンドウショッピングなんかにも行くけど」


「それって、やっぱりさくらちゃんと一緒に? おなじ寮で暮らしてるんだよね?」


「うん。出かけるときは二人なことが多いかも。でも、寮にいるときはそうでもないかな。たまに一緒に映画見たりはするけど」


「あら、そうでしたの」


 意外そうな声を出すのは御郭良さん。



「わたくし、あなた方はセットで考えていましたから、ちょっと意外ですわね」


「なにそれ……」


 まあ、そう言われて悪い気はしないけど。



「さきほど読書をするとおっしゃいましたが、あなた、なにを読まれますの?」


「えっ? えぇっと……推理小説、かな」


 自然と声が控えめになる。だって御郭良さんって、そういうの興味なさそうだし。



「あら、あなたも推理小説を読まれますの?」


 けど、予想外の言葉が返ってきたので、私はちょっと面食らってしまった。


「も、って……御郭良さんも読むの?」


「多少の知識はありますわ! こう見えて、イギリス生まれのイギリス育ち、あそこには偉大な名探偵がおりますものっ!」


 ホームズか。たしかに、知らない人はいない世界一有名な名探偵だ。でも、正直言うと、私はアレ「ホームズの超人ぶりを楽しむもの」って感じで読んでるんだよね。これ、言ったら怒られるかな?



「ほかにも、いくつか知っているものはありますわ。ほとんどイギリスのですけれど。あなたはどうです?」


「有名どころは大体読んだかな。日本のも外国のも。なかでもクリスティーが好き。ドラマとか映画もよく見るんだ」


「あら、いい趣味ですわね! わたくしも彼女の作品は好きですわ!」


「えっ? そうなの?」


「もちろんです! 彼女の作品は聖書やシェイクスピアのつぎに多く読まれていると言われていますし。幼少期に読みましたわ。さすがに全部ではないですけれど。そういえば葵、あなたも読書が趣味でしたわよね?」


「うん。ボクが読むのはほとんどロマンス小説だけど」


 ロマンス小説かあ……正直、私はあんまり興味ないジャンルだ。



「けれど……なるほど。納得しましたわ」


 御郭良さんは一人でうなづいている。


「まえから気になっていたのです。あなたの話す英語はイギリス訛りですし、アメリカ英語との違いもよくお分かりでしたから。天王洲桜の言うとおり、ドラマや映画で耳に触れて、聞きなれていらしたんですのね」


「うん。まあ……」


 話すっていうほど話せてるか自信がないから、そう言われるとなんか照れる。



「ねえ伊集院さん、よろしければ、おすすめを教えて下さらない?」


「え?」


「クリスティー作品です。わたくし、あなたよりは詳しくないでしょうから。教えて下さるとうれしいですわ」


「いいけど……」


 御郭良さんが私にそんなこと言うなんて。ちょっと意外。どうしようかな……有名なのはたぶん読んでるよね? じゃあそれ以外で、私が好きなやつ……


「えぇっと、並走する電車の中で殺人を見ちゃってっていうのがあるんだけどね……」



 ざっとあらすじを説明する。私があの話……というか映画を好きなのは、映像がきれいだからっていうのもある。


 ヴィクトリア王朝期のきれいな街並み。お城みたいにきれいな屋敷。ただ見ているだけでも楽しい。


「お家ですればよろしいのでは?」


「そうだけど。私の……というかパパの屋敷は、さくらや御郭良さんみたいな西洋館じゃないから……だから、こういうところでお茶するの、憧れだったの」


「あら、そうでしたの。お役に立ててなによりですわ。でも……よかったです」


 私は思わず顔を上げていた。御郭良さんの声が、いままでとはまったく違っていたから。いまの声は、なんていうか……



「安心しましたわ。わたくし、初めてあなたの笑顔を見た気がします」


「えっ? 笑ってた? 私……」


「ええ。ごく自然に」


 今度は私は顔を下げていた。なんだか急に恥ずかしくなって。笑ってたんだ、私。……いや、ていうか……



「私、普段そんなに難しい顔してる?」


「ええ。すくなくとも、わたくしのまえでは」


 ……たしかに、御郭良さんのまえではそうかも。高いテンションに圧されて、引き気味になってるから。



「ダリアちゃんはね、ずっと気にしてたんだよ。伊集院さんに嫌われてるんじゃないかって」

「あっ、葵! 余計なことを言わないでくださる!?」



 また顔が上がる。そこで目に入った御郭良さんの顔は、私が初めて見る表情をしてた。視線をさまよわせて、顔を真っ赤にして、まるで恥ずかしがってるみたいな……


 あまりに予想外というか、驚いてしまったので、思わずまじまじと御郭良さんを見てしまう。すると、彼女は顔を真っ赤にしたまま、



「だっ、だって仕方ないじゃありませんの! あなたったら、わたくしと話すときはいつも距離があるというか、素っ気ないというか……ちょっと引いてるんですものっ!」


 気づかれてたのか。でもなあ、それについては仕方ないと思う。だってこの人、本当に圧がすごいし。


 そのせいで、私はちょっと御郭良さんに苦手意識があった。けどいまの御郭良さんは、なんだが普通の女の子みたいで、気後れしていたことがなんだかバカらしく思えてきた。


 そのせいかは分からないけど、気づいたとき、私は笑ってしまってた。



「なっ、なんですの!? わたくし、またなにか言い間違えましたかしらっ!?」


「うぅん、ごめんね、そうじゃないの……」


 私はなかなか笑うのを止められなかったけど、それでも息を整えながら、


「ただ、ちょっとおかしくて。御郭良さんも普通の人なんだって思うと……」


「当然でしょう! あなた、わたくしをなんだと思っていますの!?」


 いままでは元気な人だくらいにしか思わなかったのに、こんな反応も急にかわいらしく思えてくるんだから、感情って不思議だ。



「ね、ダリアちゃんってかわいいでしょ?」


 葵ちゃんが、私の心を見透かしたみたいに言う。普段はあまり聞かない、いたずらっぽい口調。


「うん、たしかに。かわいいね」


 だからかは分からないけど、私の口調もちょっとイタズラっぽくなってしまう。



「もう! からかわないでくださるっ!?」


 顔を真っ赤にしたままで怒る御郭良さん。それがなんだかおかしくて、私はまた笑ってしまう。


「~~~~~~~~っ! あ、葵! いつまでいるつもりですの!? はやく仕事に戻りなさいっ!」


「はあい」


 間延びした返事を残して、部屋を出て行く葵ちゃん。


 私はしばらく笑ってた。こんなことしたらもう教えてもらえなくなっちゃうかな、なんて思いながら。だって、そんなことはないって、もう分かってるから。




「ねえ、御郭良さん。この部分なんだけど、もう一回教えてもらえない? うまくできなくて」


「ええ。どこです?」


「この模様のところなんだけど」


「ああ。慣れていない方には、たしかにそうかもしれませんわね。ここは……」



 御郭良さんは簡単に説明をしてくれる。いつのまにか、御郭良さんとは普通に話ができるようになっていた。まえまでの効率の悪いやり方がウソみたいに。そのせいか、こうしてお邪魔することもちょっと楽しくなっていた。


 私は、今日も御郭良さんの部屋で講義を受けている。私が御郭良さんに習い始めて今日で二週間になる。最近はお屋敷の人だけじゃなくて、御郭屋さんも一緒にわたしを迎えに来てくれるようになった。まえよりも仲良くなれたみたいで、それは素直にうれしい。けど、マフラーを編むのはなかなか難しくて、私は苦戦を強いられていた。



「お疲れ様、伊集院さん」


 葵ちゃんが紅茶とお菓子を持ってきてくれた。


 エプロンドレスを着たその姿は学園とはちょっと違った印象だ。最初に見たときは「本当にここで働いてるんだな」なんて思ったけど、二週間見るとさすがに慣れちゃうな。



「ありがとう、葵ちゃん」


「どう? マフラー編めそう?」


「難しそう。まだちょっと苦戦中で……」


「あら、最初よりはマシになってますわよ」


 ……これは、アレかな。フォローしてくれたのかな。あんまりそうは聞こえないけど。


 葵ちゃんは苦笑い。御郭良さんをフォローすべきか微妙なラインだから、ちょっと困ってるのかも。



「そういえば、ダリアちゃん、お店から郵便が届いてたよ」


 御郭良さんはティーカップを置くと、葵ちゃんから大判の茶封筒を受け取って、さっそく中に入っているものを取り出す。


「ここで開けていいの? いちおう私もいるんだけど……」


 あんまり躊躇がないので、なぜか私が引くハメになった。ちょっと視線もそらしちゃってるし。



「構いませんわ。これはあなたも見る権利があるものですし。ほら、目をそらしていないでご覧になって?」


 そう言って、御郭良さんが私に見せてくれたものは……


「これ、ポスター?」


「の、サンプルですわね」


 つけ足して、御郭良さんは紅茶に口をつけ、私はポスターに改めて目を落とす。



 そこに写っているのはさくらだった。紺色に花の小紋がされた着物を着た、さくらの姿。


 御郭良さんが私たちにモデルを頼んだのは、お店で使うポスターを作るためらしい。元旦の営業に備えて、宣伝用のポスターを作りたいと言っていた。ってことは、これがそのポスターってことだよね。


 着物姿のさくらは、やっぱりきれいだ。一分の隙もなくて、完成されてる。これなら……



「私が着物着た意味ってあったの? さくらだけで十分なんじゃ……」


「いいえ、そんなことはありません。あなたもとってもよくお似合いでしてよ」



「そ、そう? ありが……」

「着物というのは、あなたのように体の凹凸がすくない方のほうが似合いますものっ! 浴衣もモデルの方が着るより力士の方が着る方が似合いますでしょう? それとおなじですわ!」



 …………



 ……………………



「ごっ、ごめんね、伊集院さん。悪気があるわけじゃないの! バカにしてるわけでもなくて! ほ、ホントだよっ!?」

「だろうね」


 この人、悪い人じゃないのは分かるけど、ちょっと正直すぎる。あと力士のくだり、口にする必要ある?



「ねっ、ねえ、マフラーどこまでできたの? 見てもいい?」


 御郭良さんをフォローするために話を変えてたっぽい葵ちゃんだけど、結局話が一周してしまった。


 いいよと答えて、葵ちゃんに編みかけのマフラーを渡す。



「ちゃんとできていますでしょう! 当然ですわね! このわたくしが講師なのですから!」


「う、うん……」


 そうだけど。たしかに教え方うまいけど。でもなんか納得いかない。



「ま、伊集院さんの成長も大したものですけれど」


 まさか心を読まれたってことはないだろうけど、御郭良さんがつけ足してきた。


「心なしか、文化祭のときよりやる気に満ちているように思いますわ」


「そ、そうかな? 文化祭のときも、手を抜いたってわけじゃないんだけど……」


「そんなことは分かっています。あなた、そこまで器用でもなさそうですし」


 ……本当、一言多いなこの人。



「そっか。伊集院さん、がんばってるんだね」


 葵ちゃんがすかさずフォロー。


「ええ。行き詰ってるご様子でしたので手を貸そうとしたのに、断られてしまいましたもの」


 そのあとで、ふと思い出したように続ける。


「そこまでするってことは、これは天王洲てんのうすさくらへのプレゼントでして?」


 その言葉は、私には爆弾にも等しいものだったけど。



「なっ、なんで分かったの……?」


「なぜと訊かれましても……小学生でも分かると思いますわよ」


 なぜか呆れられてしまった。



「べつに、深い意味はないの。さくらって、寒いの苦手みたいだし、それにもうすぐクリスマスだから……その、それだけ」


「わたくし、なにも訊いていませんが」


「……だよね。忘れて」


 なんか一人で言い訳してた。変なことじゃないんだから、気にする必要なんてないよね、うん。



「まっ、まあ、とにかく、プレゼントしようと思ってるの。……いつものお礼として」


「さくらちゃん、喜んでくれるといいね」


「心配しなくても、伊集院さんからのプレゼントなら、天王洲桜は石ころでも喜ぶと思いますわ」


 そうかな? それで喜ばれても、ちょっとアレな感じだけど。



 喜んでくれる……よね? 口紅をプレゼントしたときだって、喜んでくれたし。今回もきっと……多分。


 目標は、クリスマスまでに完成させること。そうすれば、勇気を出せるような気がするから。そして、さくらと一緒に……


 そのためにも、がんばらなくっちゃ。




「なんとか完成しましたわね」


 御郭良さんがふうと息を吐いた。


 十二月二十二日。クリスマスイベントが目前まで迫った今日、私はようやくマフラーを編み上げることができた。



「うん。ちょっと不安だったけど、よかった……」


「あら、わたくしは信じておりましたわっ! あなたならきっと完成させると!」


「御郭良さん……」


 そんなふうに言ってくれるだなんて。やっぱり、ちょっと言動がアレなだけでいい人……


「サルもいつかは『ハムレット』を書き上げるといいますもの! もっと自信を持ちなさい!」



 ……………………



 ………………………………



「葵ちゃん、御郭良さんってさ、私のことちょっとだけバカにしてるよね」


「許してあげて。ダリアちゃんはその人のありのままを好きになれるけど、それを表現するのはちょっと苦手なの」


「へえ」


 物は言いようだ。日本語って便利。あと葵ちゃん、ついにフォローを諦めたね。


 ま、完成したのは御郭良さんのおかげだし、いっか。……いや、よくないけど。でも、いい。



「伊集院さん、本当にお送りしなくてよろしいんですの?」


「うん。買い物頼まれてるから。ありがとう御郭良さん。すごく助かったよ」


「どういたしまして。クリスマスイベント、楽しめるといいですわね」


「えっ?」


 あたり前のことみたいに言われて、私はキョトンとしてしまう。すると、御郭良さんもキョトンとした顔になって、



「あら、違いますの?」


「そうだけど……よく分かったね」


「そんなのだれでも分かります。あなたが分かりやすいということを割り引いても」


「差し引いても、ね」


 あ、しまった。つい反射的に。



「とにかく!」


 御郭良さんはいつもみたいに堂々とした態度で言う。言い間違えたのに。


「天王洲桜を誘うのでしょう!? まあ、がんばりなさいな」


「う、うん……」


 マフラー編んでるときはそっちに集中してたけど……そっか、一番重要なことが残ってるんだった。


 大丈夫かな? ちゃんと誘えるかな? それに……



「大丈夫ですわ、安心なさい」


 私の心を見透かしたみたいに、御郭良さんが言う。


「天王洲桜なら、あなたが誘えはイヤとは言わないでしょう。心配はいりません、なんならむこうから誘ってくると思いますわよ」


 そうかな……? そうだといいな。



「がんばってね、伊集院さん」


「うん。ありがとう、葵ちゃん。御郭良さんも」


 二人がここまで協力してくれたんだから、がんばらなくっちゃ。


 ……いや、だって、せっかくマフラーも編んだんだし。渡さなきゃもったいないもんね。せっかくのクリスマスなんだから、ムード的なアレも重要だと思うし、うん。




 そして、その日の夜――


 夕食の時間になっても、私はさくらを誘えずにいた。


 考えてみたら、クリスマスイヴに誘うって、なんか変な感じしないかな? だって、クリスマスって海外じゃ家族と過ごすのがあたり前みたいだけど、日本じゃその……こっ、恋人と過ごす日、みたいな感じだし。誘ったら、変に思われないかな……?



 なんて考えていたら、言い出せなくなってしまってた。さくらから誘ってくれるかな、なんて思ってたけど、全然そんなことにもならないし。


 ……ていうか、なんで誘ってくれないんだろ。花火大会のときは、頼みもしないのに誘っておいて、どうして今回は……



「椿ちゃん」


「うぇっ。な、なに?」


「シチュー、どうかな? 甘すぎない?」


「うん、大丈夫」


「そっか」


 さくらを見る。ホワイトシチューを食べていた。私も作るのを手伝ったから知ってるけど、このシチューには隠し味にホワイトチョコレートが入ってる。だからちょっと甘くて、私の好きな味だ。



 うん、やっぱりおいしい。すこし甘くて、温かくて、やさしい味……


 なんだか背中を押された気持ちになって、気づいたときには……



「あ、あのね、さくら……っ!」


「? なあに?」


「えっと……」



 さくらはスプーンを置いて私を見てる。


 どっ、どうしよう。ここで「なんでもない」って言うのは、ちょっと変だよね。


 言わなきゃ。言うだけ、言えばいいんだから……!



 でも、私の口はなかなか動いてくれない。なんだか夢の中にいるみたいに、頭がふわふわして、体が熱くなる。


 ひりつくようなのどの痛みをどこか遠くに感じながら、それでも、なんとか……



「く、クリスマスイベントなんだけど、もしよかったら、私と――」

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