第34話 もやもやそわそわショッピング
最近、椿ちゃんの様子がおかしい。
冬休みに入ってから、ほぼ毎日お出かけしてる。どこ行くのって訊いてもはぐらかすばっかりで答えてくれないし。
まさかデート!? と思って胆が冷えたけれど、それほどオシャレをしてるわけじゃないから、デートってことはないと思う……な、うん。
でも気になる! いったいわたしに内緒でナニをしているの!? まさかいらやしいこと!? そういうことならわたし相手にしてくれないと困るよっ!
「じゃあ、行ってくるね」
そんなわたしの気も知らずに、椿ちゃんは今日も今日とてお出かけするらしい。
その様子は、ウキウキって程ではないけれど、やっぱりちょっと楽しそう。お出かけするわけだし、当然といえば当然かもだけれど……
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
わたしはちっとも楽しくない。といって、それを顔に出すわけにもいかないから、とりあえず笑顔を作っておく。
「ところで、今日はどこに行くの?」
「え? えぇっと……」
いつもどおり、口ごもる椿ちゃん。いつもならこのあとは……
「ちょっと、ウィンドウショッピング」
うーむ、ここもいつもどおり。
「ね、わたしも一緒に行っていいかな? 新しいコートが欲しいの」
「一人で行きたいから、また今度……ごめん……」
「そ、そっか……」
振られた。でも悲しいかな、これもいつもどおりなんだよね。
「帰るのは四時過ぎになると思うから。なにか買ってくるものとかある?」
「うーん……あ、お醤油買ってきてくれる? そろそろなくなるから」
「分かった」
いい子だ。とか思っているあいだに、椿ちゃんは改めて「行ってきます」と言うと、寮を出て行ってしまった……
椿ちゃんを見送ったあと、わたしは事前に用意しておいたハンドバックを持って急いで寮を出た。
間に合うか心配だったけど、幸いにも、すぐに椿ちゃんを見つけることができた。
うーむ……相変わらず、なにかイタズラしたくなる背中だなあ。とはいえ、今日は我慢しなきゃ。
わたしにナイショでなにをしているのか、今日こそ突き止めてやる!
思いつくや実行! 思慮に行動を伴わせるのがわたしのいいところ。
距離を取って、バレないようについていく。
それにしても、椿ちゃん、ホントどこでなにしてるんだろう?
お出かけするようになってから、今日で一週間が経つけれど……
まさか逢い引き!? そんなっ! わたしというものがありながら! もしそうなら相手はこの世から……
と、そこで、足を止めてしまう。寮からすこし離れた大通り。そこで、椿ちゃんは待ち合わせをしていたらしい。
ダリアちゃんと。
え? なんで? なんでダリアちゃんと? 意外すぎる組み合わせ……
なんて思っているうちに、椿ちゃんとダリアちゃんを乗せてリムジンが走り出した。
ま、まずいっ! このままじゃ椿ちゃんが行っちゃう!
そのとき、じつにタイミングよくタクシーが来たので、わたしはそれを止めると、ドアが開くのももどかしく乗り込んだ。
前の車を追ってくださいと言うと、運転手さんは「そんなこと三十年ぶりに言われたなあ」なんて言いながら車を発進させる。
ていうか、いたんだ。わたし以外にも、こんなこと言う人。
そうして着いたのは、終業式の後にお邪魔した、ダリアちゃんのお屋敷だった。
……まじか。え、まじですか。ますます意外。椿ちゃんがダリアちゃんのお迎えでダリアちゃんのお屋敷に行くなんて。
あの子、ダリアちゃんのことは苦手なはずだけれど……
なにしてるんだろう? 二人で遊んでるのかな? いやいや、まさか。葵ちゃんはここで働いてるんだっけ。じゃあ、三人で?
そういうことならわたしも誘ってくれたらいいのに。仲間外れにされてる……わけではないよね、多分。椿ちゃん、寮では普通に話してくれてるし。でも、じゃあどうして……?
どうしよう? 椿ちゃんが出てくるまで、ここで待っていようかな? 四時には帰るって言ってたよね? じゃあ、ずっと待っているか、それとも三時半くらいに戻ってくるか……
でも見つかったらなんて言い訳しよう。あとをつけてきたなんて言えないし。
それで嫌われるようなことがあったら本末転倒だ。やっぱり、いつまでもここにはいられない。
わたしはため息をついて、散歩をすることにした。三時半くらいにこの辺りに戻ってきて、偶然を装って一緒に帰ろうそうしよう。
こんなことなら、椿ちゃんのスマートフォンにGPS機能をつけて居場所を把握できるようにするか、盗聴器を仕掛けとけばよかったなあ。
適当に街を歩いていると、そこかしこの家やお店でクリスマスのイルミネーションを見る。もうそんな季節なんだなあ。
そっか、クリスマス。そういえば……よし、決めた!
今年のクリスマスイベントは、椿ちゃんを誘う!
そうと決まればわたしはショッピングモールへ。駅に近づくにつれて、クリスマスのイルミネーションが多くなってくる。ケーキ屋では、ミニスカートのサンタ服を着た若い女性がお店の宣伝をしてる。この寒いのに大変だ。……椿ちゃん、頼んだらあの服着てくれるかなあ。
椿ちゃんのサンタ服……ふへへっ。おっといけない、また発作が。
吹き抜けの広間の中央に飾られた大きなクリスマスツリー。その下にある立て看板に貼られているポスター……
曰く――ウィンターイルミネーション ~光の箱庭~
きれいなイルミネーションが描かれたポスターには、そんな文字が躍っている。そして左下には天王洲家の名前もある。他にもいくつか協賛があるけれど、うちの名前が一番大きい。運営してるのは市だけど、資金を出しているのはほとんど天王洲だから。
六百万球以上の電球を使ったイルミネーションが売りのクリスマスイベント。それが二十三日から二十九日まで、一週間行われる。そういえば、例年ではアイドルなんかを呼んでライブをしてもらっているんだっけ? 今年もそうするのかな?
このイベントが、椿ちゃんと一緒に行きたいもの。あの子人込み嫌いだけど、誘ったら付き合ってくれるかなあ……ちょっと不安だ。
それに、クリスマスプレゼントはどうしよう。考えてみたら、わたしはまだ口紅のお返しもできてないんだ。
いちおう、お父さんからはカードを貰っているけれど、月に一度綾瀬さんに履歴をチェックされるから、あんまり買い物すると小言を言われるんだよね。
どうしようかなあ。椿ちゃんが喜んでくれるものか……
午後になって、わたしはまえに椿ちゃんと寄った喫茶店で軽食を食べた。
そのあとは、ウィンドウショッピングをすることにした。あわよくば、椿ちゃんへのプレゼントを買う。
わたしがまず入ったのはアパレル店だ。明るい服を着た明るいお姉さんがいる明るいお店。
適当に服を見て回る。椿ちゃんにはああ言ったけれど、べつにコートが欲しいわけじゃないんだよね。あ、でもこのコート、椿ちゃんに似合いそう。あの子、ミニスカートが好きみたいだからなあ、ロングコートにロングブーツなんか合わせるといいかも。あとはカーディガンとか……うん、よく似合う。かわいぃ……おっと。
いけないいけない。気を抜くとすぐこれだ。ここにいるとまた発作が出そうだし、もう出よう。
そのあとは、インテリアの参考にもしようと思って、家具店に入る。……あ、このうさぎのクッション、椿ちゃんが好きそう。そうだ、お部屋に芳香剤おこうか迷ってるって言ってたっけ? どんなのがあるか見て、あとで教えてあげよう。
そうしてお店をブラブラ歩いていると、目に入ってきたものがあった。それは小物とか、言ってしまえば在庫処分セールみたいな商品が置かれたカートだった。
ほかに人もいなかったので、どんな商品があるのか見てみることにした。
うーん、目覚まし時計や、ちょっとした置物とかの小物類。ほかには……わたしの目があるもので止まる。それは白い毛糸だった。
これ、いいかも。手触りもよくて編みやすそうだし。セール品だからお値段も手ごろだ。
椿ちゃん、このあいだ寒そうにしてたしなあ。いちおうマフラーはしてたけれど。わたしがもっと暖かいマフラーを編もう。あと手袋とか帽子とか、パンツとか。
あの子はおしゃれだから、無骨にならないように気をつけて作らなきゃ。
どんな柄にしようかな? あの子はかわいいから、どんなものでも似合うと思うけれど……
うん、そうしよう。椿ちゃんをクリスマスイベントに誘って、完成したマフラーたちをプレゼントしよう。
私が作ったパンツをつけてる椿ちゃん……おぉう……
いやいや、違う違う。マフラーね。マフラー巻いてる椿ちゃん。うん、かわいい。……ふへへっ。
わたしは椿ちゃんの姿を想像しながら、毛糸を持って会計にむかった――
そして、ウィンドウショッピングで適当に時間を潰してから、ダリアちゃんのお屋敷近くに戻ったんだけれど……いない。
わたしは椿ちゃんと帰ることはできなかった。
なので、一人さみしくトボトボ歩いていると、
「さくら?」
「ひゃっ!?」
急に声をかけられたので、ビックリして後ろを見ると、そこには椿ちゃんが立っていた。
うぅ、まさか椿ちゃんに驚かされるだなんて。これじゃいつもと逆だ。
「椿ちゃんもいま帰りなの? 奇遇だね」
「うん。まあ……さくらも出かけてたんだ」
「わたしもウィンドウショッピングしてたの。椿ちゃんに逢えるかなあと思って。でも逢えなかったね。どこ行ってたの?」
「えっと……ショッピングモールのほう」
「そうなんだ。わたしもそこに行ったんだけど」
「……まあ、広いし……」
あ、しまった。なんか、ちょっとアレな感じ。そんなつもりなかったんだけど……
とにかく、話を変えなきゃ。
「お醤油、買ってくれたんだね。ありがとう」
「うん……さくらもなにか買ったの?」
椿ちゃんの視線は、わたしが手に持った紙袋に注がれている。
「うん。ちょっとね」
「ふーん。なに買ったの?」
「えっとね……」
答えそうになって、慌てて口をつぐむ。危ない危ない、ここで答えたら意味ないじゃん!
「秘密。今度教えるから、楽しみにしてて?」
「なにそれ。なにか変なこと企んでるの?」
ジトっとした目でわたしを見てくる椿ちゃん。
でも、それほどおかしくは考えてないみたい。うんうん、普段のキャラが功を奏したみたいだ。
これでいいのかなあと思うときもあるけれど、こういうときには便利だ。
とにかく、これで椿ちゃんへのクリスマスプレゼントを作る!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます