第27話 わたしたちのお気に召すまま
目を覚ますと朝の六時ちょっとまえだった。
アラームが鳴るまえに止めて、ゆっくりと布団から出る。
今日は土曜日。まだ椿ちゃんはしばらく寝てるだろうから、なるべく音をたてないようにして部屋を出る。
それから静かにシャワーを浴びて、制服を着た。
白鳥峰学園の、制服を。
今日、わたしは学校へ行かなくちゃいけない。まえの生徒会からの引継ぎを終えて、今日から新生徒会としての仕事が本格的に始まる。
わたし、制服ってあんまり好きじゃないんだよね。椿ちゃんは、うちの制服気に入ってるみたいだけど……
行きたくない。椿ちゃんと一緒にいたいなあ……なんて思いつつ洗面所を出ると、
「おはよ」
椿ちゃんに出くわした。…………って、えぇっ!?
「おはよう。どっ、どうしたの? こんなはやくに起きてるなんて……」
「べつに、どうってわけじゃないけど……」
椿ちゃんはなぜかわたしから視線をそらして言う。ていうか、ホントなぜ。え? まさか、わたしの顔なにかついてる? つい十秒くらいまえに顔洗ったばっかりなのに!
と思って焦ったけど……
「今日、生徒会の仕事で出るんでしょ? だから、その……私だけ寝てるのもアレだし……」
視線をそらしたまま、そんなことを言う椿ちゃん。その顔は、ちょっとだけ赤くなっているような……はっ!? そ、そっか! 分かったっ!
「椿ちゃん、わたしを見送るために起きてくれたのっ!?」
「はあっ!? ちっ、ちがう! そんなわけないじゃんっ!」
「えぇえっ!? 違うの!? そうじゃないの!?」
すっごく強く否定された! ショック! ていうか恥ずかしい! なんか自意識過剰なこと言っちゃったっぽい。うぅ、穴があったら入りたいってこんな気持ちなのかも……
「いや、その……」
一人で悶えていると、椿ちゃんが言葉に詰まりながら口を開く。
「違う……わけじゃないけど、それだけが理由じゃない。私、今日出かける予定だから。それだけ……」
「そうなの? ダリアちゃんたちと約束あるとか?」
「べつに……ただウィンドウショッピングしようと思って」
「ふーん。そっか」
それのためにこんなにはやく起きるかな? でも……
いいなあ、ウィンドウショッピング。わたしも行きたい。お洋服とか、アクセサリーなんかも見て、お互いに、一式コーデし合ったり……。楽しいだろうなあ。
べつにウィンドウショッピングでなくても、椿ちゃんとお出かけがしたい。
ああ、さっきよりもっと学校に行きたくなくなった。もうサボっちゃおっかなあ……なんて、思ってもするわけにはいかないけれど。
それから、椿ちゃんはシャワーを浴びるために浴室へ。わたしはキッチンに移動して朝ご飯を作る。
今日は焼き魚を作ろう。箸休めのお浸しと、お味噌汁。あとは……卵焼きかな。甘いやつ。椿ちゃんが好きだから。
献立を考えながら準備して、料理を進めていると、やがて椿ちゃんがやって来た。それで、いつもみたいに料理を手伝ってくれてるんだけど……
椿ちゃんが動くたびに、その……甘くて、やわらかいみたいな匂い……これ、シャンプー? 髪の毛も洗ったのかな?
……くんかくんか。
おぉう、いい匂い。椿ちゃんって、いい匂いするよなあ。女子っぽいというかなんというか、わたし、この匂い大好き。椿ちゃんの匂いがする芳香剤とか作れないかな? そうすれば部屋に置いて……
「さくら」
「うひゃいっ!?」
急に名前を呼ばれて、わたしはその場で跳びあがった。そのせいで、危うくお味噌汁をひっくり返すところだったけど……よかった、セーフ。
大声を出しちゃったからか、椿ちゃんはビックリした顔でわたしを見てた。
よこしまなことを考えてるときに名前を呼ばれるのは心臓に悪い。火を使っているときは、とくに気をつけなくっちゃ。
「ごっ、ごめんね? なあに? どうかした?」
念のため、一度火を止めて訊く。
「それ私のセリフなんだけど……」
椿ちゃんは呆れたみたいな視線をむけてきた。けれど、すぐに二の句を継いでくる。
「えっと、ほうれんそうのお浸しできたけど……次なにすればいい?」
「じゃあ……ご飯よそってくれる? もうちょっとでお味噌汁できるから」
分かったと答えて、椿ちゃんは準備を進めてくれる。まだ呆れてはいるみたいだけど。
うーん、いつものことだし、とか思われてるのかな。普段道化っぽく振る舞ってると、こういうとき役立つよね。
まあ、これでいいのかみたいな感じも、ちょっとだけするんだけど……
食事を終えて、わたしたちは一緒にお片付け……をしようと思ったんだけど、
「いいよ。私がやっておくから」
なんてことを言われたので、ちょっとビックリした。
「生徒会の仕事、今日から始まるんでしょ? それなら、はやめに行ったほうがいいと思うし」
たしかに。もともとそのつもりだったから、その時間も計算して起きたんだけど……
せっかくの好意に水を差すのも、なんだかなあ。
でももうちょっと、時間ギリギリまで椿ちゃんと一緒にいたい。でも椿ちゃんの好意をムダにしたくない。でもでも……
なんて思っているうちに、わたしは玄関にいた。
ローファーを履いて、バッグを肩にかけて、なんかいまにも出かけそう。
ちょっと早いけれど、わたしはもう学園に行くことにした。やっぱり気遣いをムダにできないもんね。学園には、ちょっと遠回りして、ゆっくり行くことにしよう。
でもなあ……行きたくないなあ……もう休んじゃおっかなあ……あ、なんか急にお腹痛くなってきたかも――
「じゃあ、その……いってらっしゃい」
「行ってきますっ!」
気づいたときには、わたしは寮を出ていた。
…………
……………………
だっ、だってだって!
椿ちゃんがわたしをお見送りしてくれたんだもの! しかも「いってらっしゃい」って言って! おまけに手までちょっとフリフリしてくれたんだもの! さすがにこの流れで「お腹痛い」とは言えないんだもの!
すっごくかわいかった! 朝からいいもの見れた! 生きててよかった!
わたしはその場にしゃがみ込んで、悶えに悶える。
ああ、なんか……なんか、ダメかも。変にテンション上がっちゃってる。いったん落ち着こう。
幸か不幸か、時間はあるからね。しっかり気分を落ち着かせて、学園につく頃には、しっかりかぶっていなくっちゃ。
学園の人たちが、いつも想像して〝視て〟いるであろう、『天王洲桜』の仮面を。
そう、仮面だ。
人生を船旅に例えた画家がいる一方で、人生を舞台に例えた劇作家がいる。
これは、わたしがわたしでいるための、とても大きな仮面……
生徒会の仕事っていうのは、かなーり地味だ。
例えば、学校行事の企画運営や生徒会予算の編成とか備品の管理、それから朝のあいさつとか。言ってしまえば〝雑用係〟みたいなものだと思う。暇なときは、よく先生の手伝いをさせられるらしい。やだなあ。それで椿ちゃんとの時間が減ったりしたら、ひっじょーに困る。
白鳥峰学園は天王洲家が理事を務めていて、かなり有名な学園。毎年倍率もかなり高いし、卒業するとかなり就職に有利になるんだとか。なにが言いたいのかって言うと、だからこそPRが必要ってこと。
地域のボランティア活動なんかにも積極的に参加して、より学園の知名度を……もっといえば好感度を上げるのが目的。一番多い活動でいえば、地域貢献の名目の下で行うゴミ拾い。露骨すぎる。
お父さん曰く、どんなボランティアにも必ず営利が絡んでいる。いつものことみたいだけど、いまの生徒会長はわたし。『天王洲桜』がすることに意味がある、みたいなことをお父さんは言うに違いない。
だから、それはもう別にいい。いつものことだし、必要なことでもあると思うから。
そう、いつものこと。こんなこと、ずっとやってきたことだ――
といって、今日やるボランティアはゴミ拾いじゃないんだけど。
ここに来るのも、久しぶりだなあ……
なんて思いながら、窓の外を見る。と、
応接室に入ってきた園長先生が、わたしと、ほかの役員たちとにあいさつをしてくれた。
わたしたちは、いま幼稚園に来ていた。昔、わたしが通っていた幼稚園に。
今日は、劇の発表会が行われる。それ自体はべつの会場を貸し切ってするんだけど、まずは先生にあいさつをってことで、ここから会場に向かう。
普通こういうことって、PTAの人たちの仕事だと思うんだけど、この幼稚園に通う子たちのご両親は忙しい人ばかりだから。いちおう、劇を見に来る親御さんはいるみたいだけれど。どっちも天王洲家が理事だから、こうして生徒会がやるらしい。
会場につくと、わたしたちはさっそく仕事に取り掛かる。
具体的には、プログラムを確認して、園児たちに衣装を着つけて、到着した親御さんたちを会場まで案内して……なんてことだ。
時間が来ると、園長あいさつ来賓あいさつと、プログラムは進んでいく。余談だけれど、こういうときの園長先生のお話はすこぶる長い。わたしが知っている中での最長はじつに一時間にも上る。
その長い話……今回は四十七分だった――を終えたあと、理事長あいさつがあるんだけど……忙しいから云々、大変残念ながら顔を出せないのでかんぬん、ということで、お父さんが、それとも秘書さんが書いたのかは知らないけれど、とにかく手紙が読まれた。
それが終わって、ようやく劇が始まる。二学年、四クラス、計八クラスが、それぞれ違う題目を演じる。
わたしたちは客席からその劇を見ることになった。
普段とは違う衣服に身を包み、一生懸命に演技をする園児たち。
題目は――『お気に召すまま』。
シェイクスピアの戯曲の一つだ。なつかしいなあ。幼稚園のとき、わたしもやった。
わたしはロザリンドで、椿ちゃんはシーリアだった。二人は大の仲良しだ。
たまたま偶然そうなった。不正なんてしていません。
それにしても、幼稚園児にシェイクスピア作品を演じさせるなんて、なんか……なんだかなあ、と思う。英米では聖書と並んで基礎教養の一つになってるらしいけれど、日本でもそれをやるなんて、こういうところ、お父さんは本当に一貫してる。悲劇でも詩劇でもなく、喜劇なのはいちおうの配慮なのかも。でも……
ああ、やっぱりだ。
耳に飛び込んできたあるセリフに、わたしは自然と目を細めていた。
『お気に召すまま』を初めて知ったときから、ずっと忘れられない言葉がある。
〝この世は舞台。男も女も役者に過ぎない〟
このセリフが、言葉の通り、世の中を的確に表しているように思えたから――
物心ついたときから、わたしは周囲が想像し、また望んだとおりの人間でいることを求められた。
だから、わたしはその通りに立ち居振る舞いを教育され、それを完璧に自分のものにしなくちゃいけなかった。
それは〝天王洲桜〟っていう、とても大きくて分厚い仮面だ。
常にかぶり、決して外されることを許されない仮面――
わたしは、それがイヤでイヤで仕方がなかった。外で会う人も、屋敷の人も、家族でさえ、わたしのその仮面しか見ていない。本当のわたしを見てくれていない。そう感じていた。
みんな自由に外を走り回って、自由に生きているのに、どうしてわたしだけこんな仮面をかぶらなきゃいけないんだろう? そう、思っていた。でも……
それも仕方のないことだ。傲慢な言い方になっちゃうけれど、天王洲家は支配者の家系だ。支配階級にいる人間には、いつの時代も、必ず教養と能力が求められる。
フランスでは、占領から解放された第二次大戦後も、特権階級の人たちが支配階級に食い込み続けた。
だからシャルル・ド・ゴールは、元貴族が支配階級にいることは仕方がないとして、その人たちに必要な教養を施した……
天王洲家の帝王学は、それによく似ている。物心ついたときから、〝支配者〟としての教養を施す。
勉強は勿論だけど、それよりも重要なことがあった。
天王洲家では、男子は武術で、女子は音楽で、それぞれ大きな才能が求められる。
わたしの場合は歌だ。
それもあって、わたしは歌を褒められるのが嫌いだった。
だって、それはわたしを褒めているんじゃなくて、わたしが被っている〝仮面〟を褒められているようにしか聞こえなかったから。
当時のわたしは、そこまで大人になれなくて、そう思ってしまっていたけれど……
――違う。
いまなら分かる。あのときのわたしの考えは、半分間違っていた。
たしかにほとんどの人は、わたしの仮面の部分しか見てはくれない。それは今も昔も変わらない。けど……
――おなじだ。
いまはそう思う。
それは、わたしが気づいていなかった、もう半分。
仮面をかぶっていたのはわたしだけじゃない。誰もかれもが、仮面をかぶって生きている。
自分をよくするために、だれかに自分をよく見てもらうために。人間だれしも、仮面をかぶって生きていくんだ。
それに気づいてからは、これは仕事なんだと割り切ることもできた。そして……
わたしがそのことに気づけたのは、椿ちゃんのおかげ。
椿ちゃんと出逢って、わたしの世界は一変した。驚くほどに広がって、彩を見せた。
だからわたしは、この子のまえでだけは、格好いい自分でいようと決めた。
文武両道、みんなにやさしく、でもちょっとお調子者。そんな自分。
――わたしと一緒にいると楽しい。
そう思ってほしくて、わたしはそういう自分を演じるようになった。
もっとありていに言えば、椿ちゃんにわたしを好きになってもらいたいから。
そのために、わたしは必死にがんばった。教養が求められたら勉強したし、社交性が必要なら身に付けた。
みんなは、わたしに「天才」っていうけれど、なにもわたしは最初からいろいろなことができたわけじゃない。それが必要だから、椿ちゃんにすこしでもわたしをよく見てもらいたいから、身に付けただけ。たまたま歌の才能があったから、そこを評価してもらうことはできたけれど……
それにしたところで、まったく努力をしなかったわけじゃない。わたしなりに、努力して手に入れたものだ。
そして、それはもう演技なんかじゃない。どの自分も、確かに〝わたし〟なんだ。
けどそれは、わたしが椿ちゃんに逢うまえからやっていたことと、本質的には変わらない。
理想の自分を作って、それにすこしでも近づくよう努力をして、相手に好意を持ってもらう。
現実を生きる人間も、物語を生きる登場人物のように、しっかり目的意識を持って生きるべき。
それは、わたしだけじゃない。みんなやっていることだ。ダリアちゃんや葵ちゃん、それにそう……きっと、椿ちゃんだって。あの子が髪を染めて、オシャレをしているのも、きっと理想の自分に近づくため。
〝この世は舞台。男も女も役者に過ぎない〟
本当、その通りだ。
この世界は大きな舞台。わたしたちは、みんな〝自分〟っていう役割を与えられて、必死にそれを演じ、お気に召すまま生きていく。
一つ気にかかるのは……
わたしは、ちゃんと演じられているのかな?
わたしがなりたいわたしを――
プログラムが終了すると、わたしたちはまた仕事に移る。
備品を整理したり、親御さんたちをお見送りしたり、会場の職員さんたちにご挨拶したり……
衣装をはじめとした、劇で使った備品を幼稚園に戻して、園長先生やほかの先生にもご挨拶をして、わたしたちは幼稚園を辞した。
生徒会の人たちは、わたし以外は全員おなじ寮に住んでいる。だから途中まで一緒に帰って、別れることになる。
寮の部屋でお茶でもと誘われたけど、それは遠慮しておいた。生徒会の人たちの付き合いも大事とは思うけれど、急な話だし……べつの機会にということで、今回は遠慮させてもらおう。
一度近くのベンチに座って、椿ちゃんに「いまから帰るね」とラインを送る。それから、寮に帰ることにした。
疲れたなあ……
周りにだれもいないことを確認して、わたしはちょっと肩から力を抜く。
腕時計で時間を確認すると、針は七時過ぎを指していた。せっかくの休日なのに、もう一日が終わりそう。後片付けなんかもやったからなあ。
まあ、いいんだけどね。わたしが幼稚園のとき、今回みたいに高校の生徒会の人たちがお手伝いに来てくれてたし。だからお手伝いはいいんだけど……
それはそれ、これはこれ。疲れたものは疲れた。
……椿ちゃん、どうしてるかなあ。お昼は外ですませるって言うから用意しなかったけれど、ちゃんと食べたかな。
そんなことを考えているうちに、寮についた。
「ただいまー」
「おっ、おかえり」
なんとなく言ってみたら、返事があった。
椿ちゃんはリビングにいたらしくて、玄関まで出てきてくれる。
「どうだった? その、生徒会……」
「ちゃんとできたよ。幼稚園の子たちも、いい子でかわいかったし」
ああ、なんか……すっごく安心する。椿ちゃんとお話ししていると、なんだが疲れもなくなるみたい。
ていうか、あれ? 椿ちゃん、なにかいつもと違うような……あ、分かった。
「椿ちゃん、パーマかけたんだね」
すると、椿ちゃんはちょっと照れた顔で髪を手櫛ですいた。
「うん。美容院行ってきたから、毛先にだけ。天然パーマって、やっぱりロングだと難しいから、いろいろ教えてもらってきた」
たしかに、髪型は大きく変わってる気がする。毛先のパーマもそうだけれど、前髪が長めになっていて、重みで癖が出にくいようにしているし。
「どう? ……変じゃない?」
「全然変じゃないよっ! すっごくかわいい。とってもよく似合ってる」
「そ、そう……」
照れてる照れてる。かわいい子だ。お金あげるからその顔撮らせてほしい。
「あ、ごめんね。すぐにご飯作るから、ちょっと待ってて」
いつまでも見てるわけにいかないし、そろそろいい時間だ。椿ちゃんもお腹空いてるだろうし、ご飯作らなきゃ。
「……あの、そのことなんだけど……」
椿ちゃんはか細い声でごにょごにょとなにかを言おうとしてる。
「? どうしたの?」
「あの……ちょっと、こっち来て」
プイと顔をそらした椿ちゃんは、そのままリビングに行ってしまう。だから、わたしはその後を追って……
あれ? 気づいた。
リビングに入った途端に、いい匂いがした。なんだろこれ……肉じゃが、かな?
「椿ちゃん、これ……」
恐る恐る訊いてみると、椿ちゃんは顔をそらしたまま、
「……うん。今日はその、私が作ってみた……」
ポツリと、か細い声でつぶやいた。
「一人でするのは初めてだから、あんまり上手にできなかったかもだけど……いちおう……」
その顔は真っ赤で、それだけじゃなくて耳も赤くて、それはたぶん照れているからで……
つまりだからおそらくしたがってぇえええええええええええええええええええええええっっ!!
「椿ちゃぁあああああああああああああああああああああああああああんっっ!!」
「きゃっ!?」
もう辛抱たまらん抱きしめちゃるっ! わしゃわしゃして匂い嗅いだる! と思ったら、
ひょい
避けられた。
それはもう軽やかに、ひょいっと、避けられた。
…………
……………………
「ひっ、ひどいよ椿ちゃん!」
「だって急に変なことするから……!」
椿ちゃんは顔をそらしたままで言う。けどこれ、アレだよね。照れてるとかじゃなくて、気まずさと、申し訳なさだよね。通称、罪悪感。
まあ、急に大声出したらだれでもビックリしちゃうよねごめんなさい。けれど……
「でもね、わたし、本当にうれしかったの。こんなことしてもらえるなんて、本当、夢みたい……」
「そんなの……こういうときのために練習してるんだから、当然でしょ?」
「そうだけど、それでも」
本当に、夢みたい。椿ちゃんがわたしのために準備してくれたんだって思うと、それだけで胸が温かくなる。本当に、ほんとーに……
うへへへへぇ……
おっといけない。なんか、とても人様にはお見せできない顔になっている気がして、慌てて気を引き締める。
でも……そっか。
椿ちゃん、本当に作ってくれたんだぁ……
こういうところだよなあ。こういうことしてくれるから、わたしもわたしでいようって、うぅん、いたいって、思えるんだ。
「ありがとう、椿ちゃん」
「……ん。どういたしまして」
一度は合わせてくれた視線を、椿ちゃんはまたそらしちゃった。けれどこれは……照れてる、んだよね?
そんなかわいらしい反応に、わたしは思わず笑ってしまう。
「なっ、なに……?」
「うぅん、なーんでも」
やっぱり、わたしは椿ちゃんが大好きだ。
この子を好きになって、本当によかった。心の底から、そう思える。
わたしがわたしでいられたら、椿ちゃんもそう思ってくれるのかな?
そう思ってほしいなあ……
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