第22話 夜空に咲く花のように
「
夏休みももう半分を過ぎた八月の中旬。
夕食を食べているとき、さくらが急にそんなことを言ってきた。コイツが急なのはいつものことだ。いまさら驚いたりしないけど……
「花火大会って?」
「うん。さっきポスト確かめたらね、これが入ってたんだ」
さくらが見せてきたのは、一枚のチラシだった。夜空に打ち上げられた花火がプリントされている。そこには花火大会をすることと、開催日なんかが書かれていた。
「来週の土曜日と日曜日にね、花火大会やるんだってさ。……っていうか、夏祭りかな? ね、行こうよ。明日から夏休みだし」
さっきは勢いよく訊いてきたくせに、今度は子供がおねだりするみたいな口調で訊いてくる。
どうせ、やだって言っても、いいよって言うまで食い下がるつもりに違いない。
一度言い出したら聞かないところがあるし。
でも……いっか。ちょっと、興味もあるし……
「じゃあ、行こっか」
「ほんとっ!?」
すると、さくらはうれしそうに笑った。
「ありがとう椿ぢゃぷっ!?」
さらに身を乗り出して私に抱き着こうとして来たので、頬を両手でペチンと挟んでやった。
…………
……さくらと一緒に、夏祭り、か……。
「ふん、
翌々日。私が改めて事情を説明すると、
でも、それは前半部分に対してだろう。
「それでわたくしを頼るとは! さすがは
御郭良さんは胸を張って高笑い。前も思ったけど、この人、接客中もこんないじゃないよね?
いつかと同じ、着物姿の御郭良さん。金色の髪と青い目の少女が着物を着ているのに、やっぱり違和感が少ない。まったくないわけではないけど、素直に「似合うな」と思う。
以前に一回来たことのある、御郭良さんの家が経営しているという、着物の専門店。土曜日の午後五時過ぎ、私はお店の奥の、客間にお邪魔していた。
さくらと夏祭りに行くことが決まった後、私は葵ちゃんにちょっと頼みごとをした。そこから御郭良さんにも話が伝わったらしい。
「よかったね、伊集院さん。さくらちゃんと夏祭りに行けて」
同じく着物を着た
「う、ん……。いいかどうかは分かんないけど……まあ」
私はお茶を一口飲んでから、ちょっと気恥しくなったので話を変える。
「葵ちゃんは行かないの? 御郭良さんと」
「うん。ボクたちは……」
「行くわけないでしょう!? わたくしたちにはこのお店がありますもの!」
葵ちゃんの言葉をかき消すように、御郭良さんは胸を張って言う。
「そ、そうなんだ……」
なんでいちいち元気なんだろうこの人。やっぱりちょっと苦手だ。
こんなとき、大抵は葵ちゃんがフォローしてくれるんだけど……
「伊集院さん、さくらちゃんの為にオシャレしたいんだね」
急にそんなことを言われたので、私はお茶を詰まらせてちょっとむせてしまった。
「ご、ごめんね伊集院さん! ビックリさせるつもりはなかったの! ほ、ほら、ゆっくり息して? 落ち着いたらお茶をゆっくり飲んでね?」
葵ちゃんが背中をさすって、その後でお茶を飲ませてくれる。……妙に手馴れてるな。御郭良さんを世話してきた賜物かな? ていうか……
「……べつに、さくらの為ってわけじゃないの」
何気なく言ったつもりだったのに、私の口調はちょっと言い訳っぽくなってしまった。
「ただ、その……せっかくのお祭りだし、誘ってくれたのにガッカリさせるのも……なんか、アレっていうか……ソレだから。ナニなだけ」
「意味が分かりませんわ」
察しの悪い人だ。みなまで言わせないでほしい。恥ずかしいから誤魔化してるんだこっちは。……なんて、ちょっと逆ギレ気味に考えてみる。
「さくらちゃんは浴衣着てくるだろうから、伊集院さんはそれに合わせたいんだよ」
「なんだ、そういうことですの」
そう……なんだけど……あれ? それも結局さくらの為になるような……?
「ご心配には及びませんわ伊集院さんっ!」
首をひねる私に、やはり胸を張る御郭良さん。
「このわたくしが、あなたに似合う浴衣を着つけて差し上げますっ! 万事お任せなさい! あなたは笹船に乗ったつもりでいればいいのですわ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」
「大船、だよ。ダリアちゃん」
うるさい。あと圧がすごい。それに言い間違い。
葵ちゃんはいつもこれを相手にしてるんだもんなあ。思わず尊敬しちゃう。でも……
今回ばかりは、この自信が、ちょっとだけ、頼もしい……かも?
「じゃあ椿ちゃん、わたし先に出るね」
「うん……」
時刻は午後一時。
花火大会は今日の午後五時から。なんだけど……さくらは一度実家に帰るらしい。浴衣を着つけてもらうんだって言ってたけど、そんなに時間がかかるのかな? だって、待ち合わせは四時半だ。
そう、待ち合わせ。
おなじ所に住んでいるのに、私たちは待ち合わせて向かうことにしていた。
私はといえば、御郭良さんに三時に店に来るよう言われている。浴衣の着付けは大体二十分から三十分で終わるらしい。でもそれは普通の話。わたくしにかかれば十分で着付けて御覧に入れますわ! おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!! ……らしい。
当日は「浴衣を着つけてほしい」という予約が何軒か入っているらしく、その間に私の着付けもしてくれるらしい。その話を聞いたとき、正直断ろうと思って、実際断ったんだけど、
気を遣っていただかなくて結構! こんなもの問題のうちにも入りません! それとも伊集院さん、あなた、わたくしの腕が信用できなくて!? と逆ギレ(?)された。
ホント元気な人だ。思い出すだけでちょっと疲れる。一人でため息をついちゃうけど、私の……友達のためにって、思ってくれてるんだよね……多分。
私は一人で昼食をすませた。ご飯自体はさくらが作っといてくれたんだけど……なんか、一人で食べるのは、ちょっと味気ないな。
……ていうか、考えたら、この寮に来て一人でご飯食べるのって、これが初めてかも。……あ、前にもあったか。さくらに急に用事ができて、朝から寮を出ていたとき。でもそれだけだ。それ以外はずっと一緒だったから。
後片付けをして、その後は本を読んだりスマホをいじったりして妙に落ち着かない時間を過ごす。そして――
気づけば、私は待ち合わせ場所にいた。
駅前……なんだけど、なんかいつもより人が多い気がする。それも、浴衣を着ている人が多い。多分、目的は私とおなじ。花火大会に行く、待ち合わせ。でも……
なんか、男女のカップルがほとんどだな。あとは男女のグループとか、男女それぞれのグループとか。女子二人組も、いないわけではないけれど……数は少ない。
あ、あれ……? 女子同士で行くのって、べつに変じゃないよね? ただお祭り行くだけだし。普通だよ、これくらい。大体、さくらと出かけるなんて、今回が初めてじゃ……
「椿ちゃんっ」
突然話しかけられて、私は思わず大きく体を震わせた。
「だ、大丈夫? 椿ちゃん」
そんな私に、心配そうな声がかけられた。
顔を上げると、そこにいたのは――
「あ……」
息が抜けるような、ちいさな声が出た。
さくらが、そこにいた。
薄いピンク色の生地にフジの花の刺繍が施してある浴衣を着ており、右手には巾着が握られていた。
いつもはストレートにしている髪を、いまはまとめてサイドテールにしている。
普段はほとんど化粧をしないさくらだけど、今日はバッチリしていた。アイブロウは平行に引かれていて、チークもしっかりと乗せている。でも決して濃いわけじゃない。なんというか……浴衣に合わせたメイクって感じだ。それに――
さくらの雰囲気は、いつもとはまったく違う。こいつはいつもいろんなものに対して「かわいい」って言うけど、いまのさくらは……
「きれい……」
私は無意識のうちにそう言ってしまっていた。そして、それが運の尽き。
「えっ?」
さくらはほんの一瞬呆けたような顔をして、それから……
「まあ! まあまあまあ!」
イタズラっぽい笑みを浮かべてきた。
「椿ちゃんが! 椿ちゃんがわたしにそんなこと言ってくれるなんて! いやあ、照れるなあ」
なんて言って、クネクネしてる。あ、いつものさくらだ。
「きれいって! 椿ちゃんがわたしにきれいって!」
「う、うるさいっ! きれいなんて言ってないし! 私はただ、その……食べたいって言ったの! カレイの煮つけが!」
「椿ちゃん、それはちょっとムリがあるよ」
さくらにツッコまれてしまった。これじゃいつもと立場が逆だ。
「でも……」
それから、なぜかさくらはちょっと顔を曇らせた。
「よかったあ、椿ちゃんが褒めてくれて。じつはね、ちょっとだけ不安だったの。変って言われたら、どうしようかなあって」
それから、また笑顔で言葉を続ける。
「だから、ありがとう。褒めてくれて」
「なにそれ」
チョロいやつ。
ていうか、私に褒められたことがそんなにうれしいのか? ってことは……今日の為に……わ、私の為に? 準備してくれたって、ことでいいの……かな……?
「……」
「えっ? なに?」
変に動揺してしまって、危うくさくらの言葉を聞き逃すところだった。
「だからね、椿ちゃんも似合ってるよ。その浴衣、もちろん髪型も。とってもかわいい」
「っ!」
まっすぐに目を見て言われたので、私は反射的に目をそらしてしまった。
いま私が着ているのは、白い生地にハルシャギクという花が刺繍された浴衣だ。御郭良さん曰く、牡丹柄が一番人気の浴衣らしい。が、一番人気だからと言ってうんたらかんたらとか言っていた。よく覚えてないけど、人気だからという理由では選びたくないらしい。正直それでいいんだけどなあ。
あと、いちおう私も化粧をしてる。ていうか、してくれた。御郭良さんが。浴衣に合った化粧を。
髪型はトップからサイドにかけて編み込んだ、ねじり編みというスタイル。こっちは葵ちゃんがやってくれた。
「椿ちゃんかわいい!」
なぜかさくらが繰り返してきた。
「椿ちゃんホントにかわいい!」
「ちょ、もうわかったから……っ!」
「かわいいかわいい!」
「うっさいばか!」
べしっ、と巾着でさくらを叩く。
いつもと違うと思ったら、やっぱりいつもと同じだった。まったく。
そんなにかわいいって連呼されたら、なんか特別感薄れちゃうじゃん……
「ありがとう、椿ちゃん」
「お礼ならもう言われたけど」
「そうじゃなくって」
さくらはちょっと困ったように笑った。
「髪飾り。今日もつけてくれてるんだね」
「っ!」
言われて、私はなぜが隠すように髪に触れた。
「……それは、さくらだってそうでしょ」
大人っぽい雰囲気の癖に、髪飾りだけはいつもと同じものをつけていた。
「まあね。なんだかつけてないと落ち着かなくって」
「私も……そんなところ」
誤魔化すように、さくらの言葉に乗せて同意した。
そういえば、合わないから外せって、御郭良さんに言われたんだっけ。でも……
どうしても外したくなくて、譲れなかったんだよなあ。
「さくらこそ、その……それ、つけてくれたんだね。口紅……」
普段はつけてないから、じつはあまり気に入ってないのかなとか、そんなことも考えちゃってたけど……
すると、さくらは自分の口元にそっと触れてはにかんだ。
「うん。特別な日にだけ使うことにしてるんだ。大切に使いたいから」
「そ、そう……」
ホントこいつは、こういうところがある。
でも、これで照れる私も大概チョロい。
花火大会が行われるのは、駅から徒歩十五分ほどの河原だ。
そこまでの道は通行止めにされ、出店が立ち並ぶ。私たちは今そこにいた。
……ていうか、人いっぱいいるなあ。
「椿ちゃん、大丈夫?」
「えっ? なにが?」
内心顔をしかめてると、急にさくらが訊いてきた。
「人込み、キライでしょ?」
たしかに、私は人混みがキライ……ていうか、苦手だ。だって、人の波に酔っちゃうから。それに……
自然と目につくのは、やっぱり男女のカップル。みんな手をつないだりなんかして笑いあっている。私はそこからフイと顔をそらした。
「得意な人いないでしょ」
なぜかぶっきらぼうに答えてしまって、ちょっと罪悪感を覚える。
でもさくらは、あははと笑ってから、そうかもねと言った。それから黙ったので、私たちの間には沈黙が下りてしまったけど、
「ねえ、椿ちゃん」
またさくらが口を開く。
「なに?」
自分から話しかけてきたくせに、さくらはすぐには答えなかった。あんまり静かなので、もしかしてはぐれてしまったのか、とさえ思ったけど、横を見るとさくらはちゃんといた。
「ちょっとお腹すいちゃった。ご飯食べようよ」
なんて、照れたみたいにさくらは言う。でも……気のせいかな? いまの、なにかを誤魔化したみたいな、そんな感じがする。
夕ご飯は屋台で買った焼きそばで済ませた。こういうところで食べるものは、なんだか不思議な味がする。
おいしいっていうのともちょっと違う、不思議な味。やっぱり環境のせいなのか、それとも……
食事を済ませた後、最初は適当に出店を見ていたけど、さくらは射的ゲームのまえで足を止めた。
「見て見て、椿ちゃん。あれ、かわいくない?」
さくらが指さしたのは、クマのキーホルダーだ。
「え? うーん、普通じゃない?」
かわいいことはかわいいけど、特別かわいいとは思わない。普通のキーホルダーだ。
「え~? そうかなあ……」
さくらはなんとも微妙な顔で首をひねって、屋台のおじさんにお金を渡して、モデルガンを受け取っていた。やる気らしい。
「あ、あれ? あれれ?」
しかし、さくらは一発もあてることができず、がっくりと肩を落としていた。
…………。
「つぎ、私やっていいですか?」
今度は私がモデルガンを受け取る。
「え、椿ちゃんもやるの?」
さくらが驚いたみたいに言った。まあ、私はあんまりこういうのやらないからな。
「うん。ちょっとだけね」
私はモデルガンを構える。ゆっくりと狙いを定めて……撃った。外れ。もう一度……また外れ。もう一回……
「あっ」
撃った瞬間、私は声を上げた。すでに手ごたえがあったから。私が撃った球は、見事に命中する。でも……
それはさくらが可愛いと言ったクマのキーホルダーではなくて、その横に置かれている写真立てだった。それはパタンと倒れる。
写真立てを受け取った私は、ちょっと迷ったけど、それをさくらに渡した。
「いいの?」
阿るように訊いてくるさくらに、私はコクリと頷く。
「ホントはキーホルダー取ろうと思ったんだけど……」
思ってたよりも難しい。ていうか、慣れないことするんじゃなかった。
いまになって恥ずかしくなってきたし。なんだか顔から火が出そう。なんで私はこんな真似をしてるんだ。祭りの空気にあてられたのかな。
ダメだ。なんかさくらの顔を見ることができない。いまどんな顔してるんだろう? ていうか、私こそどんな顔を……
「ありがとうっ!」
訳も分からない感情の波にのまれそうなところを、さくらの声に引き戻された。
見ると、さくらの顔には満開の花が咲いていた。
「すっごくうれしい。ホントにありがとう。大切にするね」
そう言うと、さくらは写真立てを両手で胸の前で抱きしめるようにする。それから、大事そうに
「そ、そう……」
ここまで言われると、なんかちょっと照れる。……ま、喜んでるならいっか。
「ね、じゃあさ、一緒に写真撮ろうよ」
「え、なんで?」
「これに入れて飾るから。ね、いいでしょ?」
どうしよ。写真、あんまり好きじゃないんだよね……
「……ダメ、かな?」
う。最後の最後になって、不安そうな顔になるさくら。
もう、そんな顔されたら、断れないじゃん。
私たちは、一度人の流れから外れて隅に移動する。それから、さくらはスマホを取り出して、レンズを私たちにむけて……
ぴとっ
くっついてきた。
ビックリして体が跳ねそうになるのをなんとか堪えて、でも心臓は急にバクバク言い出した。
ち……近いっ!
さくらの顔が、すぐ傍にある。頬が触れてしまいそうなくらい、すぐ傍に。
「じゃあ、撮るね」
さくらはいつもみたいに明るい口調。こっちはこんなにドキドキしてるっていうのに。
えぇと、どうしよう。せっかくの写真だし、笑ったほうがいいかな?
でも、自分の笑顔ってあんまり好きじゃないんだよね。ちょっと不格好な感じがするから。さくらとの写真でそんな顔になるのはイヤだし、かといって社交用の笑顔っていうのもイヤだ。うーん。
私は迷った挙句に……
「椿ちゃん、ピースしてくれたんだね」
「まあ、うん……なにもしないのもアレだから」
「あはは。かわいい。ね、見てみて」
なんて言いながら、さくらはスマホの画面を私に見せてくる。そこには、ちょっと照れたみたいな、困ったみたいな顔をした私が、ひかえめにピースしてる写真が映ってる。
「ちょっと、やめてよ」
「えーどうして? かわいいじゃん」
ほれほれと画面を見せてくるさくら。
「も、もうっ! 写真消す! スマホ貸してっ!」
「やーだっ」
手を伸ばすと、さくらは手を上げたり隠したりして抵抗する。そうこうしているうちに、
「もうパソコンに転送しちゃった」
くっ。なんて行動力だ。コイツはときどき驚くくらい俊敏な動きをする。
……まあ、いいけど。
それから、私たちはまた適当に屋台を見て回った。
途中でクラスメイトに会って話しかけられた。でも彼女たちは、私の隣にいるのがさくらだとは気づかなかったらしい。「伊集院さんのお姉さん?」と訊かれた。
ほかにも何人かのクラスメイトにあったけど、やっぱりみんなさくらだとは気づかなかった。それでなせか「お姉さん?」と訊かれた。
さくらは笑っていたけど……
なんでさくらだと気づかないんだろう? たしかに今のさくらは大人っぽいけど、一目見れば分かるのに。あの人たちは、普段さくらの何を見てるんだろう?
気づけば、人通りはさっきよりも増えている。多分、花火の時間が迫っているからだ。
「ねえ、椿ちゃん」
さっきとおなじように、さくらに名前を呼ばれた。でも今度は、すぐに言葉が紡がれる。
「手、つないでおかない?」
「へっ?」
あまりに予想外の言葉だったから、間抜けな声が出てしまった。
「だってさ、こんなに人がいるんじゃ、はぐれちゃうかもしれないじゃない? だから、つないでおこうよ」
さくらが手を差し出してくる。私はそれを見て、ちょっと視線をずらす。それから言う。
「……ん。そう、だね……はぐれちゃったら大変だし……じゃあ……」
控えめに手を出すと、さくらはその手を掴む。
私もゆっくりと、さくらの手を掴む。……うん。
「あのね、花火がよく見える穴場があるんだって。いっしょに行こう?」
さくらに手を引かれるようにして、私は歩きだす。けど……
なぜだかさくらの方を見ることができなかった。
そこについたとき、もう日は沈んで辺りは暗くなっていた。
連れてこられたのは、河原からはすこし離れた公園だった。
周りにはマンションのような、高い建物は見当たらない。たしかに、ここからならよく見えるかも。だって、夜空の星はこんなにもよく見える。
公園には私たち以外には誰もいなかった。みんなきっと、河原へ向かったんだろう。
「ここ、もともと知ってたの?」
「うぅん、調べたんだよ。椿ちゃんと二人で見たかったから」
「え……」
なにそれ。いったいどんな意味だろう? まさかと思うけど……
「だって椿ちゃん、人込み苦手でしょ? 人がたくさんいたら、花火に集中できないかと思って」
なんだ、そういうことか……
いやいや、なにをガッカリしてるんだ私は。
私は軽く頭を振って変な考えを霧散させる。それから、私たちはベンチに腰かけた。何気なく空を見上げる。一瞬、世界から音が消えたような気がした。そして――
大きな音を立てて、夜空に満開の花が咲いた。
でもそれは、たちまち儚く散っていく……
また花が咲いて散って、一度に何輪も咲いたかと思えば、やっぱり全部散ってしまう。
「なんか虚しいなあ」
さくらが言った。ひょっとして、おなじことを考えているんだろうか? そう思うと、すこしだけ胸が温かくなった。……ていうか、
「それが感想? 誘ったのさくらじゃん」
そう言うと、さくらはあははと笑った。
私たちは黙って花火を見上げた。……きれいだ。でも……うん、たしかに虚しい。
こうしていると、この広い世界に、二人きりになったように錯覚する。
そとの世界の音は遠くに聞こえて、まるで夢みたいだった。
だけどそれは、記憶から離れた夢ではなくて、まだすぐ傍で、目の前で、眩しいくらいに輝いている。
――ああ。
私は不意に気づいた。
私たちはきっと目を開けたまま、おなじ夢を観てるんだ。
そう思うと、私の体は驚くくらいに軽くなって、気づけば私は、さくらと一緒に空を飛んでいた。と――
つないだままでいる私の手に、ちょっと力が込められた。
驚いてさくらを見ると、私をまっすぐに見ている。まるでなにかに吸い寄せられているようで、私は目を離すことができなかった。
「ありがとね、椿ちゃん」
「なっ、なにが?」
「今日のこと。いっしょに来てくれて。わたし、いまとっても楽しいよ」
「べつに……二人で出かけるなんて、いまに始まったことじゃないでしょ……」
「そうだね。じゃあ、今までもありがとうだ」
そう言ってさくらは笑った。
……もう、なんでコイツはこう、恥ずかしげもなく……
私はプイと顔をそらして、また夜空を見た。
そこではまた、満開の花が咲いている。
――私たちは花火のようだ。
空へと昇り、刹那的に輝き、そして散り散りになって離れていく。
いつか私とさくらも、離れ離れになる日が来るんだろうか?
でも……もしそんな日が来るのだとしても、せめてその日が来るまでは……
私は花火のように消えることなく、輝いていよう。
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