第3話 さくらと買い物

 朝、シャワーを浴びてからリビングに入ると、さくらがテレビを見ていた。


 退屈そうな顔をしているように見えたけど、私に気づくと笑って挨拶をしてくれた。


「おはよう椿ちゃん」


「おはよ。なに見てるの?」


「なにってわけじゃないよ。適当に回してただけだから」


 見ると、テレビに映っているのは、休日の朝にやっているような、なんだかよく分からない番組だった。



 午前八時。いつもならもう寮を出ている時間だけど、休日ともなればゆっくりしてる。


 朝食を終えて後片付けを手伝って……でも私は、なんとなく部屋に戻る気にはなれずに、ソファーに座って読むでもなく雑誌に目を通していた。


「なに読んでるの?」


 ソファーを挟んで、さくらが私の両肩に手を置いて雑誌を覗き込んでくる。


「ファッション誌」


「欲しいお洋服でもあるの?」


「べつに。ただ見てるだけ」


 さくらは「そっか」と答えて、


 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……ね、立っていないで座ったら?」


 なんか、視線を感じる……気がする。気のせいかもだけど。気になるので言ってみると、さくらは「うーん」と唸ってから、


「うん、そうしようかな。ね、どうせなら映画でも見ようよ。撮り溜めてたやつがあるでしょ?」


 金曜日の夜なんかにやってたやつか。そういえば、撮るだけ撮って見てなかったっけ……



 私たちが見ることにしたのは、サスペンス映画だ。


 不動産会社に勤める女性がひょんなことから大金を手にして、悪魔のささやきに耳を貸してしまう。途中で上司に見られたり、保安官に怪しまれながらも街を脱出。あるモーテルに宿泊することになるけど、そこで事件に巻き込まれて……


「そういえばさ」


 画面から目を離さずに、さくらが言った。


「なに?」


 カーテンを閉めて、電気を消して、二人並んでソファーに座って。


 私も、画面から目を離さずに答えた。


「この映画って2もあるみたいだけど、見たことあるの?」


「うぅん、見てない。私のなかじゃ、これだけできれいに完結してるし。2は監督も違う人みたいだし」


 自分から訊いたくせに、さくらは「ふーん」と気のない返事。また映画に意識を戻した。


 それからすこしして、


「でもさー、椿ちゃんって、ちょっと変わってるよね。これ、高校生の女の子が見るような映画じゃないと思うなあ。面白いとは思うけどね、シャワーシーンなんかは有名だし」


「いいでしょべつに。人の趣味にケチつけないでよ」


「そんなつもりはないんだけれど……」


 また、それからすこしして、


「あのさ」


「もう、うるさい。上映中はお静かに」


「はあい」



 なんて会話をしている間に、あっという間に映画も見終わってしまった。


 時計を見ると、十一時過ぎ。どうしよう、映画、もう一個見れるかな。さくらに言ってみると、なぜか渋い顔をされた。


「映画もいいけどさ、どうせならお出かけしない?」


「えー……行きたいところがあるの?」


「うぅん、べつに。ただ椿ちゃんとお出かけしたいだけ。ウィンドウショッピングしようよ」


 そこまで言ってから、さくらはちょっと眉をハの字にした。


「ダメかな? 椿ちゃんて、人込みとかキライだもんね……」


「キライっていうか、苦手なだけなんだけど……」


 どうしよう。今日は、一日ゆっくりだらだらしようと思ってたんだけどな。


 でも、たしかに、せっかくの休日にずっと引きこもって映画っていうのも、ちょっともったいないかも。天気が悪いならともかく、今日はいい天気だし。ていうか……


 さくら、私と一緒に出かけたいんだ……そっか、そうなんだ……


「まあ、いいけど……」


「ほんとっ? よかったあ」


 私のぶっきらぼうな答えにも、さくらはうれしそうだった。


 こんなことなら、気の利いた返しをすればよかったかも。



 まあ、それが簡単にできれば、苦労はしないんだけど……




 そうして二人で寮を出たときには、午後の十二時をすこし回っていた。


 四月も下旬になって、もうすっかり温かくなった。いまが一年で一番過ごしやすい時期だと思う。


 さくらが着ているのは、水色のトップスに白のレースのロングスカート。いつものように薄く化粧をしただけだけど、いつものようにビックリするほどキレイだ。簡単な服装も、しっかり着こなしているし。


「なんか、ちょっと意外だなー」


 さくらがいきなりそんなことを言った。


「椿ちゃん、いつもはスカートばっかり穿いてるのに、今日は違うから」


「あー……」


 私は肩が露出した、長袖のニットのトップスに、ダメージ加工のショートパンツを合わせた格好。たしかに、普段はあんまりしない恰好かも。


「どして?」


「べつに意味なんて……服なんてその日の気分じゃん」


「まあそうだけどさ」


「え、もしかして変? 似合ってないかな?」


 急に不安になってきた。自然と、手がトップスやショートパンツの裾に伸びていじってしまう。


 すると、さくらは焦ったように言ってくる。


「ごめんごめん、そういうわけじゃないの。とっても似合ってるし、かわいいよ」


「そっ、そう……」


 そうハッキリ言われると、それはそれで照れる。


「さくらも、その……」


 その服、似合ってるよ。


 なんて続けようとしたけど、私の言葉はそこまで続かなかった。


 さくらは返事もしなかったし、多分私の言葉自体聞こえていなかったんだと思う。




 私たちの寮から十分くらい歩くと、その場所はある。


 複数の小売店舗や飲食店が入居する商業施設、ショッピングモールだ。


 休日のお昼過ぎだからか、人がたくさんいる。それを見た私は、思わずちいさく声を漏らしてしまった。


「どうしたの? ……やっぱり人がたくさんいるところはイヤ?」


「うぅん、べつに。せっかくここまで来たんだし……ねえ、まずはどこ行く?」


「わたしはどこでもいいよ。椿ちゃんもなければ、目についたお店に入ってみよう?」


 無計画なやつ。自分から誘ったくせに。


 まあ、それもいっか。ウィンドウショッピングって、そういうものだしね。



 家具店に入って、適当にインテリアや小物を見て回る。


 最近は安い値段でオシャレな家具が売られているみたいで、見ているだけでも結構楽しい。


 なかでも、テラリウムっていう小物雑貨に目を引かれた。ガラスの陽気に植物を入れて栽培するもので、オシャレだし、目を楽しませてくれるインテリアだった。


 うーん、どうしよう……? まあ、このくらいなら普通だよね。


 私はさくらに「ちょっと待ってて」と断って小用をすませて、それから一緒に店を出た。



 つぎは本屋に行った。といっても、私が興味のある本といえば推理小説くらいだ。それも最近は海外のばっかり。でも、私の興味を引く本は特にはない。


 あとはファッション誌くらい。といっても、毎月買ってるやつは、もう買っちゃったんだよね……いつもは買わないやつを適当にパラパラめくって、さくらと好き勝手に感想を言う。


 申し訳程度に参考書も手に取って……それから本屋を出た。



 ファッション誌を見たからか、私たちの足は自然とアパレル店へとむいた。


 春服の新作もたくさん売っているけど、冬物のセールもやってるみたいで、ほかの店とおなじように店内は賑わっていた。


「ねえねえ、椿ちゃん」


「なに?」


「椿ちゃんていつもオシャレだけど、最近流行ってるメイクとか服装にはしないの?」


「え? あー……」


 そういえば、白鳥峰にもいるっけ。そういうメイクしてる人。


「私、アレあんまり好きじゃないんだよね。なんでって訊かれると、困るんだけど……」


「そっか。似合うと思うけどなあ」


 なんてさくらは言ってくれるけど、コイツ、私がなに着ても褒めるからな。ていうか、


「さくらもそういうの知ってるんだ。興味ないのかと思ってた」


「あるってわけじゃないんだけどね」


 さくらはすこし苦笑して、それから今度はいたずらっぽい笑顔で「極めて初歩的なことだよ」と言った。


「学園の子たちもおなじようなメイクしてるから、流行ってるのかなあってね。それに種明かしをするとね、今朝、寮で椿ちゃんが読んでた雑誌に書いてあったから」


 そういうことか。


「さくらこそどうなの? やらないの?」


「お化粧ってスッピンであることを基準にするものだと思うし、濃いのはわたしには合わないと思うから」


 それはたしかに。さくらは薄いナチュラルメイクのほうが似合うだろうし、なんならスッピンでも問題ないだろう。キレイだし。


 そんなことを考えていたからかもしれない。


「さくらはもっと大人な感じっていうか、コンサバ系が似合うもんね。いまもそうだし」


 なんてことを、口に出してしまったのは。


 言ってから「あっ」と思ったけど、もう遅い。さくらはニマっと笑って、


「え~そうかな~。いやあ、椿ちゃんがそんなこと言ってくれるなんて、照れちゃうなあ」


「べつに……こんなのただの感想でしょ? いちいち突っかかんないで」


「もう、そんなことしてないよ」


 さくらはなぜか呆れたような口調だった。


「単純にうれしいの。だって、椿ちゃんが褒めてくれることなんて滅多にないし」


「それは……だって、褒めるとすぐ調子に乗るじゃん。いまみたいに」


 それに、なんか照れるし。


 さくらは、どうして簡単に褒められるんだろう? なんて考えちゃったけど、そういえば、私も昔は……といっても幼稚園のときだけど。そのときは普通に言えてたんだよね。


 いつからだろう? こんなふうに、素直になれなくなったのは……


「ねえ、椿ちゃん。わたしのお洋服、コーデしてくれない?」


「えっ、私が?」


「うん。椿ちゃんの思うように、選んでほしいの。わたしの椿ちゃんのお洋服選ぶから。ね、いいでしょ?」


「……選んでくれても、私買わないよ? 今月のお小遣い、もうほとんど残ってないし」


 家はお金持ちだけど、お小遣いはそれほど多くもらっているわけじゃないから。


「分かってるよ。ウィンドウショッピングなんだから。機会があったら、買いに来よう?」


 言いながらも、さくらはなんだかうれしそうだった。


 そんなふうにされたら、とてもイヤとは言えない。それに、べつにイヤではないし。でも……


「まあ、いいけど」


 私の口から出てきたのは、いつもとおなじぶっきらぼうな言葉。


 それでも、さくらはうれしそうな笑顔のままだった。……変なやつ。




 そんなことをしている間に、時間はあっという間に経った。


 外を見れば、もう真っ暗になっていた。もう帰ろうかとも話したんだけど、私がたまには外食したいというと、夕食はカフェでとることになった。


「思ったよりも時間経ってたね」


 店内にかけられた時計を見ると、午後七時過ぎ。だからお店も賑わっている……と思ったんだけど、思ったほどでもなかった。ファミレスも何店か入っているみたいだし、そっちに客足が流れてるのかな。


 ここは家族で夕食をって店でもないみたいだから、客足もそこそこ。落ち着いて過ごせそうだった。


「ま、映画見てたからね」


 お互いに全身のコーデをして、アクセサリーや靴、バッグなんかも合わせて……


 いろいろ店を回っているうちに映画館を見つけて、最近話題の映画をやっていたから二人で見た。見たんだけど……



「なんかな。あれ、私はあんまり楽しめなかったかも」


「あはは。そうみたいだね。椿ちゃん、真顔だったもん」


「えっ? 私そんな顔してた?」


「してたしてた。ていうか、興味ないときの椿ちゃんて、いつもそんな感じだし」


「……しょうがないでしょ? てか、映画見てよ。私じゃなくて」


「見たよ。わたしもあんまりだったなあ。つまんないとまでは言わないけれどね。なんか、物足りない感じ」


「分かるかも。じつは、って展開がなかったんだよね。予想どおりにストーリーがすすんで予想どおりに終わった感じ。下手に奇をてらうよりはいいのかもだけどさ」


「うんうん。わたしもそんな感じ」



 さくらと感想を言い合っていると、注文した品が運ばれてきた。


 さくらはナポリタンとコーヒー。私はパンケーキとコーヒーだ。一口サイズに切って、生クリームをつけて、食べてみる。


 ……うん、おいしい。けど、なにか違和感が……? なんだろうと考えて、でもすぐに分かった。


「椿ちゃん、どうかした? なにか考え事?」


 すると、さくらが不思議そうな顔で訊いてくる。


「べつに。ただ、さくら以外の人が作った料理、ひさしぶりに食べた気がするなって思って」


 このあいだ葵ちゃんが作ったのを一口だけ貰ったけど。あれはちょっと今回とは違う感じするし。


 考えてみれば、いまの生活が始まってから、私はさくらに世話になりっぱなしだ。さくらは「そういえばそうだね」なんて笑っているけど。


 私は、ふと、ちいさめのショルダーバッグに視線を移す。どうしよう、タイミングを見計らってたら、こんな時間になっちゃった……


「椿ちゃん? どうかしたの?」


 気づけば、またさくらが不思議そうな顔で訊いてくる。


「あー、えっと……」


 いや、べつに迷うことないよね。変なことしようとしてるわけじゃないんだから、うん。


「これ、あげる」


 心の中でさんざん言い訳をしてから、私はバッグからちいさな紙袋を取り出して、それをさくらに突き付けた。でも、


「え?」


 さくらはなんかキョトンとした顔。


「だっ、だから……プレゼント……」


「え?」


 また訊き返されたし。ああ、もうっ!


「だからっ! プレゼント! あげるって言ってるの!」


「……ゑ?」


「ちょっと! いい加減にして!」


「ご、ごめんねっ? ちょっとビックリしちゃって……椿ちゃんがわたしにプレゼントくれるなんて、初めてでしょ? だから……えへへ、そっかあ……」


 謝っていたと思えば、さくらは急にへらへらしだした。


「……やっぱりあげない」

「えぇっ!? なんでなんで!?」


「だって、なんか変な反応するから」


 そのせいで、なんか恥ずかしくなってきたし。


「ごめんごめん、からかってるわけじゃないの。謝るから許してよ。ね?」


 ちょっと困ったような、申し訳なさそうな顔で言われて、私はちいさく息を吐くしかなかった。


「……いいけど。……じゃあ、はい」


 一度引っ込めた手を伸ばして、小袋をさくらに渡す。


「ありがとう。開けてもいい?」


 無言でうなづいてみせると、、さくらは妙に慎重な手つきで封を解いて、中に入っているものをゆっくりと取り出した。


 それは、キーホルダーだ。ちいさな、猫のキーホルダー。


「……その、大したものじゃないよ。さっきも言ったけど、私、今月のお小遣いほとんど残ってないから」


 緊張からか、それともべつの感情からか、私の口からは言い訳ばかり零れてくる。


 急に不安になってきて、さくらをまっすぐに見れなくなった。それでも、なんとか視界の端で見ると、


「かわいいね。ちょっと不貞腐れてる感じが、椿ちゃんに似てるかも」


 どういう意味だ。


 でも……よかった。喜んでくれたみたい。


「でも、本当にどうしたの? 急にプレゼントだなんて……」


「べつに。深い意味なんてない。ただ……最近世話になりっぱなしだから、その……それで」


「そんなの気にしなくていいのに」


 さくらはまた笑った。でもそれはさっきとは違う、苦笑って感じ。



 正直、渡すまではかなり緊張してたんだけど……


 もう一度さくらを見る。今度はちゃんと、まっすぐに。


 そこでは、やっぱりさくらは笑っていた。うれしそうに……多分。


 つられて、私もちょっとだけ笑ってしまった。さっきまで緊張していたのがウソみたいに。


 いざ渡してしまえば、べつになんてことなかったかも。こんなに喜んでくれるなら、もっとべつのものを買えばよかった。でも、いまお金ないしなあ……



「ありがとう、椿ちゃん。大切にするね」

「ん。そうして」


 まあいっか。本人は満足してるんだから。


 最初は出かけるのが面倒だと思っていたけど……うん、出かけてよかった。



 たまには、こういうのも悪くないかも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る