第4号車 fantastic nebulas

 ファンタジー小説の世界みたいだ。ファイは列車の窓の外を見つめて一息をつく。

 夜空と言うと白銀が覆い尽くしていたり、月が輝いていたり、流れ星が空をよぎったりするものだと思うのだが、ファイが見上げる空はそのどれとも違う。たくさんの色で溢れているのだ。もちろん、星は輝いているが、その星の周りには雲のようなもやもやとしたもの、星雲が星々を囲んでいる。それが赤や緑、紫、青、黄色と様々な色の雲が水をたっぷりと含んだ水彩画のように広がっているのだ。その雲が馬の頭のような形をしていたり、翼のような形をしていたりと様々だ。このような空を実際に見たことがない。

 色の多い夜空。その夜空の様子が作業台に広げられた色とりどりの布を広げた光景と重なる。今まさに自分の身を包む服もパッチワークを思わせる様々な色の布を繋ぎ合わせたシャツに白のパンツだ。今の夜空とどことなく似ている。

 扉をノックされると意識を引き戻される。それに返事をすると、失礼します、と紺色の制服に身を包んだ男が姿を現す。帽子を脱ぎ、一礼した車掌はにこやかな笑みを浮かべつつ、ファイの方に歩み寄る。


「こんばんは、ファイ様」


「どうも、こんばんは。あなたが車掌さん?」


「はい」


「ふーん……」


 ファイは車掌の頭から足もとまでじろじろと見つめる。紺色を基調とし、ところどころに鈍い銀の糸が使われた制服だ。車掌の髪と瞳を含め、夜空を思わせる姿だ。帽子の星を模した飾りが灯を弾いてキラキラと光っている。彼の装いの方がファイの知る夜空に近い。

 だが。ファイは眉をひそめる。


「……地味な制服だねえ」


「え……」


 夜空色の瞳が驚きの色を浮かべる。


「もっと銀色をあしらった方が私好みだ」


「そうですか?」


 車掌は身にまとう制服をしげしげと見つめる。車掌自身、この制服を気に入っている。とくに胸ポケットの星と列車の刺繍を気に入っている。緻密に縫われた両者は繊細だ。

 テーブルに頬杖をついたファイはじっと車掌を見つめる。オーダーメイドであろう制服は車掌の体格にぴったりと合っているが、その割に地味なのだ。銀色の糸をもっとふんだんに使ってもいいと思う。ファイがこの制服をリメイクするのであれば、銀色をもっとあしらいたくなる。着る人間が若者なのだから、白に近い明るい銀色を使いたい。全体的にもう少し明るい雰囲気にしたくなる。いっそのこと、銀よりも白い糸を使った方がぱっと明るくなっていいと思うぐらいだ。

 ファイは頭の中でデザインを考えていくも、眼鏡の奥の目を細める。車掌の白銀の髪がキラキラと星のように輝いている。瞳の中の星もまた美しい。


「だけど、車掌の髪色と目の色を見れば、これぐらいがちょうどいいのかもね」


 制服単体で見ると銀色が少ないと思うが、車掌の白銀の髪が加わることを考えるとこれぐらいでバランスがいいのかもしれない。車掌の白銀の髪には目を惹かれるものだ。その白銀の髪と鈍い銀色の糸がバランスがよく、締まって見えるのかもしれない。


「で、何だっけ?」


 ケロッと言いのけるファイに車掌は仕事の内容を思い出す。


「切符を」


 車掌が訪れた理由は切符の確認と乗客とのコミュニケーションだ。


「ああ、切符ね。はい」


 ファイは車掌に切符を差し出す。そう言えば、この列車の切符も車掌の制服と同じ色使いだ。深い夜空の紺色の紙に白銀の文字。星々が輝く夜空を模した切符は車掌の装いと同じだ。

 車掌は切符を受け取ると穴を開け、ファイに返す。


「ありがとうございます」


「こちらこそ、ありがとう……って」


 ファイは車掌の左手に視線がいく。袖口の銀のボタンのひとつが取れかかっている。


「ボタン、取れそうだ」


「え? あ、本当ですね」


 車掌は袖口の銀のボタンを見つめる。星の意匠が施されたボタンがみっつ並んでいる内、一番袖口に近いものがプラプラと揺れている。先ほど、カルミアと踊った後にテーブルに引っかけてしまったかもしれない。


「貸しな。直してあげる」


「そんな、お客様にお願いするなんて……」


 車掌は首を横に振る。乗客の手を煩わせるわけにはいかない。が、ファイは貸しな、と譲らない。


「私はこれでも服を作る人間だ。そんなに時間は取らないし、綺麗にできるよ」


「ですが……」


「自分で脱ぐか脱がされるか、どちらがいい?」


 断らせるつもりはない、とファイの瞳が車掌を睨みつける。細長い瞳をさらにつり上げたファイに車掌は夜空色の瞳をさまよわせると渋々と上着のボタンを外す。


「よろしい」


 ファイはにこりと笑う。子どもを褒めるかのような優しい声音だ。

 車掌は脱いだ上着をファイに渡す。


「お願いします、ファイ様」


「私が勝手にやるって言ったんだ。そんなに縮こまるな」


 ベスト姿の車掌は申し訳なさそうにもう一度、お願いします、と言う。

 ファイはさっそくテーブルの上のハサミを手に取る。手持ち無沙汰なこの時間に裁縫でもしたいと思っていたら出てきた裁縫セットだ。人の気配もなければ、テーブルの天板がぱかっと開いたわけでもない。どこからともなく現れた裁縫セットは魔法で出てきたとしか思えない。ありえないはずなのに、ファイにはそれ以外の説明のしようがないのだ。

 見たところ、普通の裁縫セット。否、ひどく馴染みのある箱だった。


「これ、勝手に出てきたけど、使ってよかった?」


「はい。ファイ様にとって素敵な夜をお過ごしいただけるように用意したものですから、お好きなように使ってください」


「気味が悪いけどね」


 音もなく現れた裁縫セットは自分が使い慣れたものだ。どうしてこれがここに、と疑問に思ったが、見知ったものがあるというだけで何となく安心できるのだ。木でできた箱の滑らかな触り心地に安堵した。

 ファイは眼鏡をかけ直し、慣れた手つきで取れかかったボタンを外す。鈍い銀色のボタンには星が刻まれている。ぱっと見てわからないようなところにも夜空を思わせる意匠が施されている制服だ。夜想列車の車掌として相応しいようにと作られたのかもしれない。

 銀色のボタンをテーブルに置き、糸を探す。先ほどまでなかった場所に黒の糸が現れる。こちらの思考を盗み見られている気分だ。糸を手に取り、適当な長さに切ると針に通す。


「ふーん……。結構いいもの着てるじゃないか」


 ファイはボタンを縫いつけていく。触れた制服の生地は滑らかで着心地のいいものだ。それでいて動きやすいだろう。


「ありがとうございます」


「そこに立ってないで、座りなよ」


 と言うか座れ、とファイが言うと車掌は対面の席に腰を下ろす。車掌の目は子犬のようで、ファイには逆らえないといった様子だ。

 針がすいすいとボタンを縫いつける。あっという間に縫い終えたファイは糸の始末をする。


「早いですね」


「まあね。他にも取れそうなところがあるし、直してあげる」


「ありがとうございます、ファイ様」


「いいよ」


 それぞれの袖口にボタンがみっつ並ぶ。星が刻まれたボタンの並びは三ツ星を連想させる。


「車掌さん、ボタンつけるのは自分でやってるの?」


「はい。その、下手ですか?」


「下手ではないさ。丁寧に縫われてる」


 ファイは袖口のボタンを見る。それほどしっかり見られるようなことはないと思うが、綺麗につけられていると思う。あまり視線のいかないところも丁寧に縫われていて、車掌の真面目さが窺える。

 ファイは今縫いつけた袖口のボタンの隣のボタンの糸を取ると同じように縫いつけていく。


「自分で縫うなんて偉いじゃないか」


「自分の物ですから」


「偉いね、あんた」


 ファイは手を止め、車掌を見つめる。物腰が柔らかそうな顔立ちをしている。低すぎないその声音も穏やかで大人しい。

 ファイの目がキラッと光る。


「車掌さんさ、モテるでしょ?」


「いいえ、そんな」


「本当?」


 まだ車掌の人となりが全てわかったわけではないが、人に好かれるタイプの人間に見える。車掌という職業柄、様々な人間と接する機会が多いだろう。老若男女問わず、好かれやすそうな感じだ。誰に対しても穏やかで優しい、怒りという感情とは無縁そうな顔をしている。車掌のような怒りとは縁のなさそうな人間が怒ったときの迫力は底知れない。


「恋人の一人や二人、いるでしょう?」


「恋人が二人もいるのは問題では……」


 車掌の眉が下がる。それは浮気だ。


「そうね。真面目だね、あんた」


「相手側に悪いですから」


「その相手ももしかしたら他に恋人がいるかもしれないよ」


「そうかもしれませんが、やはり相手に失礼ですし……。それに」


 車掌は夜空色の瞳をファイから逸らす。白銀の髪のせいか、赤くなった頬が目立つ。


「おや?」


 ファイは針を針山に刺す。ファイの視線を遮るように紺色の帽子を目深に被る車掌だが、髪から覗く耳は真っ赤だ。


「おやおや?」


 ファイはニヤニヤと笑う。


「もしかして、相手でも?」


「……」


 車掌は何も言わないが、耳がさらに赤くなる。

 わかりやすい。二十半ばほどの青年のその反応はおもしろいほどわかりやすく、からかいがいがありそうだ。


「悪かったね、失礼なこと訊いて」


「……いえ」


 車掌はちらりとファイを見やる。ニヤニヤと楽しそうに笑う彼女の視線から逃れるように帽子をさらに目深に被る。


「どんな子?」


「深堀りします?」


「うん」


 ファイは針を手に取り、作業を再開する。星が刻まれたボタンが鈍く輝いている。


「若い子のそういう話が好きでね」


「……」


「どうよ?」


「……叶わぬ片思いですよ」


 車掌は深く息をついて呼吸を整える。翻弄されるなと自分に言い聞かせるようにゆっくりと呼吸する。身体中が熱い。


「へー……。まあ、そうか」


 ファイは手を動かし続ける。これ以上は訊くに訊けない。この列車に乗っているのだから、叶わぬ恋なのだろう。

 人間らしい男だ。列車に乗るまで、色々な職員や関係者を見てきた。その中で一番、人間らしい振る舞いをするのがこの男だ。他の職員は淡々としていて機械的。事務的な口調で応対する者ばかりだった。


「悪かったね。ごめん」


「いいえ。大丈夫です」


 車掌は小さな声で答えると、帽子を脱ぐ。白銀の髪が揺れ、現れた顔はどことなく寂しそうで、だが、愛しい人を思い出しているのか懐かしそうでもある。


「ファイ様は旦那様がいらっしゃいますよね」


「まあね。先立たれたけど」


 ファイは旦那の顔を思い浮かべる。厳つい顔が思い出される。


「旦那様はどのような方でしたか?」


「頑固だけど、褒めるときは褒める人だった」


 頑固な人だった。ファイ自身も頑固だと思うが、旦那の方が頑固でこだわりの強い人だった。だから、ファイに服を作ってほしいと頼むときはファイが勧めるものよりもこちらがいいと言って聞かなかった。生地から形からボタンまで、細かいところまでこだわりにこだわる人でファイも振り回された。旦那のこだわりの強さが原因で喧嘩をすることも多かった。服一着作るのに最低でも二回、三回は喧嘩をするぐらいだった。

 それでも、旦那は出来上がった服を着て、一番にその姿をファイに見せるのだった。満足した様子で、今回も上出来だ、お前の腕がいいからだな、今度も頼むぞ、など、毎回律儀に褒めてくれた。喧嘩したことを忘れたかのように言う旦那にファイはまったくと呆れながらも、心の内で嬉しく思っていた。彼に似合うようにと作り、彼が褒めてくれる。実際に服が似合っているともなれば、ファイとしても作ってよかったと次の励みにもなった。


「ボタンは自分でつけるのかって話したでしょう? 旦那は頑として自分でつけようとしない男だったから、車掌が自分でつけると聞いて感心した」


 自分でもできるでしょうが、とファイの言葉を無視して押しつける男だった。お前がやった方が綺麗にできる、と言われたが単純に自分でやりたくないからだろうと旦那の態度からいつも思っていた。旦那に対する不満のひとつだ。


「結構多いんだよ。客の中にも縫ってくれって。自分で縫えばいいじゃないかと言っても女房がやってくれないだの、できないだのって持ってくる客。まあ、お金もらえるだけマシだったね」


 こんなことで金をとるのか、と言う者もいた。少額だったのだが、ぼったくりだの、金にがめついだの、言われることもあった。

 それならそのまま、ボタンが外れたまま過ごせばいい。ファイはそう吐き捨てたこともあった。ボタンが外れたまま過ごし、周りからだらしないと思われてしまえと思うこともしばしばあった。

 ボタンつけこんなこともできない器の小さい男に構っている時間があるのなら、他の仕事を進めた方がいいに決まっている。


「そうでしたか」


「て、思うと、あんたは立派だよ。家庭を持ってもちゃんと家事をしてくれそう」


「立派と言われても……。家のことですし、相手にだけ任せるなんてできません」


「はい、そのとおり」


 ファイは針を置いて拍手を送る。


「旦那に爪の垢を煎じて飲ませたかった」


 ファイの旦那はあまり家事をしない人間だった。言えばやるが、自分からやることは滅多にない。子どもが生まれたときですら、ほとんどなかった。子どもの世話を頼んでも役に立たないこともしばしばあった。子どもを見ていて、と言っても本当に見ているだけで泣き出した子どもを連れてきては任せたと言って去って行く。そういう意味ではないのだ、と何度思い、旦那に言ったことか。ファイが言う子どもを見ていてほしいは危ないことをしないかとか、一緒に遊んでやってほしいとかであって、ただただじっと見ていろと言うわけではない、と何度も言ったが、その度にお前が見ろと反省の色を見せない男だった。一度、そんな夫に嫌気がさして子どもを連れて実家に戻ったときは頭を下げて帰って来てほしいと言われた。その日以来、多少はまともになったが、言えばやる程度だった。進歩としては、わからないことは訊くようになったぐらいか。

 ファイは作業を再開させる。と言っても糸の始末だけだ。ハサミで糸を切り、制服を広げる。華奢に見えた車掌だが、意外と背があるようだ。オーダーメイドの制服をじっくりと見つめる。


「思ったよりも背はあるし、肉がついてるんだね。ひょろひょろに見えたわ」


「そうでしょうか……」


「髪色のせいかもしれないけど、弱々しく見えるんだよね」


 綺麗な髪色ではある。星の輝きを紡いだ糸のような髪色なのだが、老人の白髪に見えてしまわないでもない。


「はい、できたよ」


 ファイは制服を軽く畳んで車掌に返す。


「ありがとうございます、ファイ様」


 車掌は深く頭を下げて制服を受け取る。つけ直されたボタンはしっかりと縫いつけられ、三ツ星が欠けることはしばらくないだろう。

 紺色の制服に袖を通した車掌はほっと一息つくと、空を見上げる。一号車から三号車の客室で見たどの空よりもカラフルだ。星雲の多いその空はファンタジーな世界の空を思わせる。宇宙の彼方の空にも見える。


「不思議な空ね。今日の夜空はこんななの?」


「いいえ。客室によって見える空は違いますから、この夜空はファイ様が思う夜空なのです」


「うーん……。こんなカラフルな夜空、想像しないけど」


 ファイは改めて空を見上げる。何度見ても不思議な空だ。これほどまでに色とりどりの空を見たことがない。所々滲みがある空は水彩画のようだ。


「……あー、でも、夜空って単純だよなって思ったことはあるかも」


「と、言いますと?」


 車掌が尋ねるとファイは車掌を一瞥する。白銀の色を宿す紺の瞳がこちらを見つめている。

 ファイは頬杖をつくとファイ自身が思う夜空をイメージする。


「夜空ってさ、車掌の瞳みたいな感じが一般的じゃない?」


 暗闇に白銀に輝く星が散りばめられている。星によって色が違うのは重々承知だが、イメージする星の色は青白いものや銀が多い。夜に輝くのは星だけではなく、月もある。月は金や白とこちらも色が違うこともある。

 星が多く輝く空は群青色。車掌の瞳は白銀の星々が輝く紺色の瞳。それはそれで美しい光景だ。

 しかし、ファイはそのような空を見ると何となく物足りなく思う。


「何だか、色が少なくて寂しいなって思ったことはある」


 美しいと思う。宝石が並び、キラキラと輝いているその様は綺麗だと思う。それでも、単調で物足りないと思ってしまうのだ。

 宇宙について書かれた本によると、この宇宙はもっと色があふれていそうということがわかっているらしい。それこそ、今の空のような宇宙が広がっているかもしれない。星雲がはっきりと見えるこの夜空はカラフルで心のどこかで見たいと思ったファイの気持ちの表れなのかもしれない。

 それにしては色が溢れすぎているように見える。単調だからと言って何でもかんでも混ぜていいわけではないと思うのだ。だが、不思議と色同士が喧嘩をしていないのは上手く調和しているからなのか。

 ファイは小さく息をつくと車掌に向き直る。


「今までにあんな空、見たことある?」


「はい、もちろん。それこそ、星をペンキや絵の具で塗りつぶしてしまったような夜空を見たことがあります」


「何だい、それ。じゃあ、この空よりもド派手じゃないか?」


「ええ。客室に入って驚きました」


 以前見たあの夜空は思わず言葉を失ってしまうほど、はっきりとした色の夜空だった。今目の前に広がる空が水彩画のようであるならば、以前見た派手な空は油絵のような空だった。色が溢れた夜空と言っても、ファイが想うこの夜空は透明感があるのだ。だから、重なる色の下から力強く瞬く星が見える。


「色々な空を見てきたのかい?」


「はい。良くも悪くも」


 どれもこれも美しい景色ではないのだ。多くは目を奪われるほどの美しい空だったり、予想外に何かに突出した空だったりする。しかし、誰も彼もが想う夜は美しいとは限らないのだ。


「そうだろうね。じゃあ、私が想うこの夜空についてどう思う?」


「そうですね……」


 車掌は目を閉じる。今までにこの夜想列車に乗ってきた客は多く、その数だけ違う夜空を見た。白銀の大河が横たわる夜空、獅子の心臓が強く輝く夜空、黄金色の三日月と白銀の金平糖を散らした夜空など、今日だけでも違う夜空を見てきた。今日の夜想列車の窓から見える四番目の夜空は今までの三人とは趣が大きく異なる。


「色鮮やかな夜空だと思います。服飾に携わったファイ様だからこそ、色へのこだわりが強い方なのだと思います」


 車掌は改めてファイの格好を見る。目の前の彼女もカラフルな装いをしている。様々な色を継ぎ合わせた独特なシャツは車窓から見える多様な色の星雲が広がる空のようだ。


「色の渋滞が起きてしまいがちだと思いますが、不思議とバランスの取れた色鮮やかな夜空だと私は思います」


「確かに、色をすべて突っ込んでも必ずしも上手くはいかない。私も何度も失敗したものだよ」


 それこそ、若い頃は様々な色の組み合わせを考えて服を作った。上手くいくものもあれば、色が喧嘩してしまうものがあった。新しいものを取り入れるときは本当に頭を悩ませた。

 ファイは夜空を見上げる。今、自分が着ている服を思わせるような空だとしみじみと思うと自然と口元が弧を描く。


「色を詰め込み過ぎているような気がするけど、この夜空は結構好きだよ、私」


 味気ないと思っていた夜空。銀や金、黒、紺以外の色があったっていいじゃないか。目の前の夜空を具現化したような車掌とは違う夜空を想う。作業台に広がる色とりどりの布に囲まれた日々、夜でもハサミを、針を、ミシンを動かしていた。

 試行錯誤の日々だった。中々アイデアが浮かばないこともあった。手が止まってしまうこともあった。それでも服を作ることを辞められなかった。若い頃はとにかくがむしゃらにもがいていたことを思い出す。


「ふふ。懐かしい記憶が甦ったよ。ありがとう、夜の車掌さん」


 ファイは眼鏡の奥の瞳を細めた。その瞳は様々な感情が入り混じった色をしている。まるで外に広がる様々な色が広がる夜空を思わせる不思議な色をしている。


「引き留めて悪かったね」


「いいえ。素敵な夜空を見ることができました」


 車掌はにこやかに笑うと席を立つ。


「どうぞ、素敵な夜の旅をお楽しみください」


「うん。……あ、そうだ。他の客室の出入りって許されている? 三号車の可愛いお嬢さんの服、私はあまり作らないようなタイプだったから、改めて見てみたいと思ってね。あと、六号車の子が気になるし」


「先方がいいと仰れば構いませんよ。そうですね……。三号車の方は快諾されると思います」


 あの少女なら花の咲くような笑顔で迎え入れるだろう。


「そう。六号車の子は……。これから切符の確認だろうし、後にしようか。それが終わったら様子を見に行くとするよ」


「かしこまりました」


「他の乗客にも挨拶といこうかな」


 ファイは眩しいほどの笑顔を浮かべ、立ち上がる。星雲がはっきりと見える夜空を背にした彼女の服は不思議と彼女にしっくりとくる。


「一号車と二号車のお客さん、受け入れてくれそう?」


「そうですね……。一号車のお客様は社交的な方ですから、快く受け入れられると思いますが、二号車のお客様は……」


 レオはまだ思いを馳せているかもしれない。一人にした方がいいだろうと思った車掌は彼に一声かけて退室したのだ。今すぐ誰かと会うという気にはなれないかもしれない。


「……差し支えなければ、二号車のお客様は後の方がよろしいかもしれません。何やら考え事をしている様子でしたので」


「そうなんだ。わかった。お嬢さんのところ行って、一号車のお客さんのところに顔を出すことにするよ」


 ファイは楽しそうに笑う。


「三号車のお嬢さん、どんな子だった?」


「とても可愛らしいお嬢さんでしたよ。そうそう、ファイ様にワンピースを褒めていただいたと喜んでましたよ。お嬢さんのおばあ様が作られたワンピースでお気に入りだと嬉しそうにお話していらっしゃいました」


「へえ、そうなんだ。会うのが楽しみだね」


 ファイは見るからに心を弾ませている。


「さあ、いざ三号車へ!  車掌さんも、お仕事頑張って」


「ありがとうございます。励みになります」


 ファイは、いってきます、と言ってニカッと笑う。自信に満ちあふれたその笑顔に車掌は一礼する。彼女は身を翻し、客室を出る。

 車掌は足音が三号車の方へ消えるのを待ち、カラフルな星雲が広がる夜空を見上げる。たっぷりと水を含んだ水彩画のような夜空は彼女のシャツを思わせる。不思議とごちゃごちゃとした印象を受けない両者は色を上手く扱い、組み合わせ、重ねた彼女の人生を思わせる。

 車掌は改めて空を一瞥する。自分の身を包む制服のような紺と白銀以外の多くの色が広がる夜空。そんな夜空の方が車掌の好みではあるもの、赤、青、緑、黄色、紫など様々な色が鮮やかに覆う賑やかなその夜空を見つめるのもたまには悪くないと思う。

 ファンタスティック。車掌は感動的で、幻想的な星雲たちのファッションショーをしばらく見つめた。

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