第3号車 三日月と金平糖の踊り

 三日月の浮かぶ空の下を走る列車の中、花柄のワンピースと金色の髪を揺らしながらカルミアはくるくると踊る。空に浮かぶ三日月と同じ色の金髪が灯に照らされ温かな色を放っている。列車が揺れるにも関わらず、小さな足は軽やかにステップを踏む。

 カルミアが気持ちよく踊っていると扉をノックされる。その音にカルミアは足を止めて、どうぞ、と澄んだ声音で応じると紺色に身を包んだ青年が帽子を脱いで一礼する。


「こんばんは、カルミア様」


 穏やかな声だ。カルミアは青年の姿を上から下まで姿を確認する。


「こんばんは。車掌さん?」


「はい。切符の確認を」


「はーい」


 カルミアは花の咲くような笑顔で応じる。カルミアはテーブルの上に置いた切符を車掌に手渡す。車掌の装いとお揃いの紺色に銀の煌めきを織り交ぜた切符だ。車掌は切符に穴を開けて少女に返す。

 窓の外には黄金の三日月が浮かび、金平糖を散りばめたような空。星たちが踊るように輝いている中、大きな三日月が存在感を放っている。その三日月と同じぐらい美しいカルミアの髪が眩しい。


「あの、車掌さん。訊きたいことがあるのですが」


「はい、何でしょうか?」


 車掌はにこやかに笑いながらカルミアに応じる。カルミアは穏やかな夜空色の瞳をじっと見つめながら言葉を続ける。


「その、私がこんなものがあったらいいなと思っていたものが突然出てくるのですが……」


 例えば、とカルミアはテーブルの上の花瓶に視線を送る。黄色やオレンジの花が生けられた小さな花瓶だ。


「綺麗ですね」


「綺麗ですけど、不気味で……」


 カルミアは花瓶から視線を逸らす。花や花瓶たちは美しい。しかし、何もないところに突然出てこられては驚くし、背筋がぞっとする。


「驚くのも無理ありませんが、ご安心ください。危険なものではありませんから。快適な旅をしていただくためのサービスだと思ってください」


「だからって、急に花が出てきたらびっくりします」


 むう、とカルミアは柔らかな頬を膨らませる。

 出発をしてすぐ、夜空を見上げたカルミアは美しい空に目を奪われた。白銀が敷き詰められた中、目を引く金色の三日月。金平糖を散りばめたような夜空をしばし楽しんだ後、客室を見渡した。テーブルとソファがあるだけの何もない殺風景な客室だ。橙色の灯があるだけ、多少は気が晴れるものの寂しい客室だった。

 花の一輪でもあれば。カルミアは小さな花瓶に生けられた花を想像する。ぱっと明るくなるように黄色やオレンジのガーベラ、バラなどの花をメインにカスミソウが生けられた花瓶を想像したカルミアがまばたきをひとつした隙にテーブルの上に現れた。驚いたカルミアは思わず周りを見渡したが、カルミア以外誰もいない。誰かが入ってきた気配もない。花をじっくり観察してもとくにおかしなところもなく、綺麗に咲いている。


「他にもお花があれば、と思ったらぽんぽん出てきますし……。暇だったので飾りつけしてしまいましたが、大丈夫でしょうか?」


 見たところ、何の変哲もない花だ。匂いも花の甘い香り。触ってみてもただの花だった。柔らかな花弁も、しっかりとした茎も、深い緑の葉も、カルミアがよく知る花たちだった。

 車掌は客室を見渡す。花の甘い香りがほのかにする客室。所々に美しく生けられた花が飾られている。華やかな客室になったものだと車掌は感心する。乗客が望むものが現れるのだが、乗車したばかりでは殺風景な客室になりがちだ。そんな客室が色とりどりの花に飾られ、可愛らしい内装となっている。


「とても素敵です。ありがとうございます」


 車掌の言葉にカルミアは安堵の息をつく。素敵だと言われて嬉しい。

 花の一輪でも飾らないかと提案しよう、と車掌は決める。花の一輪でもあれば、乗客の心を落ち着かせられるかもしれない。

 そんなことを考えた車掌は少し緊張している様子のカルミアに説明をせねば、とロンドとレオにしたような内容を話し出す。


「説明が遅くなってしまって申し訳ありません。夜想列車ではお客様がほしいと思ったものを用意しています。ですから、カルミア様が望むもので、こちらが用意できるものなら、何でもご用意させていただきます」


「私が望むもの?」


「例えば、そうですね……。スイーツはお好きですか?」


「スイーツ!?」


 カルミアのエメラルドの瞳が輝く。少女らしいその表情に車掌の表情も緩む。


「大判振る舞いといきましょうか」


 車掌がテーブルを見るように手を促すといつの間にかソファとテーブルが変わる。白のお洒落なテーブルと椅子がセットされ、カルミアが思い浮かべた花瓶はそのまま残っている。テーブルの上にスイーツが現れる。三段のアフタヌーンティースタンドには手のひらサイズの可愛らしいスイーツが並び、テーブルを彩る。


「え!? すごい、すごい!」


 カルミアは丸い瞳をさらに丸くし、色々な角度からテーブルの上に並ぶティーセットを見つめる。光を弾いたような緑の瞳がキラキラと輝き、可愛らしい。


「飲み物は紅茶でよろしいですか?」


「はい。あの、アールグレイってありますか?」


「ございますよ」


「お願いします」


 カルミアがそう言ってまばたきをするとティーポッドと紅茶が注がれたティーカップがテーブルに並ぶ。白に淡いピンクと金色の装飾のカップに注がれた紅茶からは湯気が立ち上っている。まるで、カルミアが来ているワンピースを思わせるデザインのカップだ。


「うわあ……」


 小さい頃に夢見たお茶会のようだ。可愛らしいスイーツに、おしゃれなティーカップ、花に囲まれた空間。幼い頃に読んだ絵本の中のお茶会そのもののセッティングだ。


「どうぞ、召し上がれ」


「え、本当にいいんですか?」


「はい。カルミア様のためにご用意したものですから、お好きなだけどうぞ。おかわりもご用意しますし」


 さあ、と車掌は椅子を引く。カルミアは会釈すると、腰かける。カルミアの動きに合わせて車掌が椅子を押す。

 席に着いたカルミアはじっくりとテーブルの上を見つめる。スイーツも食器もどれも可愛らしい。中でもスイーツはどれもころんとしていて食べるのがもったいないぐらい見ていても楽しい。ケーキやマカロン、タルト、チョコレート、ゼリーなどが並ぶ。可愛らしい見た目のスイーツばかりでどれから食べようか迷ってしまう。どれもこれもカルミアの好きな物ばかりだ。

 迷った末、カルミアはイチゴのタルトを選ぶと、またどこから現れたのか、皿やフォーク、スプーンがテーブルに並ぶ。ティーカップとお揃いの皿がまた可愛らしい。


「……あの、車掌さんも食べませんか?」


「え?」


 虚を突かれた車掌の瞳が丸くなる。


「お気持ちだけで十分ですよ」


「でも、これを一人で食べるのは寂しいです」


 せっかくのお茶の時間だ。一人で優雅な時間を過ごすのも魅力的だが、せっかく人がいるなら一緒にお茶の時間を過ごしたい。


「その、私は仕事中ですし……」


 確かにそうだ。カルミアは列車の後方を振り返る。車掌を待つ人もいるだろう。一号車から順に切符の確認を行っているのであれば、四人待たせてしまうことになる。

 それでも少しだけ。カルミアは悪戯っ子の笑みを浮かべる。


「……私の快適な夜の旅を過ごすためなら用意できるものは用意すると言いましたよね?」


 車掌はそう言っていた。


「え、ええ……」


 車掌は夜空色の瞳に困惑の色を浮かべる。自分でもそう言ったのをよく覚えている。カルミアだけでなく、乗客全員に説明するのがいつものことだ。


「じゃあ、私と一緒にお茶をしてください。きっと快適で素敵な旅になると思うのです。少しだけでいいですから」


 エメラルド色の瞳が車掌を真っ直ぐ見つめる。鮮やかな緑を向けられた車掌は視線を逸らす。

 今は仕事中。だが、カルミアの旅をよりよいものにするために必要だと本人からの要望だ。優先すべきは乗客のリクエストだ。今までにも食事を誘われたことがあり、その度に応じたこともある。あまり長い時間を過ごすと叱られるが、少しぐらいなら許される。

 乗客がそれを望み、業務に支障がないのであれば。車掌はにこやかに笑う。


「……少しだけですよ」


 目の前の少女は花がほころぶような笑顔を浮かべる。嬉しそうに笑うカルミアにつられて車掌も笑う。カルミアは笑顔の似合う可愛らしい少女だ。

 車掌はカルミアの向かい側に現れた椅子に座る。すると、車掌分のティーカップが現れる。車掌の姿を思わせるような紺色に白銀のラインが引かれたティーカップだ。揃いの皿も並び、フォークとスプーンも綺麗に揃って並べられる。車掌は紺色のカップにティーポッドから紅茶を注ぐ。紅い液体が注がれたそこに車掌の姿が映る。


「車掌さん、スイーツは何がいいですか?」


「そうですね……。では、モンブランをいただいてもいいですか?」


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 車掌はモンブランを皿に移す。つやつやとした栗が天辺に乗せられ、粉砂糖がふりかけられている。

 いただきます、と元気よく言ったカルミアに車掌も続く。ニコニコと可愛らしく笑うカルミアはフォークでタルトを一口サイズに切り、小さな口に運ぶ。甘いイチゴとカスタードクリームがよく合って美味しい。生地もサクサクとしていてこんなにも美味しいタルトを食べるのは初めてだ。


「美味しい!」


「お口に合ってよかったです」


 車掌は柔らかく笑う。夜空色の瞳を細め、まだ幼さの残る少女の顔を見つめる。先ほどのレオがあまり感情を表に出さなかったのに対して、カルミアは可愛らしい笑顔が印象的な少女だ。花の咲くような笑顔が何とも素敵だ。

 車掌もモンブランを口に運ぶ。栗の味がしっかりとしているモンブランだ。紅茶を一口飲み、窓の外を見やる。カルミアの髪を思わせる黄金色の三日月と白銀の金平糖を散りばめたような星空が広がる。星々が三日月を囲んで白銀の光を放っている。


「いい夜ですね、車掌さん」


「ええ。素敵な夜です」


 ふふ、とカルミアは小さく笑う。自分よりも十ほど年上に見える車掌は柔らかく微笑んでいる。


「車掌さんの髪ってお星様みたいな銀色ですね」


 車掌は前髪を触る。よく言われることだ。夜想列車に乗車した客人は車掌のことをよくこう言う。


「車掌さん、夜空って感じがする」


 カルミアも例外ではないようだ。紺色の制服にはところどころ銀の装飾が施され、胸ポケットには星と列車の刺繍がされている。帽子の星を模した銀の装飾が灯を弾いてキラキラと輝いている。装いだけみても夜を連想されるが、何より、車掌の白銀の髪と紺色の瞳がより一層夜を想わせる。星の煌めきを閉じ込めたサファイアの瞳は夜空を切り取ってそのまま埋め込んだように見える。


「夜想列車の車掌に相応しいですか?」


「はい。とっても素敵です!」


「光栄です」


 車掌は無邪気に笑う。その笑顔にカルミアはわずかに瞳を瞠る。大人に見える車掌が少し幼く見える。少年のように車掌は笑う。


「カルミア様も素敵ですよ。お花がよくお似合いで」


 彼女の名前と同じ響きを持つ花なんて、よく似合うだろう。白やピンクの花を咲かせるその花は彼女が今着ているワンピースの雰囲気と似ている。


「えへへ。嬉しいです」


 カルミアは照れ笑いを浮かべる。


「さすが、お花屋さんの娘さんですね」


「え……。どうしてそれを? 私の名前も知っていますし……」


 車掌が入室してきた時点で、彼はカルミアの名前を呼んでいた。カルミアは車掌に名乗っていないのに、なぜカルミアの名を知っているのか。花屋の娘であるとも言っていない。

 車掌は流れるような手つきでモンブランを口にいれる。ゆっくりと咀嚼すると、星を散りばめたような瞳を細める。


「お客様のことを知るのも、車掌の務めです。この夜想列車は基本的に七両編成で各号車につきお客様は一人。七名のお客様のことを把握し、お客様が想う夜を過ごしていただくために必要なことですから」


「それじゃあ、私のことも、他のお客さんのことも何でも知ってるってことですか?」


「全てではありませんが、大体は」


「そうですか」


 カルミアは紅茶に角砂糖をひとつ入れ、一口飲む。香もよく、ほどよい甘味のものだ。


「一号車のおじ様や二号車のお兄さんとはもうお話されましたか?」


「ええ。カルミア様も何かお話を?」


「いいえ。一号車のおじ様は遠目に見た程度で、二号車のお兄さんは何だか話しかけにくい方で……」


 一号車の客は遠くてはっきりとは見えなかったが、紳士然とした雰囲気の男性だった。二号車の若い男性は無表情で目に覇気がなく、気安く声をかけられそうにないと思った。

 確かにレオには声をかけにくかったかもしれない、と車掌は苦笑する。本当は正義感の強い青年だ。しかし、彼が志を新たにする前は気だるげで何だか話しかけてはいけないような雰囲気があった。張り詰めた空気がロンドとカルミアに話しかけにくさを与えたのだろう。見た目で判断してはいけないが、近寄りがたい青年だ。


「四号車のお客様とは何かお話されましたか?」


「はい。このワンピースを褒めていただきました」


 カルミアは立ち上がると、自慢するようにターンする。ふわりと柔らかな生地のワンピースが揺れる。淡い桜色に金平糖を思わせるような白い花が散りばめられ、裾には白のレースが縫い付けられている。


「とても素敵です」


 四号車の客は確か服を作ることを生業にしていた女性だ。彼女のワンピースに目をつけるとは、さすがと言うべきか。


「これ、祖母が作ってくれた私のお気に入りの服なんです」


 カルミアはワンピースの裾を整えてから座る。大きくなったね、と言いながら採寸する祖母の姿は確かに小さく見えた。とびきり綺麗なのを作ると言った祖母は宣言どおり、カルミアが望んだワンピースを作ってくれた。


「そうなのですね。おばあ様はお裁縫が得意だとか」


「はい。染物も上手で……って、本当に何でも知ってますね」


 カルミアはタルトを食べる。本当に何でも知っていて、逆に怖くなる。深い夜空色の瞳は全てを見透かしていそうだ。


「素敵なおばあ様ですね、カルミア様」


「はい……。あの、車掌さんのことも教えてくれませんか? 何だか、私のことばかり知られているのに、私は車掌さんのことを知らないなんて」


「不平等ですか?」


「うっ……」


 図星だ。機嫌を損ねたかと思ったカルミアだが、車掌はニコニコと笑っている。穏やかなその笑顔を見る限り、機嫌を損ねているというわけではなさそうだ。

 車掌は最後の一口を平らげると、そうですね、と頬杖をつく。


「私の何が知りたいですか?」


「へ?」


 カルミアは車掌の言葉にフォークを持つ手を止める。色っぽいその声音に背筋が伸びる。夜空色の瞳がすがめられる。妙に熱を持つその瞳からカルミアは視線を逸らす。じっと見つめていると逃げられなくなりそうだ。


「お答えできることなら、何でも」


「えっと……じゃあ、どうしてこの列車の車掌さんをしているのですか?」


「おや、真面目な質問ですね」


 少し残念そうに言う車掌は帽子を脱ぐ。白銀の髪が揺れる。


「からかわないでください!」


「これは失礼」


 車掌はカラカラと笑う。先ほどまでの色っぽい目つきはどこにいったのか、気のいい青年の笑顔へと変わる。


「そうですね。昔から列車が好きだったからですね。だから、列車に関わる仕事をしたいと思って今こうやって車掌をしています」


「そうでしたか……。でも、その、この列車の車掌さんってことは」


 カルミアは言葉を止める。フォークを握る手に自然と力が籠る。


「……まあ、そう言うことです。ですが、私はこの列車の車掌になれてとても嬉しく思っていますよ」


「それならいいのかもしれませんが……」


 車掌はにこりと笑う。だが、その笑顔はどこか寂しげだ。星を散りばめたような瞳に影が覗く。瞳の色が深みを増す。


「さあ、他に知りたいことは?」


 影は一瞬で消える。気を取り直すように車掌は紅茶を飲む。カルミアもそれに倣う。


「……その、車掌さんはモンブランがお好きなのですか?」


 できるだけ明るい話題を。食に関する話題はおしゃべりの定番だ。

 カルミアは車掌の空になった皿を見つめる。彼は迷いなく栗のスイーツを選んだ。好きでなければあれほど迷いなく選ばないだろう。

 車掌は一度まばたきをするとそうですね、とまた無邪気な子どものように笑う。


「栗、好きです」


「そうなのですね」


「はい」


 もちろん他のスイーツも好きですけど、と車掌はつけ足す。基本的に甘いものは好きだが、車掌にとってモンブランは大切な思い出を思い起こさせるスイーツだ。

 車掌の夜空色の瞳の輝きが一際強くなった。カルミアには愛しそうに笑う車掌が何か懐かしんでいるように見える。

 ガタンゴトン、ガタンゴトン、と列車は走っている。三日月は柔らかな光を放ち、二人を見守っている。


「カルミア様は何がお好きですか?」


「訊かなくても知っているのではないですか?」


「まあ、そうですけど」


 甘いものや花が好き。カルミアに関する事前情報の中にあるものだ。紅茶の中でもアールグレイが好きなことも知っている。そして、可愛らしいもの。それがカルミアの好みだ。不安にさせたお詫びとして可愛らしいスイーツを出すことは車掌の中ですでに決まっていたことだ。

 車掌は空を見上げる。カルミアの髪色と同じ黄金色の三日月が優しく輝き、自分の髪色と同じ白銀の星々がキラキラと光を放っている。


「では、夜はお好きですか?」


「夜ですか? うーん……好きですけど、お昼の方が好きです。お花が元気な時間ですし、皆キラキラして見えるんです」


 車掌は横目にカルミアを見る。温かな橙色の灯に照らされる金髪は日の下ではキラキラと眩しいほどに輝き、エメラルドを思わせる瞳は植物の瑞々しい緑を思わせる。


「でも、星を見るの好きですよ。お星様って金平糖みたいじゃないですか?」


 小さい頃から好きな菓子のひとつだ。表面の突起が星を思わせる。

 カルミアも空を見上げる。白銀の輝きで覆われた空は金平糖を散りばめたかのように見える。幼い頃にも何度も思った。夜空を覆い尽くすほどの金平糖。お空の金平糖はどんな味がするの、と母親に尋ねたこともあった。


「金平糖……。確かにそうですね」


 凹凸のある菓子は確かに星のようだと言えるだろう。カルミアのワンピースの白い花も金平糖のようだ。

 花にも星にも見える菓子。花も星も好きなカルミアにとって縁のある菓子なのかもしれない、と車掌は小さく微笑む。


「三日月はクロワッサン、満月は目玉焼きとかって……。あれ、何でもかんでも食べ物に喩えてばかりだ……」


 カルミアは少し頬を赤らめる。幼い頃からそう思っていたが、さすがにこの歳になってそのような喩えをするのは気恥ずかしい。それも、出会ってまだすぐの青年にこんなことを言うのは食いしん坊と思われてしまうのではないかと想像してしまう。

 カルミアは話題を逸らそうと頭を働かせると幼い頃の記憶が甦る。車掌の瞳を思わせるような夜空の絵が思い浮かぶ。その絵を見る度に憧れたのを覚えている。


「夜ってお月様とお星様が踊っているみたい」


 カルミアはぽつりと呟く。昔読んだ絵本の話だ。皆が寝静まった夜に月と星がパーティーを開き、踊る物語があったのを思い出す。綺麗に着飾った星々と夜の王の月が思い思いに踊り、時々地上の様子を見つめる。そんな話だった気がする。


「お星様と踊ってみたい、だなんて小さい頃は思ったものです」


 これも子どもっぽいと思われるかもしれない。子どもであることに変わりはないが、もっと小さな五、六歳ぐらいの幼子のようだと思われてしまうかもしれない。

 カルミアは恐る恐るといった様子で車掌を見ると、彼は穏やかに笑っている。


「踊ってみますか?」


「え?」


 きょとんとカルミアの深い緑の瞳が丸くなる。


「と言ってもそれっぽい舞台装置を用意するだけですが」


 車掌は窓を開ける。心地のいい風が白銀の髪を撫でる。車掌は身を乗り出すと空に手を伸ばし、星を掴むように手を握る。


「危ない!」


 カルミアの声が届いたのか、車掌は優しく微笑むと身体を車内に引っ込める。


「そうですね。カルミア様は真似をなさいませんように。危ないですから」


 無邪気に笑いながら、車掌は椅子に座り直すと窓を閉める。軽く髪を整えた車掌は握った手を開く。その手には小さな瓶が収められていた。キラキラと輝く瓶の中身は金平糖だ。


「あの、それは……」


 車掌の長い指が薄い唇に添えられる。静かに、と言うようなその姿にカルミアは言葉を飲み込む。

 夜空色の瞳の輝きが強くなる。片手で瓶を開けた車掌は瓶の中身を宙にばらまく。白銀の金平糖がふわふわと車内を漂い始めたと同時に、橙色の照明が消える。


「え!?」


 カルミアは思わず立ち上がる。刹那、ふわりと顔の横を白銀の金平糖が通り過ぎる。


「これは……」


「下も見てみてください」


 カルミアは車掌の言葉に従い、床を見る。木目が並んでいるはずの床は白銀に輝き、まるで絨毯のようだ。列車の振動でわずかに揺れている白銀はカルミアの足に触れると、ふわりと舞い上がる。

 カルミアは宙に浮かぶ白銀に恐る恐る手を伸ばして触れる。じんわりと温かいそれは星のように輝く金平糖だ。よく見れば、全て白銀というわけではなく、赤や青の光を放つ金平糖もある。

 照明が消えてもふわふわと漂う金平糖のおかげで明るい。夜空のような車掌の姿もぼんやりと浮かび上がっている。

 車掌は帽子を被り直すと立ち上がる。車掌の足もとの光も揺れる。


「これも、旅のためですか?」


「はい。お好きなように踊ってください」


「そう言われても……」


 カルミアはエメラルド色の瞳で車掌を見上げる。白銀の金平糖は彼の髪をキラキラと輝かせている。

 金平糖みたいだ。カルミアは車掌の髪を見てそう思う。ふわふわと漂う白銀の金平糖と同じ髪色だ。


「あの……」


「はい?」


 車掌は穏やかに笑っている。昔読んでもらった絵本の星の精に似ている。その星の精も白銀の髪で紺色と銀色を基調にした衣装を着た青年だった。まさに目の前の車掌とよく似ている。


「わ、私と一緒に踊っていただけませんか?」


 カルミアの声が裏返る。幼いカルミアはその星の青年が好きだった。出番はあまりなかったが、柔らかな絵の中で彼は惹かれる存在だった。淡い白銀に照らされる車掌に幼い頃に惹かれた架空の存在を重ねる。


「え?」


 対する車掌は夜空色の瞳を丸くし、まばたきを繰り返す。空に浮かぶ黄金の三日月を思わせる髪が頬を赤くした少女の顔を際立たせる。エメラルドの瞳が気まずそうに逸らされてしまうのを見ると胸が痛む。疚しい気持ちはこれっぽっちもないが、照れ臭い。


「……こういうことは男からするものですよね」


 車掌は小さく呟く。こういうことは普通、男の自分がするのではないかと思うとカルミアに申し訳なくなる。


「え?」


 金色の髪が揺れる。彼女の周りの光が淡い金色に光り出す。車掌は軽く頬を掻くと、三日月を思わせる金色の髪を持つ少女に手を差し伸べる。


「カルミア様。私と踊っていただけませんか?」


 白銀の星が輝く。淡く微笑む車掌の大きな手に、はい、と大きく頷いたカルミアの三日月色の髪が揺れる。カルミアの小さな手が車掌の手に重ねられる。

 夜空に浮かぶ黄金色の三日月を思わせる金の髪が揺れ金平糖を散りばめたような夜空を思わせる瞳が楽しそうに細められた。

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