第101話 冷たい雨のその先に(7)
放課後。
僕と勇斗、優愛、そして瑞希の4人は連れ立って駅前のアーケード通りにあるリーズナブルなイタリアンレストラン『アフロ』に来ていた。
「腹減ったな。何食う?」
腹ペコだと主張して止まないのは、言うまでもなく勇斗だ。
「もう、お昼にお弁当食べたんでしょ?」
勇斗の言葉に優愛が呆れ顔を見せる。
「こんなお洒落なお店があったんだね。」
30人も入ればいっぱいになってしまう狭めの店内を見回して、瑞希は店内の装飾に興味深々だ。
「ここは個人でやってるレストランなのに、良心的な値段だからよく来るんだよ。」
『アフロ』初体験の瑞希と一緒にメニューを見ながら、僕は軽く店の説明する。
「アフロ初体験」って言うと、瑞希がアフロヘアーにするみたいで笑える。
「晃、さっきからニヤニヤしてて気持ち悪いんだけど。」
僕の正面に座っている優愛が、心底気持ち悪いと言った視線を僕に向けてきた。
「気持ち悪いって・・・ただ瑞希がアフロにしたら笑えるなって思ってただけだよ。」
しかしその言葉に今度は瑞希が反応する。
「ちょっと晃君、私アフロの人は好きだけど、自分でやるつもりはないからね!」
ってか好きなんだ、アフロ。
「でも、何で店の名前が『アフロ』なんだ?店長がアフロヘアーって訳でもないのに。」
確かに。
勇斗の呟きに、僕も改めて店の名前に疑問を持った。
いつもカウンターの中にいる、店長らしき男性の髪型は、清潔感のあるツーブロック。
店内を見回してみても、アフロを彷彿させるアイテムを見つけることはできない。
「ふふっ、店の名前のアフロはね、女神『アフロディーテ』から取っているんだよ。」
不意にカウンターの中から声を発したのは、グラスを拭いていたアフロの店長だった。
「急に話しかけてごめんね。会話の内容があまりにも面白くて、つい。」
店長と思しき人物が、人懐っこい笑顔を見せた。
「やだ、あの人超好みなんだけど。」
優愛が何だかテンパっているが、ここはあえてスルーしておく。
「で、お前ら注文どうするんだ?」
メニューを見ながら、急に不機嫌そうな声を上げたのは勇斗だ。
さっきまでは楽しそうに会話に参加していたと思うのだが、いったいどうしてしまったのだろう。
「あんた、何怒ってんの?」
「別に怒ってねーし。」
店に入るまで、というよりテーブルにつくまで勇斗はご機嫌だったのに、いったいどうしたのだろう?
「なぁ、瑞希・・・。」
勇斗の不機嫌な原因を聞こうとして瑞希に話しかけた僕は、瑞希のニマニマとした気持ち悪い笑みを見て思わず絶句する。
「晃君、勇斗君って、やっぱり・・・なの?」
「何が『なの?』なの?」
「呆れた。こんなに近くにいるのに、なんにも気付かないんだから。」
いやいや瑞希さん。言っている意味がさっぱりわからないんですけど。
「その辺を晃君に期待しようってのが無理な話なのよね。私ミートソースにしようっと。まずはお店の味を覚えたいしね。」
瑞希に色々問いたださなきゃならない事がありそうだけど、ここは勇斗の目もあるから黙っておくことにする。
「私はカルボナーラ。瑞希ちゃん、よかったらシェアしない?」
なるほど。シェアしてふたつの味を楽しむのもアリだな。
「俺はコレ、熟成納豆のイカスミパスタ。晃、俺等もシェアしようぜ。」
「いや、遠慮しておきます。」
勇斗のゲテモノ趣味に付き合ってはいられない。イカ臭い納豆が口の中で暴れまわるとかって、危険極まりない味がするに決まっている。
「僕は、瑞希と一緒でミートソースにしようかな。」
冒険心が大きくない僕は、こういう時はどうしても無難なメニューを頼んでしまう傾向にある。
「今日、皆に集まってもらったのには理由がある。」
注文後、勇斗が必要以上に神妙な面持ちで口を開いた。
「皆も知っての通り、俺らの友達である日菜乃が・・・。」
「あ、勇斗、その話もうちょっと待っててもらってもいい?私、デザートも注文する。」
勇斗としては最大限の演出をして話し出したのであろうが、意図せず優愛に出鼻を挫かれる形となってしまった。
それでも「お前はお笑い芸人か?!」というぐらい盛大にずっこけてみせるところが勇斗のすごいところだ。
「優愛、このタイミングでそれはないだろ。」
顔を上げた勇斗が、心底勘弁してほしいという表情を優愛に向けた。
「ごめんね〜。メニューに載ってたチーズケーキが、すごく美味しそうだったから。」
「へ〜、ホントだ美味しそう。私も頼んじゃおうかな、」
優愛のメニューを覗き込んだ瑞希も、チーズケーキに興味津々だ。
「お前、昼に弁当食っただろ?」
先程のお返しと言わんばかりに、勇斗が優愛に冷たい視線を送った。
「何言ってんの?デザートは別腹に決まってんじゃん。」
勇斗の冷たい視線に気付いているかは分からないが、優愛と瑞希のデザート選びはこのあとしばらくは続いた。
「ところで晃、証拠を掴んだってのは本当か?」
勇斗のいう『証拠』とは、日菜乃が親衛隊に嫌がらせを受けているという、何らかの裏付けの事だ。
「あぁ。ここからは瑞希に説明してもらった方が良いだろう。」
勇斗につられて、何だか僕まで芝居がかった口調になってしまった。
「分かりました。まずはこの動画を見てもらいたいと思います。」
昔の刑事モノの映画みたいな口調で、かけてもいないメガネを中指で上げつつ瑞希が自分のスマホを取り出した。
「ってか、瑞希ちゃんってこんな変なキャラだったっけ?」
素朴な疑問を口にしたのは勇斗だ。
確かに勇斗の言う通り、瑞希はどちらかと言うと、僕はの悪ふざけを遠くから眺めていることが多い。
慣れないことはするべきではないという教訓なのか、勇斗の言葉を聞いた瑞希の耳がどんどん赤みを帯びていく。
「ちょっと!折角こっちが合わせてあげてるんだから、少しは乗ってきなさいよ。」
照れ隠しなのだろう。瑞希の声はどんどん大きくなってきている。
しかし、そんなふざけた雰囲気も動画を目にした瞬間に消し飛んでしまった。
「マジかよ。」
「許せない。」
僕も勇斗と優愛に激しく同意する。
「この動画を撮ったのは咲希ちゃんなんだけど、SNSとかに上げるのはやめてほしいんだって。」
確かにネット上で公開した場合、今後の人生に影響する可能性もある。
日菜乃だってそんな事は望んでいないはずだ。
「どうやって懲らしめようか。」
店内には僕たちの他にお客さんはいないのだから、誰かに聞かれることはないのであるが、僕たちは何となくお互いに顔を寄せ合うように話しだした。
「こういうときだけは勇斗って頼りになるよね。」
優愛が勇斗に軽口を叩く。
「“だけ”って言うな。俺はいつでも頼りになる。」
太陽が西の空に傾きつつあった。
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