第92話 幕間 〜 戸田咲希
インターハイ予選も間近となり、近頃は陸上部活の先輩方も練習に気合が入ってきた。
選手枠が空いているという理由でインターハイ選手に選ばれてしまった私は、他の部員達に少しだけ後ろめたさを感じながらも、なんとか頑張っている。
最近では早めに登校し、朝練をしてから授業を受けるようになった。
おかげで退屈な授業が心地よい睡眠時間に変わったから、まさに一石二鳥ね。
「昨日のあの顔見た?ホント笑っちゃうよね。」
下品な声が聞こえてきたのは、昇降口の方からだった。
登校にはまだ早い時間なため、周りに他の生徒の姿はない。
「これ見よがしにトラックなんか走っちゃってて、マジでウザいんですけどって感じ。」
何の話?。
昨日はサッカー部の試合があったから、陸上部は休み。トラックを使う人はいないはずだけど。
「大和君、骨折だって。痛そうだったね。」
サッカー部の試合の話か何か?
「ところでさ、これどうする?」
「あいつ、ちょっと隠すぐらいじゃ全然堪えないから、捨てちゃう?」
「そうそう、渡辺ってホント鈍感だよね。いじめられてるって分からないのかな。」
渡辺?
声が聞こえてくるのは2年生の下駄箱の方からだ。
「は〜い、じゃあゴミ箱にポイしま〜す。」
直後に聞こえてきたのは、何かをゴミ箱に入れたと思われる“ゴトン”という音。
え?何を捨てたの?
渡辺って、日菜乃先輩の事?
「ちょっと先輩、今なに捨てたの?!」
衝動的に飛び出てしまった事を、不機嫌に私を睨みつける3人の先輩を前にしてちょっとだけ後悔をしたけど、それ以上に私の中に私を突き動かす何かあった。
「今捨てたもの、見せてもらってもいいですか?」
私は3人の先輩を押し退けるように進み、プラスチック製のゴミ箱に手を突っ込む。
「あんた誰?1年には関係ないだろ?!」
ひとりの先輩が私の右手を掴んだ。
私は構わずゴミ箱に手を伸ばす。それなりに鍛えているんだ、腕力で負けるとは思えない。
ゴミ箱の中にあったのは、インソールの端に小さく「渡辺」と書かれた見覚えのある上履き。
間違いない、日菜乃先輩の上履きだ。
「これ、先輩方の上履きじゃ無いですよね?」
目に見えて動揺する先輩方。
「ちょっと、やばいんじゃない?内申書に響くよ。」
「うるさい、今考えてるから待ってて。」
小声で話しているつもりなんでしょうけど、全部聞こえてるからね。
バレた時の覚悟がないなら、こんな事やるなっつーの!
「お前達、何やってるんだ!」
騒ぎを聞きつけてやってきたのは、進路指導主任の高田だった。
高田は3人の先輩の後に私を見ると、大きなため息をついた。
「またお前か、戸田。」
は?何?
「陸上部に入って、ちょっとは落ち着くんじゃないかと期待してたんだがな。」
何を言ってるの?
「だいたい何だ、その髪は。校則違反だから染め直してこいって言っただろう。」
確かに注意は受けているけど、今はその話をしてるんじゃないでしょ?
「そうなんですよ、先生。私達もあの子が上履きを捨てようとしてたから注意してたんです。」
3人のうちのひとりが、私が手にした上履きを指差した。
「そういえば、あれって2年の上履きじゃないですか?ラインがオリーブ色ですよ。」
うちの高校は、ひと目で学年が分かるように、上履きのラインと制服のリボンのラインを合わせてあるのだ。
先輩の言葉を聞いた高田が、私の手から日菜乃先輩の上履きを奪い取って、インソールに書いてある名前を確認した。
「これ陸上部の渡辺の上履きだよな?」
「そうですけど、何か?」
さっきから理不尽な事ばかり言う高田に、さすがに私も不機嫌になってきた。
「嫌いな先輩の私物を捨てて嫌がらせか?」
は?何言ってんの?
上履き捨ててたのはこいつらで、私が止めに入ったんだよ!
「この上履きはこいつらが・・・。」
そこまで言って、私は口をつぐんだ。
日菜乃先輩がイジメを受けてるって私が言って、先輩の迷惑にならないだろうか?
私だったら、そんな事みんなにバレたくない。
「顧問の先生に言っておくが、素行の悪い生徒は対外試合に出場させるわけにはいかない。」
「ちょっと、待ってください!」
高田の言葉に私の目の前は真っ暗になった。
どうしよう、対外試合禁止になったら、陸上部の皆に迷惑をかけてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます