第91話 冷たい雨のその先に(2)
雲一つない透き通るような青空の下、僕は日曜日の学校に来ていた。
今日はインターハイ予選に向けたサッカー部の練習試合が開催されている。
「晃、遅い。もう始まっちゃってるよ!」
自転車で校門を通ると、どこかで僕を監視をしていたんじゃないかと思うぐらいのタイミングで優愛が声をかけてきた。
優愛の横には、両手をメガホンのようにして声を張り上げている勇斗の姿があった。。
キックオフしてからそれほど時間は経ってはいないはずであるが、すでに応援はヒートアップしているらしい。
「おぉ、晃。やっと来たか。」
自転車置場に自転車を停めた僕は、ゴールネット裏に陣取ったふたりの横に並ぶようにして立った。
「どんな感じ?」
「あんまり良くないな。大和が執拗にマークされて、ボールがうまく運べてない。」
コートに目をやると、勇斗の言うように大和をチェックしている選手がふたりいるのが確認できた。
「でもさ、大和にマークがふたりついてるなら、誰かがフリーになるってことじゃない?」
確かに優愛の言うことも一理あるが、相手チームもお互いにフォローし合いながらプレスをかけてきているようだ。
「大和くーん、頑張ってー!」
右サイドバック付近、つまり大和のポジションの近くで黄色い声を上げたのは、大和親衛隊の面々だった。
「きゃー!大和君がこっち向いたよ。」
大和が視線を送った事がよほど嬉しかったのだろう。親衛隊の3人は手を取り合って喜んだ。
「大和のあの表情、絶対に煩わしいって思ってるよね。」
「だろうな。邪険に扱わない所があいつの凄いところだよ。」
優愛と勇斗の意見に、僕も激しく同意する。
「そういえば、日菜乃は来てないのか?」
確か優愛の話では、日菜乃も誘うようなことを言っていたはずだが。
「日菜乃は、あそこ。」
優愛の指差した方向に目をやると、陸上部のトラックをひとりで走っている日菜乃の姿があった。
「日菜乃、今日は自主練するんだって。素直じゃないよね〜、こっち来て一緒に応援すればいいのにね。」
確かにチラチラとサッカーの試合を見ながら走っていては、練習の成果が出るようには思えない。
「そういえばさ。」
勇斗が急に声のトーンを落として話しかけてきた。
「大和と日菜乃って、最近一緒にいなくね?ケンカでもしてるんかな?」
言われてみれば、ふたりが一緒にいる姿を最近見ていないような気がする。
「あのふたりが?それは無い無い。ふたりとも気遣い魔だからケンカとかしないって。」
優愛が呆れ顔で勇斗の声を否定した。
「あ!大和にボールが渡ったよ!」
「マジ?!大和、行けー!」
この試合、初めて前を向いてボールをもらった大和は、俊足を活かして右後方からドリブルで一気に相手陣地を走り抜ける。
「相馬、頼んだ。」
ライン際でひとり抜いた大和は、同じく上がっていたミッドフィルダーの相馬君にパスを出すと、さらに加速してゴール前に進路を変えた。
「おぉ!大和すげー。ぶっちぎりだ!」
勇斗が一際大きな歓声を上げた。
いつもは物静かな奴であるが、大和という男は何かをやってくれるのではないかと、無性に期待させる。
「決めろよ、大和!」
相馬君から、ゴール前に絶妙なパス放たれた。
ボールは綺麗な放物線を描き、ゴール前に位置する大和に吸い込まれるかのように進む。
「ナイス!」
大和が跳んだ。
持ち前の運動能力を活かした、打点の高いヘディングシュートだ。
「これで、1点!」
誰もがゴールネットを揺らす事を信じて疑わなかった次の瞬間、僕たちは信じられない事を目の当たりにする。
強引にボールを取りに行ったゴールキーパーと大和が空中で接触し、もつれるようにして倒れ込んだのだ。
短い悲鳴を上げて優愛が目を逸らした。
「タンカ持って来い!いや、救急車だ!救急車急げ!」
駆け寄った顧問の先生の焦った声が、非常事態であることを物語っていた。
左足を押さえ、倒れたまま起き上がることができずにいる大和。
グランドの向こう側では、足を止め心配そうにサッカーコートに目を向ける日菜乃の姿があった。
「大和君、大丈夫?」
そんな中、大和に駆け寄ったのは大和親衛隊の3人だ。
「何だあいつら、コートの中まで入ってきて!」
今までの親衛隊への不満に、目の前で起こった事故の焦りが加わったのだろう。勇斗が珍しく苛立ちを露わにし、持っていたお茶のペットボトルを握りしめた。
「私達が付いてるからね。」
そう言ったのは、山崎千里。
「そうだよ。大和君、頑張ってね。」
さらに、三浦玲奈が山崎千里の後に続いて大和に声をかけた。
親衛隊に対する僕の嫌悪感のせいもあるのだろうが、彼女達3人の言葉はとても薄っぺらく、まるで下手な役者がドラマか何かの役を演じているようにしか感じられない。
「君たち、邪魔だからコートから出て!」
「え〜?でもこんなに痛がってるじゃないですか?」
顧問の先生が親衛隊にコートから出るように指示したが、3人は全く動く素振りを見せず、それどころか大和の肩を揺するようにして声をかけ始めた。
「まて、頭を打ってるかもしれないから動かすんじゃない!」
先生に引き剥がされるように大和から離された親衛隊が、悪態をつきなら立ち上がり、非難の眼差しを先生に向けた。
程なくして、救急車がサイレンを鳴らして校庭に入ってきた。
コートの向こう側では日菜乃が真っ青な顔をして立ち尽くしていた。
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