第77話 幕間 〜 一ノ瀬瑞希
勇斗君と大和君、そして優愛ちゃんが帰った後、私と晃君はふたりで英語の勉強を再開していた。
さっき晃君に握られた手を、テーブルの下で軽くさする。
そんな訳ないと分かってはいるけど、晃君が触れた部分に彼の温もりが残っているように思えた。
「過去完了は、ある時点まで継続していた行為や経験を表すんだけど、日本語には無い言い回しだから難しいよね。」
晃君の英語力は笑っちゃうほど低い。
他の科目はそこそこできるんだから、勉強の仕方が下手なんだろうな。
私は例題を解いている晃君の顔を盗み見た。
晃君は、大和君みたいに格好良くないし、勇斗君みたいに面白くもない。
突出した特技もないし、勉強ができるわけでない。
良く言って「普通」、悪く言うと・・・やっぱり「普通」。
「・・・温かい雰囲気が、落ち着くんだよね。」
おっとイケない。思わず声に出てた。
「これで合ってる?」
幸い私の言葉は晃君には聞こえていなかったようで、晃君は何事もなかったかのように、問題を解いたノートを私に見せてきた。
時計の針はそろそろ17時を指そうとしている。
私は隣の椅子の上に置いた自分のバッグを見て、帰る前に晃君に返さなければならない物があることを思い出して頭が痛くなった。
何で私は優愛ちゃんから渡されたものを、受け取っちゃったんだろう。しかも咄嗟のこととはいえ自分のバッグに隠しちゃうし・・・。
私のバッグに入っているもの。それは思春期の男の子ならば、誰もが持っていると思われる雑誌。
え〜と、なんていうか。
アレよ、アレ!
・・・少し卑猥なグラビア誌。
ぶっちゃけて言うわ。エロ本よ。
「随分と英語が分かってきた気がする。ホント瑞希がいてくれて助かったよ。」
そんな爽やかな笑顔で、お礼なんか言わないで。
なにしろ私は現在、爽やかさとは無縁の問題に直面してるんだから。
私はバッグを少し開いて、中の雑誌をチラリと横目で確認した。いっその事、夢なら良かったのに、確かに雑誌はバッグの中に存在してる。
しかも私の勘違いかもしれないけど、表紙の子って何だか私に似てない?
そう思った私は、首を振って自分の考えを否定した。
ダメよ瑞希!
変な詮索はダメ!
晃君がどんな性癖があっても、私には関係ないんだから。
「晃君に渡すものがあるんだけどね。」
意を決した私はバッグの中から雑誌を取り出して、裏表紙を上にして、テーブルの上にそっと置いた。
晃君は何を差し出されたのか分かっていないのか、私の行動を見てキョトンとしている。
「わ、私は良いと思うよ。こういうのはしょうがない事だし。」
晃君の表情が固まり、心なしか血の気が引いたように見える。
私なりにフォローをしたつもりだったけど、まさかの大失敗だ。
「持って帰って、無かった事にしちゃおうかとも思ったんだけど、もしかしたら今夜困るかななんて思って・・・。」
って、何言ってるのよ私!
これじゃ、晃君が今夜この雑誌を使うと思ってるって言ってるようなものじゃない?!
「ゴメン、私そろそろ帰るね。」
居ても立ってもいられなくなった私は、無責任にもこの場を後にして、お茶に濁すことにした。
急いでバッグの中に荷物を詰め込み、席を立つ私。
あれ?
スマホにお父さんからメッセージが届いてる。
「クロダイが釣れたから、速水さんに捌いてもらうことになった。今日は速水さんのお宅で夕飯を食べるから、晃君の家で待っているように。」
よりによって、なんで今日なのよ!
お父さんのバカー!
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