第74話 勉強会をしよう(6)
ソファに座った優愛の体が、テレビに映ったキャラクターと一緒に傾いた。
「よっ、はっ・・・ちよっと、この敵が邪魔なんですけど!」
優愛のやっているのは、何年か前に流行ったアクションゲーム『マジック&ドラゴンズ』、通称『マジドラ』のリメイク版だ。
マジドラは剣と魔法の世界に紛れ込んだ主人公が、悪いドラゴンを倒すために旅立つという、とても分かりやすいストーリーのゲーム。
最大4人まで共闘プレイができるため、友達が集まったときに、皆でワイワイ楽しむことができるのがウリだ。
勉強会だと釘を差しておいたのに、勇斗のやつがゲーム機を持参したため、お昼以降はゲーム大会になってしまっていた。
「あー!死んだー!」
使用しているキャラが小さな煙を出しながら画面から消失したのを見た優愛が、ソファの上にコントローラーを投げ出した。
どうやら優愛はあまりゲームが得意ではないらしい。
「ねぇ、晃。おやつとか無いの?」
さっき昼飯食ったばかりだろっ!
「頭を使うとお腹がすくんだよね。」
優愛が昼飯以降そんなに頭を使っていたかはさておき、確かに買ってきたコンビニ弁当では少し足りなかった感じはある。
「晃君、私が持ってきたケーキは?」
瑞希が僕に耳打ちする。
もう少しテスト対策をしてから出そうかと思っていたが、優愛と勇斗はゲームに夢中だし、大和は勝手に淹れたコーヒーを飲みながら読書を始めてしまい、勉強を再開する様子はない。
「じゃあ、これ食べたら勉強だからな。」
おやつがこいつらを動かす良い口実になると思った僕は、冷蔵庫から瑞希の持ってきたケーキの箱を取り出した。
「何なに?ケーキ?」
最初に反応したのは、思った通り優愛だった。
「やった!ボヌールのケーキじゃん。ここのケーキ美味しいんだよね。ありがとー。」
どちらかというと男勝りのところがある優愛でも、流行りの店のチェックを怠らないんだなと、妙な感心をしてしまう。
箱の中に入っていたのは、どれも手のこんだ装飾が施された美味しそうなケーキだった。。
「可愛い〜。」
優愛が目を輝かせながら、箱の中を覗き込む。
「ていうか、これ晃のチョイスじゃないよね?」
怪訝そうな顔をした優愛が顔を上げた。
「瑞希が持ってきてくれたんだ。感謝しろよ。」
「なんだ、晃にお礼言って損しちゃったじゃない。」
意味もなく胸を張って答えた僕に対して、優愛は大きな溜息をついた。
「さすが瑞希ちゃんだよね。どれも美味しそうだし、凄く可愛い。」
確かに箱に入っていたケーキは、男である僕の目から見てもとても可愛いものだった。
「どれにしようかな〜。」
真剣な表情でケーキを選ぶ優愛。
「俺、これにしようっと。」
よせばいいのに、そう言って横からショコラケーキに手を伸ばしたのは勇斗だった。
「ちょっと待って!私が選んでんの!」
案の定、優愛の手が勇斗の手を払う。
「痛ってぇな。どれでも良いだろ?」
「どれでも良いなら、勇斗はあとにして。」
日頃から優愛のことを少し猫っぽいと思ってはいたが、今の状況は自分の餌に手を出され尻尾を太くして威嚇する猫のようにしか見えない。
「大和はどれにするんだ?」
僕はふたりから少し距離をおいて、事の行く末を見守っていた大和に声をかけてみた。
「俺は後で選ぶよ。今、手を出したら勇斗の二の舞になりそうだ。」
大和の言うことはもっともだ。食事中の猛獣の前に手を出す愚か者など勇斗だけで十分だ。
「これにしょうっと!瑞希ちゃん、いただきます。」
散々悩んだ挙げ句に優愛が手に取ったのは、ラズベリーとブルーベリーをふんだんに使ったミックスベリータルトだった。
優愛がケーキを選び終わると、勇斗、大和の順でケーキに手を伸ばす。
勇斗が取ったのは、さっき優愛に邪魔されて取れなかったショコラケーキ。大和が取ったのは苺の入ったシュークリームだ。
「瑞希は何を食べる?」
そう言ってはみたものの、箱の中に残ったケーキはふたつなので、二択となってしまうわけだが。
「私は何でもいいから、晃君が好きな方選びなよ。」
残ったのはスタンダードなショートケーキと、びわを丸ごと使ったタルト。
あまり冒険して「あまり美味しくないケーキでした」なんていうオチは嫌だけど、びわのタルトが凄く気になる。
「じゃあ、びわのタルトをもらおうかな。」
そう言ってタルトに手を伸ばしてから気づいた瑞希の視線。
僕の手・・・いや、びわのタルトをめっちゃ目で追ってないか?
「もしかして、こっちが食べたかった?」
「大丈夫。ショートケーキも好きだし。」
今「ショートケーキも」って言ったよね?
これって確実に「びわのケーキが食べたいけど、ショートケーキも好きだから大丈夫」って事だよね。
「いただきま〜す。」
「おっ、美味いなこれ。」
「へぇ、美味しいケーキ屋ができたんだな。」
そうこうしているうちに、優愛がタルトを頬張り、勇斗がショコラケーキを口に運び、大和がシュークリームに入った苺をつまんで口に入れた。
さすがに、今から交換っていう雰囲気でもないか。
「いただきます。」
ボヌールのタルト生地は少し固めなため、フォークで切り分けるのに苦労する。
「晃、私みたいにかぶりついちゃえば良いんだよ。」
確かにタルト生地ごと持ち上げちゃった方が楽なんだけど、可愛いタルトだから、できれば少し気取って食べたい。
「そういえば、そのタルトって期間限定品じゃない?」
優愛が、ブルーベリーを口に放り込みながら、僕のタルトを指差した。
え?そうなの?
確かにびわの商品がレギューラー化されているとは考えづらい。
「そうそう、春限定のタルトなんだって。優愛ちゃんよく知ってるね。」
「こう見えても、スイーツ女子ですから。」
「スイーツ男子の間違いでは?」
「勇斗、あとで顔貸しな。」
優愛に睨まれる勇斗はほっとくとして・・・期間限定の商品ってことは、今日食べないと来年まで食べられないってことか。
瑞希と目が合った。
「恥ずかしいから、食べてることろあんまり見ないでよ。」
口元を手で隠しながら、瑞希が笑う。
「瑞希、ちょっと食べる?」
少し・・・いや、かなり恥ずかしかったが、期間限定品を僕が取っちゃったのであれば申し訳ないと思い、僕は4つに割ったタルトのひとつをフォークで刺して、瑞希に差し出した。
「え?晃君、何で?」
「き、期間限定品みたいだし、食べてみたいかな?って思って。」
このまま瑞希がフォークを受け取ってくれれば、瑞希もタルトを味見できるし、今更ケーキを交換して変な雰囲気になっちゃうなんてこともないな。
「えっと・・・じゃあ、お言葉に甘えて。」
そう言った瑞希は、右手で髪を耳にかけると僕のフォークに口を近づけた。
あれ?口でいく?
なんだか、僕が「あ〜ん」ってやってるような感じになってるんですけど!
「あ、美味しい。」
瑞希の目が輝いた。
「ホントは食べたかったんだ、びわのタルト。晃君、気づいてくれたんだね。ありがとう。」
笑顔の瑞希とは裏腹に、唖然としている他一同。
「晃、やるなぁ。」
違うんだ大和、フォークを手で受け取ってくれると思ってたんだよ。
「そういうのは、ふたりの時にやれよな。」
僕がそういうことはやらないって分かってるだろ、勇斗。
「瑞希ちゃん、嫌なことは嫌って言わないとダメだよ。」
優愛も僕が強要したように言うな。
ち、違うんだ!そういうつもりで差し出したんじゃないんだ。
みんな、信じてくれ!
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