第73話 幕間 〜 戸田咲希
海沿いの道を、軽く息が上がる程度の速度で走る。
あと数時間もすれば気温が上がり、長距離を走るのは厳しくなってくるだろう。
水平線から離れた朝日はぐんぐん上昇し、私の顔に暖かな日差しを届けてくれる。
今日は波が穏やかだ。
テトラポットに波が当たり、“コポコポ”と独特な音を立てた。
ここから先、岬の灯台までは緩やかな坂道が続く。
私は少しだけ前傾姿勢をとり、走る速度を上げた。
風が頬を凪ぐ。
朝の凛とした空気を直接肌で感じることができるこの時間が好き。
岬の灯台まで、あと100メートル。
私はさらに速度を上げて、坂道を駆け上がった。
顎が上がり呼吸が乱れるのを必死に抑え込みながら、最後の力を振り絞る。
あと10メートル。
「はあ、はあ・・・キツい。随分と、走れなくなってる。」
中2の夏、反発心から陸上を辞めてしまった後は特に運動をしていなかったから、体がなまっているのだろう。
私は灯台へと続く横道に入ると、芝生の上に座り空を見上げた。
顎を伝い胸元に流れていく汗を無造作に拭った私は、そのまま芝生に身を預ける。
「テスト期間中だっていうのに、私はいったい何をやってるんだ?」
当然のことなら、私の独り言に答える者などいない。
テスト期間中は全ての部活は活動禁止。みんなテスト勉強に必死になっている時期だ。
「こんな時期に走るなんて、私もとことん天邪鬼だよね。」
そういえば、担任に早く部活希望用紙を出せって言われてた。
部活が強制でなければ、間違いなく帰宅部を選んでいる。
「ホント、うちの高校の考え方は時代遅れなんだから。」
どうせ入らなきゃならないなら、晃先輩と一緒に家庭科部という選択肢もある。
だんだんと息が整ってきたのを確認した私は、芝生の上に立ち上がり、ストレッチをしながらクールダウンを行った。
心地よい疲労感が逆に清々しい。
「やっぱり、走るの好きだな。」
今更ながら、無駄な意地を張って部活を辞めなければよかったと後悔した。
太陽はいつの間にか随分と高い位置まで登っていた。
「ヤバい。早く帰らなきゃ。」
家に帰ったら口うるさいお姉ちゃんに「テスト勉強はしたの?」とか言われるんだろうな。
少しだけ憂鬱な気分になったけど、以前よりはずっと素直に話を聞けるようになったと思う。
「帰ろうっと。」
帰って最初にやらなきゃならないのは、お姉ちゃんに見つかる前に教科書を開くことね。
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