第72話 勉強会をしよう(5)
階段を下り玄関のドアを開けると、白いカットソーの上に紺のシャツを無造作に羽織ったイケメンが外に立っていた。
僕が履いたら、丈を間違ったようにしか見えないアンクル丈のスリムジーンズも、大和が履くと格好良く見えるから驚きだ。
「よぉ。みんな来てる?」
大和の歯がキラリと光る。
おかしい!
我が家の玄関は南向きに設置されているから朝日は差し込まないはずなのに、何でこんなにも眩しく感じるんだ?!
――バタン。
眩しさのあまり、玄関のドアを閉める僕。
「お、おい。何で閉めんだよ。」
ドアの外側から大和の狼狽えた声が聞こえてきた。
「うちはイケメンはお断りだよ。」
しわがれたお婆さんの様な声で答える。
「いやいや、「セールスお断り」みたいに言われても困るから。」
さすが大和、「イケメン」ってところを否定しない。
仕方がない。
今日は大和の頭脳に頼らなきゃならないところが過分にあるので、これくらいで許してやることにしよう。
「いったい何なんだ?」
モテない男の僻みです。
「晃の家も久しぶりだな。今日、親父さんは?」
「釣りに行ってるって、瑞希が言ってた。」
「じゃあ、騒ぎ放題だな。」
既に騒がしい二人がいるのに、大和までそんな事を言うのはやめてほしい。
「おかしいなあ。絶対、ここに入れるんだ思ったんだけどなぁ。」
「だからパソコンのパスワードが分かれば、全てが解決すんだよ。」
「優愛ちゃん、この辺を開けば出てくると思うよ。」
部屋から聞こえてくる優愛と勇斗の声。今度は瑞希まで一緒になって、お宝探しをしているようだ。
大和が怪訝そうに「何やってんの?」と聞いてきた。
何故そこまでして僕の趣味を暴露したいのかは疑問だが、さすがに勝手に荒らされるのは家主として一言言っておかなければならないな。
「お前ら、何勝手に漁ってんだよ。」
勢いよくドアを開けた僕は、珍しく大きな声を出した。
中にいた3人が、一斉に僕を見る。
数学の教科書を片手に関数の問題を解いている優愛。
スマホの小さな画面で調べ物をしている勇斗。
そして、関数のページを開いて参考書を優愛に見せている瑞希。
・・・。
あ・・・これは、やっちゃったパターンかな?
状況を察した大和が、僕の後ろで必死に笑いを堪えているのが分かる。
仕方ないじゃないか。コイツら前科があるんだから。
「大和、おはよー。」
「遅刻だぞ。」
「大和君、おはよう。」
「ごめんごめん、起きられなくて。」
3人と挨拶を交わす大和。
「で、晃は何しに来たの?」
見事に部屋にいた3人の声がハモる。
「・・・疑って・・・ゴメンナサイ。」
何で僕が悪者になってるんだ?!
おかしいだろ!
おかしいよね?!
いや、別に誰かに同意を求めているわけじゃないんですが、自問せずにはいられなかったんです。
「優愛は相変わらず、数学が分かんないのか?」
僕の疑問などどこ吹く風で、何事もなかったかのように、大和が輪の中に入っていった。
「だって、アルファベットが出てくんだよ。英語じゃないのに。」
「それはギリシャ文字だけどな。」
「そんなの、どうでも良いし。」
もうお手上げとでも言わんばかりに、優愛がテーブルに突っ伏して僕を見た。
そんな子猫が助けを求めるような目をされても、僕にはどうすることもできない。
「関数っていうのは、文字がいくつも出てくるから難しく見えちゃうんだよ。」
そう言った大和は小学生がよく使うような表を書き、xに「1、2、3・・・」と代入した値を書き加えていった。
「つまり、この関数でxとyの関係は・・・。」
さっきまでお手上げ状態だった優愛の表情が、だんだん明るくなってくるのが分かる。
大和は難易度を落としたのではなく、文字を減らすことで優愛の「文字式」に対する苦手意識を軽減さたのだ。
これは常日頃から文字式に触れている理系の人間には、なかなか思いつかない説明と言える。
「じゃあ、こっちは・・・待って、自分で解いてみるから。」
なんと?!
優愛が珍しく、数学の問題を自分で解いているではないか。
この奇怪な光景を共有するといえば、同じ幼馴染である勇斗を置いて他にはいない。
「なぁ、勇斗。優愛が・・・。」
僕は優愛に気づかれないようにして、勇斗の肩に手を伸ばした。
「・・・あぁ、そうか。ここに一レ点が入るのか。」
「漢文はね、ルールさえ覚えれば何とかなると思うんだよね。」
なんと?!
勇斗が珍しく、勉強しているじゃないか。
・・・。
何だか今日の僕は、テンション・・・というかキャラがおかしいことになっている気がする。
僕はちょっと反省し、皆が勉強しているローテーブルを背にして、英語の教科書を開いた。
数学で出てくるアルファベットはすんなり頭に入ってくるのに、どうして英語は頭に入って来ないのだろう。
これは英語が嫌いな人達の永遠のテーマと言えるだろう。
英語の教科書を開いてからそろそろ10分が経過するが、僕の手はノートの上を走ろうとしてくれていなかった。
ヤバい。
さっぱり分からない。
何がヤバいかというと、何が分からないのかが分からないところが、最高にヤバい。
授業中は分かってたと思うんだけど、あれは気のせいだったと言うことだろうか?
これは誰かに教えてもらうしか、選択肢は無さそうだ。
僕はそう思うと椅子の座席を回転させ、ローテーブルで勉強中の皆の様子を伺った。
大和は優愛に付きっきり。
瑞希は・・・勇斗に漢文を教えながら、自分の数学の課題を解いている。
4人とも真剣な表情だ。
とてもじゃないけど声をかけられる雰囲気ではない。
仕方なく僕は本棚から英語の参考書を引っ張り出して目次を開いた。
そこには呪文のような不可解な文字が並んでいた。
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