第71話   幕間 〜 岡部勇斗

 晃の家は高台にあるため、長い坂を登らなければならない。

「きっつ。」

 俺は愛車『岡ちゃん2号』のペダルを踏み込むために、サドルから腰を浮かせた。

 部活に属していない・・・正確には茶道部の幽霊部員である自分の運動不足を今更ながら後悔し、滴り落ちそうになる汗を右手で拭った。

「やっと、着いた。」

 羽織っていたパーカーを脱ぎ、海岸から吹き上がる潮風に身を晒すと吹き出ていた汗が一気に引いていくのが分かった。

 この高台から見る海の景色は、いつ見ても気持ちがいい。

「そろそろ時間だな。」

 腕時計を一瞥し、集合時間が近いことを確認した俺は、愛車『岡ちゃん2号』をゆっくりと発進させた。

 坂を登って少し進めば、瑞希ちゃんの家があり、すぐ隣が晃の家だ。

 同級生が隣に引っ越してくるなんていう、マンガみたいなこの状況は、いつラブコメに発展してもおかしくないと思うのだが、肝心の晃にその気は無いようだ。

 晃の家の門を開け、自転車置き場に『岡ちゃん2号』を並べたとき、俺は玄関の扉の前に佇む人影に気付いた。

 優愛だ。

 どうしたのだろう?

 いつもならチャイムも押さずに、ズカズカ中に入っていくというのに。

「よぉ、何やってんだ?」

 いたずらを見つかった猫のように‘‘ビクッ’’っと肩を縮めた優愛が、ゆっくりと振り返った。

「何だ、勇斗か。」

 小さな溜息をつく優愛の顔は、いつもの笑顔ではない。

「瑞希ちゃんが、いるんだよ。」

 優愛が言いにくそうに呟いた。

「そりゃ、いるだろ?呼んだんだから。」

「そうなんだけどさ・・・。」

 珍しく歯に衣着せぬ言い方ではない。

「瑞希ちゃん、怒ってないかな?バーベキューでの事。」

 なるほどね〜。

 優愛にしては珍しく、気を遣っているって訳だ。

「でも、瑞希ちゃんを誘ったのって優愛だったよな?」

「あれは、その場の勢いというか・・・。」

 つまり何も考えてなかったということか。

「大丈夫なんじゃね?悩むなんて優愛らしくないぞ。」

「はぁ?!私らしくないってどういう事?!」

 せっかく優しい言葉をかけてやったのに睨んでくるなんて、理不尽極まりない。

 しかし、優愛が元気がないというのも張り合いがないので、少し理不尽なぐらいで丁度良いのかもしれない。

「でも・・・そうだね。いつも通り、私らしくでいいよね。」

「そうそう。悩むのは優愛らしくない。」

 俺は優愛の肩を‘‘ポンッ’’と叩いた。

「私らしくって、そこじゃないし!」

 優愛が俺の手を振り払う。

「でも、・・・ありがと。」

 ドアノブに手をかけたまた、優愛が呟くように言った。

「らしくないぞ。」

 俺の言葉に、優愛が「そうだね」と笑い、玄関のドアを勢いよく開けた。

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