勉強会をしよう

第64話 勉強会をしよう(1)

 大体の高校は同じだと思うが、僕の通う高校も例に漏れず、ゴールデンウィークが終わるとすぐに中間試験が始まる。

 今年の春は、瑞希と出会ったり美桜先輩や咲希ちゃんと仲良くなったりして、少し浮かれていた僕は「中間テスト」という単語に少し・・・いや、かなり憂鬱な気分になっていた。

「晃ぁ〜。助けて〜。」

 昼休みのチャイムと同時に、情けない声を出しながら教室に走り込んできたのは幼馴染の優愛だった。

「ちょっと聞いて!文系なのに、数学のテストがあるんだよ!」

 そりゃ、あるだろ。

 僕は心の中でツッコミを入れるが、大人なので口には出さない。

「見てよ、これ。」

 優愛が僕の机に広げたのは、一学期にやったと思われる数学の小テストの数々。

 20点、25点、15点、35点・・・。

 優愛が数学が苦手なのは今に始まったことではないが、よくこんな点数のテストを堂々と他人に見せられるものだ。

「数学なのに、文字が入ってるんだよ。しかも2つ!」

 優愛が指さしたのは、一番点数の悪かったテスト。

 あぁ、恒等式の証明。因数分解をするやつだな。

「大体、数学なんて生活する上で必要?足し算引き算だけできれば良くない?」

 それって、数学ができないやつが大体言う言葉。そして掛け算ぐらいはできてくれ。

 僕の前の席。つまり瑞希の席に後ろ向きに座った優愛が、盛大に僕の机に突っ伏した。

 優愛が僕の教室に来ることは珍しくない。

 そのため、クラスメイトたちも慣れたもので、優愛が瑞希の席に座っていることを不思議に思う人はいない。

「今年も助けてくれるよねっ?ねっ?」

 中学校の3年間、そして高校1年生の1年間の合計4年の間、僕はずっと優愛の数学の面倒を見ている。

 おかげで、僕に数学を教えさせたら、右に出るやつはいないと言われている・・・優愛に。

「神様、仏様、晃様。頼みますよ〜。」

 優愛がわざとらしく両手を合わせて懇願してきた。

「苦手だと思うなら、ちょっとづつ勉強しとけばいいのに。」

 僕もそれほどテスト対策をしているわけではないが、苦手な科目があるのであれば、日頃から教科書をちょっと読むぐらいはしとけばいいんじゃないかなどと思ってしまう。

「分かってんだけどね。部活が忙しくて、勉強する時間がなかなかとれないんだよ。」

 確かに、ほぼ帰宅部である僕と、バスケ部で毎日遅くまで活動している優愛では状況が違うのだろう。

「しょうがない。今回も協力してやるよ。」

「やった!これで何とか赤点が回避できるよ!」

 よっぽど嬉しかったのか、優愛が僕の手を取りブンブンと上下に振った。

 見せてもらった小テストを見る限りでは、僕が教えるのは問題ないように思えるけど、問題は優愛の理解力・・・というか、数学に拒否反応を見せる特異体質だな。

 僕が優愛の小テストを眺めながら赤点回避のプランを考えていると、教室の扉が開き、うなだれた勇斗が入ってきた。

 そういえば、勇斗はさっき国語の先生に呼び出されて、職員室に向かったようだったが。

「晃ぁ〜。助けてくれ〜。」

 僕の机まで歩いてきた勇斗が、突然情けない声を上げた。

「理系なのに、なんで国語のテストがあるんだよ。」

 あれ?

 ちょっと前に誰かさんに言われた言葉にそっくりだな。

「見ろよ、これ。」

 勇斗が僕の机に広げたのは、一学期にやった古文と漢文の小テスト。

 5点、10点、2点、8点・・・。

 もちろん、このテストは100点満点のテスト。

 うわぁ、これは優愛以上にヒドイ。

 職員室に呼び出されるのも頷ける。

「勇斗、マジ?!終わってるねこれは。」

 優愛も信じられないのを見た、という表情をしている。

「古文や漢文なんて生活する上で必要か?ひらがなとカタカナだけ読めりゃ良いだろ?」

 これもさっき誰かさんに言われた言葉と一緒だな。そして漢字は読めてくれ。

「晃、助けてくれるよなっ!なっ!」

 そう言われても、僕も古文や漢文を教えられるほど得意じゃない。

「神様、仏様、晃様。頼みますよ〜。」

 勇斗がわざとらしく両手を合わせて懇願してきた。

「苦手だと思うなら、ちょっとづつ勉強しとけばいいのに。」

 何か優愛との会話の繰り返しになってきたな。

「分かってんだけどよ。部活が忙しくて、勉強する時間がなかなかとれないんだよ。」

 お前は僕と一緒で、ほぼ帰宅部だ。

「私が教えてやっても良いよ。」

 無駄に胸を張って勇斗にそう言ったのは、僕たちのやり取りを眺めていた優愛だった。

「え?優愛が・・・?」

 勇斗があからさまに嫌な顔をした。

「ちょっと待て!何だその態度は?!私、こう見えても古文と漢文は結構得意だよ!」

 確かに優愛は小さい頃から国語だけは得意だった。

 特に作文が得意で、何回かコンクールで入賞していたはずだ。

「3人揃ってどうしたの?」

 そう声をかけてきたのは、購買へ昼食のパンを買いに行っていた瑞希と日菜乃だ。

「あ、瑞希ちゃんゴメン。すぐにどくから。」

「大丈夫、大丈夫。日菜乃ちゃんの席で食べるから。」

 半分腰をを浮かした優愛に、瑞希が急いで声をかけた。

 先日のバーベキューで少しだけすれ違いがあってから、瑞希と優愛はお互いに遠慮している感じが増している。

「中間の勉強するなら、俺も行っていいか?」

 いつの間にか僕の後ろに立っていた大和が、話に割って入ってきた。

「最近部活が忙しくて、ちょっとヤバいんだ。」

 そうは言っても、大和の成績は僕達のグループの中では一番良い。学年全体でみても毎回上位に食い込んでいたはずだ。

「晃の家で勉強会やるんだけど、瑞希ちゃんも来るよね?」

 おい、勇斗。

 いつ僕の家でやると決まった?!

「えっと、日菜乃ちゃんはどうする?」

 優愛に気を使って「行く」と言えないでいるのか、瑞希は日菜乃の意見を聞くことにしたようだ。

 日菜乃は大和ほどではないが、それなりに成績は良い方。

 昨年、優愛と勇斗が赤点を回避できたのは、日菜乃の助力があったからと言っても過言ではないだろう。

 面倒見の良い日菜乃がふたりを見放すとは思えないから、参加と見て間違い無いはずだ。

「えっと・・・。ひとりで勉強したいから、今回はやめとく。」

 予想に反して不参加を告げる日菜乃。

 一瞬、大和の方をチラリと見たのは気のせいだろうか。

「瑞希ちゃんもおいでよ。私に数学を教えてくれると助かるんだけど・・・駄目かなぁ。」

 優愛が瑞希に声をかけた。

 きっと、優愛も仲直りのきっかけを見つけたいと思っているのだろう。

 友達との関係が拗れたときは、時間が経てば経つほど気まずくなっていくもの。

 こういう時にすぐに行動に移せる優愛は、本当に友達思いなのだと再認識させられる。

「じゃあ、今週の土曜日は晃の家に集合な。」

 瑞希が頷くのを確認した勇斗が、家主に断りもなく勝手に日付と場所を決めて宣言した。

 まあ、今更何を言っても、この決定が覆ることはないだろうからいいんだけどね。

 皆が盛り上がる中、日菜乃がひとり寂しそうな笑顔を浮かべていたのが心に引っ掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る