第63話 ドキドキBBQ(9)

 西に傾いた太陽は徐々にオレンジ色にその姿を変え、楽しい時間か終わりに近づいている事を僕達に教えてくれていた。

「晃ぁ〜。炭を片付けるの手伝ってくれ。」

 バーベキュー場に準備された竹箒とチリトリを持ってきた勇斗が、テーブルのゴミを片付けていた僕に声をかけた。

 使用済みの炭を水道横の専用スペースに待っていくのが、このバーベキュー場のルールだ。

「手伝える事ってある?」

 美桜先輩が声をかけてきたが、「こういうのは男の仕事だから」と勇斗がやんわりと断った。

 いつもは面倒くさがりの勇斗だが、こういう時は率先して動くんだなと、長い付き合いながら改めて感心する。

「それでさ、晃・・・。」

 炭を運んでいると、言いにくそうに勇斗が声をかけてきた。

「優愛は・・・大丈夫だったのか?」

 やはり気になっていたのかと思わざるを得ない。いつもはぶっきらぼうな態度をとっているが、勇斗は勇斗で優愛のことを大切に思っているのだ。

 きっと鼻の頭を掻いたのだろう、勇斗の鼻は炭で黒く汚れていた。

 心配するなら自分から話しかければいいのにとも思うが、勇斗の性格を考えたら、それは少し酷な提案かもしれない。

「大丈夫って、何が?」

 勇斗にも少し反省してもらおうと思い、僕はあえて分からないふりをした。

「何がって・・・そりぁ、アレだよ。」

 僕の態度にイライラしたのか、それとも気恥ずかしかったのか、勇斗の言葉の語尾が少しだけ荒い。

 しかし勇斗。熟年夫婦じゃないんだ「アレ」じゃ伝わらないぞ。

「晃、本当は分かってんだろ?」

「さぁ?何のことか、さっぱり。」

 僕は所定の場所に炭を捨てながら、さらにとぼけてみせた。

 白い灰が舞い上がる。

 灰を吸い込んでしまった僕は、もう少し丁寧に捨てるんだったと軽く後悔した。

「分かったよ。後でちゃんと謝っておくから。」

 勇斗は優愛の事になると、途端に素直でなくなる。

 気のおけない間柄だといえば確かにそうなのかもしれないが、それにより優愛を怒らせてしまう事も度々あり、間に挟まれる僕の苦労は耐えない。

「こっちは大体片付いたよ〜。」

 テーブルに戻ると、きれいに整理された荷物の前で瑞希が手を降っていた。

 ゴミもしっかり分別して、受付時に貰ったビニール袋に詰めてあるから、後は帰るだけで大丈夫そうだ。

 準備と後片付けが楽なのが、有料施設の最大の利点だな。

「それじゃ、私達はそろそろ帰るね。」

「今日は誘ってくれてありがとうございました。楽しかったです。」

 美桜先輩と、咲希ちゃんが頭を下げて荷物を手に取った。

「こちらこそ、急に誘ったのに来てくれて嬉しかったです。」

 色々あってあんまり考える余裕は無かったけど、今日は初めて美桜先輩と遊びに来ることができた。

 話すこともできなかった去年と比べると、今日の出来事はすごい進歩だ。

 このまま距離を縮めていけば、二人ででかけたり、あわよくば付き合ったりできるかもしれないと思うのは、甘い考えだろうか?

「じゃあ、優愛。俺たちも帰るぞ。」

 美桜先輩と咲希ちゃんがバス停に向かうのを確認した勇斗が、スポーツバッグを肩にかけた優愛に声をかけた。

 勇斗と優愛は自転車でここまで来たらしい。 

「はあ?何で私があんたなんかと帰らなきゃなんないのよ。」

 悪態をつきながらも、勇斗の後に続く優愛。

 この二人の関係は小学校の時から変わっていない。

 きっとこれからも変わらず、喧嘩をしながらも一緒にいるのだろう。

「さてと、そろそろお父さんを起こして帰らないとね。」

 勇斗と優愛が駐輪場に向かったのを見送った後、瑞希がベンチを振り返り、横になっている正樹さんを見て腰に手を当てた。

 瑞希のそんな姿を見て、僕は失礼にも「お母さんみたいだ」などと思ってしまう。

 そういえば、随分とみんなに馴染んでいるが、瑞希が引っ越してきてからまだ1ヶ月しか経っていない。

 改めて瑞希のコミュニケーション能力の高さに感心する。

「瑞希、さっきはゴメンな。」

 瑞希が不思議そうな顔をして振り返った。

「何が?」

「いや、優愛が変なこと言っちゃったから。」

 僕の言葉を聞いた瑞希が、腰に手を当てた状態のまま大きく溜息をついた。

 何だ?何かいけないことを言ってしまっただろうか?

「優愛ちゃんも謝ってくれたから、気にしてないよ。なんとなく優愛ちゃんの気持ちも分かるし・・・。私も気遣いが足りなかったんだと思う。」

 そこまで言った瑞希が「でもね」と続けた。

「優愛ちゃんについて、晃君が謝るのはちょっと違うと思うな。晃君は走っていった優愛ちゃんを追っていっただけで、何も悪いことはしてないんだから。」

 瑞希の機嫌が悪い気がするのは、気のせいではないだろう。

「いや、ほら、幼馴染が迷惑かけたなって思って。」

 何が間違っていたのか分からず、僕はしどろもどろになってしまった。

「ゴメン。晃君が悪いとか、そういう事が言いたいんじゃなくて。なんていうか・・・。」

 瑞希にも思うところはあるようだが、うまく言葉では言い表せない様子だ。

「さてと、そろそろ帰るか。」

 酔っ払って寝ていた正樹さんが、ベンチから起き上がり、大きく伸びをした。

「お父さん、起きたんだ。いくら起こしても起きないから、みんな帰っちゃったよ。」

 口を尖らせた瑞希が正樹さんに近づく。

 あまり学校では見せない、子供っぽい表情だ。

「そうか、それは悪いことをしたなぁ。」

 右手で頭を掻いて瑞希とやり取りをしている正樹さんに、反省の色は見えない。

「晃君も任せっきりで悪かったね。」

「いえ、色々とありがとうございました。」

 ストレッチをしながら僕の方に近づいてきた正樹さんに、軽く頭を下げる。

「それはそうと、晃君もまだまだだなぁ。」

 僕の肩に手を置いた正樹さんが、僕の耳元でそう囁くと、ニヤリと悪った。

 え?「まだまだ」って何が?

「お父さん、晃君、帰る準備できた?バスが来ちゃうよ。」

 いつの間にかバーベキュー場の入り口まで移動した瑞希が、手を振って「早く来い」と僕たちを急かした。

「じゃあ、晃君。帰ろうか。」

 正樹さんは、中身が空になったクーラーボックスを肩にかけ、上機嫌でバス停へと向かう。

 ちょっと待って。

 正樹さん、「まだまだ」って何のこと?

 僕は答えの出ない疑問を持ったまま、帰りのバスへ乗り込んだ。

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