第62話   幕間 〜 佐々木優愛

 木々の間を抜けると、小さな小川が流れていた。

 小川といっても自然のものではなく、大小様々な石をコンクリートで固めてある、バーベキュー場に併設された人工的なものだ。

「はぁ、何であんなこと言っちゃったんだろう。」

 自分の短気なところが、本当に嫌になる。

「後で瑞希ちゃんに謝らなきゃ。」

 私は小川のほとりに設置された大きめの石に腰をかけると、靴を脱ぎ、水の中に足を入れてみた。

「冷たっ。」

 足をつけるにはまだ冷たすぎる小川の水温が、私の頭を冷やしてくれるように感じた。

「また晃のお母さんが作ったアップルパイが食べたい。」

 晃のお母さんが亡くなってから、そろそろ3年が経過する。

 いつも笑顔で明るく、お菓子作りが大好きな人だった。

 私のことを実の子供のように可愛がってくれて、自分の母親にも話せないようなくだらない悩みをいつも真剣に聞いてくれた。

「何で死んじゃったんだろう。」

 悲しみは風化すると言うけれど、寂しさはいつまでたっても無くならない。

 晃が何でもない態度をとるから、私もそれに合わせているけど、今でもふとした瞬間に涙が溢れそうになることがある。

「もう少し休んだら、皆のところに帰らなきゃ。」

 私はいつの間にか流れていた涙を右手の甲で拭い、空を見上げた。上を向いていなければ、止めどなく涙が溢れてきそうだからだ。

「優愛!」

 突然、後ろから声をかけられて、私は反射的に振り返った。

「泣いて・・・たのか?」

 しまった。涙を拭いてから振り返るべきだった。

「風が強いから、目にゴミが入っちゃって。」

 こんな言い訳じゃ、小学生や勇斗だって騙せない。

「隣、いいか?」

 晃が隣の石に腰掛けた。

「まだ水が冷たいな。」

 二匹のモンシロチョウが踊るように私達の前を通り過ぎ、バーベキュー場の方へと飛んでいった。

 花壇に植えられていたチューリップの密でも吸いに行くのだろうか。

 晃は何も聞かない。

 話さなくても分かる間柄だとは思わないけれど、幼馴染だけが共有することができるこの静かな時間が今は心地よかった。

「瑞希ちゃんに、謝らなきゃ。」

 私は立ち上がり、ポケットからハンカチを出して、足を拭いた。

「そうだな。態度に出さないけど勇斗も心配してんだぞ。」

 そんな事は分かっている。

 きっと何日かすると、バツが悪そうに「ゴメンな」とか言ってくるのだ。

 そしたら私が少し怒ったふりをして、それでおしまい。

 3人の関係は元通り。

「ヤバい。ハンカチ忘れた。」

 振り向くと、晃が濡れた足を見て途方に暮れていた。

 このままでは濡れた足のまま靴下を履くことになるだろう。

「はい。これ使っていいよ。」

 私は自分のハンカチを晃に手渡した。

「ちゃんと洗ってから返してよね。」

 少し西に傾いた太陽が、私の顔を優しく照らした。

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