第55話 ドキドキBBQ(5)

 パチパチという薪の爆ぜる音が食欲をそそる。

 正確に言うと、火起こしに戸惑ったせいで極限までお腹がすいてしまっており、食事を連想するものであれば、それが例えバーベキューに関係ない物だとしても僕の胃袋は大合唱を始めることだろう。

「まだー?!お腹すいたよー!」

 テーブルセットに腰掛けた優愛の腹減ったアピールがさっきから凄い。

 『働かざる者食うべからず』と言って突っぱねてしまいたいが、優愛は優愛で自分に任された食材の下ごしらえという仕事を既に完了していた。

 瑞希と一緒に準備をしていたということを差し引いても、優愛の手際の良さを認めないわけにはいかないだろう。

 優愛はつい先日まで、料理など全く興味が無さそうだったのに、これはどういう心境の変化だろうか。

「もうちょっとだから、少し待ってろ!」

 勇斗が火吹き棒で息を吹きかけながら乱暴に言い放った。

 息を吹きかけるたびに、薪から火の粉が舞う。素人目には薪に火が十分点いているようにみえるが、まだ食材を焼き始めてはいけないのだろうか。勇斗のこだわりはたまにわからない時がある。

「へぇ、こうやって火を点けるんですね。私、バーベキューって初めてなんですよ。」

 視界の端にキャップの鍔が見えたので、右側に視線を向けると、僕の肩越しに咲希ちゃんが顔を覗かせてたところだった。

 あまりの顔の近さに、自分が少し動揺しているのが分かる。

 ほのかに漂う柑橘系の香りは、シャンプーの匂いだろうか・・・お洒落な咲希ちゃんのことだから、香水という可能性もある。

 きめ細かな白い肌にかかる明るめの茶髪。その奥に見えるのは、少し気の強そうな雰囲気を醸し出している大きな目。

 すっと通った鼻筋に、少し薄めの唇。

 10人に聞いたら9人は美少女と答えると答えるぐらい、咲希ちゃんは整った顔立ちをしている。

 今更ながら、咲希ちゃんの可愛さを再認識する。

「咲希ちゃん、火の粉が飛ぶから、あんまり顔を近づけると危ないよ。」

 優愛に対する態度とは打って変わって、優しい口調で咲希ちゃんに声をかける勇斗。

 ちなみに本日の勇斗の狙いは咲希ちゃんらしい。

「勇斗〜、まだぁ?」

「もうちょっとだから、待っとれ!」

 バーベキュー場に設置されているテーブルセットのベンチに座り、足をバタつかせている優愛の態度が勇斗を逆撫でした。

 ちなみにさっき大活躍だった一ノ瀬さんは、優愛の正面に座ったままテーブルに突っ伏して夢の中だ。

「勇斗君って、凄く器用だよね。」

 いつの間にか僕の後ろに移動してきた瑞希が、勇斗の手元を興味深そうに覗き込む。

「ふたりとも喉乾いたでしょ?烏龍茶で良い?」

 瑞希の両手には、冷えた烏龍茶の入ったコップが握られていた。

 どうやら瑞希は、火起こしを頑張っている僕らに飲み物の差し入れに来てくれたようだ。

 こういうちょっとした気遣いができるところが、さすかは瑞希だと思わざるを得ない。

「おっ、瑞希ちゃんありがとー。」

「勇斗君、頑張ってるもんね。晃君は座ってるだけだけど。」

 前言撤回。

 瑞希の事なんか二度と褒めてやんない。

 勇斗が受け取った烏龍茶を一気に飲み干して、紙コップを竈に投げ込んだ。

 一瞬、炎が生き物のように大きくうねり紙コップを飲み込んだが、すぐに何事もなかったかのように落ち着き、小さな炎へと戻っていった。

「そろそろ、お肉焼いても大丈夫?」

 竈の反対側から顔を覗かせたのは、美桜先輩だった。

 本日、最初の美桜先輩との接近に僕のテンションが上がる。

 部活で見せる美桜先輩の凛とした表情も良いけど、プライベートの時の優しい微笑みも良い!

 艷やかな黒髪、大きな目、落ち着いた声と物腰柔らかな雰囲気。

 超どストライク!

 美桜先輩で白飯三杯はいける。

 ・・・白飯三杯は、意味がわからないか。

「そうですね。そろそろ良いかもしれないですね。」

 細く割った薪を追加しながら、勇斗が答えた。

 美桜先輩が興味深そうに僕の正面で屈み、火の状態を覗き込む。

 グレーのカーディガンの中に着た白いTシャツの首元が、少しだけ開いているのが目に入った。

 こ、これは・・・。

 何食わぬ顔をして少しだけ立ち上がれば、Tシャツの中を覗けてしまうのではないか?!

 幸い皆は火加減に夢中で、僕の行動を気にしている人などいない。足が疲れたフリをして、ちょっとだけ立ち上がれば誰にもバレないはずだ。

 いやダメだ!

 美桜先輩に対して、そんな不誠実な行動など取れるわけないだろう。

 まずは僕自身が清廉潔白な人間だと知ってもらわなければ、美桜先輩に対する恋など実るわけがない。

 でも、こんなチャンスは二度と訪れない。ちょっとだけなら・・・。

 ダメだダメだ!リスクがでかすぎる。

 失敗したら、二度と口を聞いてもらえない事態になりかねないぞ。

 僕の中でふたつの気持ちがぶつかり、しのぎを削る。

 しかし、そんな状態であっても、僕の視線は美桜先輩の胸元に釘付けだ。

 そうだ!あと数センチ美桜先輩が屈んでくれれば、それは不可抗力。僕が覗いたことにはならない。

 屈め〜。

 屈め〜。

 僕は必死に美桜先輩に念を送る。

「晃く〜ん、どこ見てんのかなぁ?」

 瑞希、うるさい!黙ってろ!

「晃く〜ん。」

 はっ!

 僕はいったい何をしているんだ?!

 胸元を抑え、慌てて上体を起こす美桜先輩。

 瑞希の声で我に返った僕が周りを見回すと、冷ややかな皆の視線が僕に突き刺さっていた。

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