第53話 ドキドキBBQ(4)
空は高く、どこまでも青かった。
雲ひとつない水平線から、心地よい風が峠に向かって吹き上がってくる。
「晃、春風が気持ちいいな。」
風に靡くはずもない短髪を手で抑えて、勇斗が満面の笑みを浮かべた。
その笑顔はどこか卓越していて、悟りを開いた高僧のようであった。
はっきり言って気持ち悪い事この上ない。
「そうだな、勇斗。こんな日に外で食べる食事は格別だろうな。」
しかし、今の僕も勇斗と同じ表情をしている事だろう。
無の境地とは素晴らしい。自然と僕から欲という雑念が消え失せていく。
人というものは欲を捨てることによって、本当の幸せを手に入れることができる存在なのだということを、僕らは今実感していた。
テーブルから一番近い竈に薪を格子状に並べ、僕と勇斗はお互いを称えながら着々と火を点ける準備を整えていった。
「勇斗は何が食べたいんだ?」
「そうだな。こんな日にはピーマンが美味しそうだ。晃はどうだ?」
「僕は、焼いて甘くなった玉ねぎを早く頬張りたいよ。」
「はっはっはっは。」
「はっはっはっは。」
いやぁ、幸せだなぁ。
僕達がそう言った直後、僕達の顔の間を優愛の投げたトングが唸りを上げながら飛び、遥か遠くの芝生に落ちた。
「優愛ちゃん、危ないから投げたらダメだよ。」
眉間にくっきりと血管を浮かべた優愛を、瑞希が必死になだめている。
瑞希、できることなら優愛がトングを投げる前に止めてほしかったよ。
「あんた達、くだらない小芝居なんてやってないで、何とか肉を調達できないか考えなさいよ!」
雑念だらけの優愛が肉への欲望に負け、僕と勇斗に謂れのない文句を付けてきた。
後が怖いので、優愛の事を「お腹を空かせたライオンのようだ」と思ってしまったことは、黙っていたほうが良さそうだ。
「お前、腹を空かせたライオンみたいになってるぞ。」
勇斗!せっかく僕が飲み込んだ言葉を言うんじゃない!
「と、晃が言ってた。」
・・・へ?
友の突然の裏切り。
窮地に立たされる主人公。
僕はこの困難をどのようにして乗り越えていくのか?!
「へ〜、晃もそういう事言うんだ。」
優愛が凄んできた。
やばい。厨二病のようなことを考えている場合じゃないらしい。
「勇斗、何言ってるんだ!僕は思っただけで口に出してはいない!」
僕は必死に優愛に弁明を・・・あれ?もしかして余計な事を言ったかも。
「思ったんなら同罪!っていうか晃は美桜先輩たちに連絡取って、肉を買ってきてもらって!」
なるほど!その手があったか!
優愛の言葉で、まだ肉にありつける可能性を見出した僕は、凄腕のガンマンもビックリな速度でポケットからスマホを取り出した。
ピローン。
ちょうどその時、僕のスマホが軽いバイブレーションの振動とともにメッセージの着信音が鳴った。
「美桜先輩からだ。」
みんなの視線が僕に集まる。
「・・・今、到着したって。」
キャンプ場の入り口に視線を移すと、確かに見知ったふたりの顔を確認することができた。
ふっ、これで肉なしバーベキュー決定だな。
先程の悟りの境地はどこへやら、肉が食べられるかもしれないと期待を持ってしまった僕の頭の中は、すでに雑念に支配されていた。
「まだよ!先輩たちが大量の肉を持ってきてるかもしれないじゃない。」
優愛の目は期待に満ちている。
「優愛ちゃん、さすがに7人分のお肉は持ってきてはいないと思うな。」
僕も瑞希の言うとおりだと思う。
「こんにちは~。遅れてすいません。」
「晃先輩、今日は大事なコートを着てないんですね。」
「美桜先輩、咲希ちゃん、おはようございます。これから始めるところだから、全然大丈夫ですよ。」
僕は咲希ちゃんの言葉を、聞こえなかったフリをしてやり過ごすことにした。
スキニージーンズにゆったりとしたグレーのカーディガンという女の子らしいコーディネートの美桜先輩に対して、白を基調とした長袖のプリントシャツにオーバーオール、キャップというボーイッシュな服装の咲希ちゃん。
制服のイメージしかない二人の私服姿は、とても新鮮で少しドキドキした。
戸田姉妹が合流して、一気に華やかさが増す僕達。
決して瑞希や優愛が華やかではないというわけではないが、いいかげん見飽きたメンバーであることは否めない。
「戸田先輩、初めまして。私、バスケ部の佐々木優愛です。」
優愛が食い気味に自己紹介をする。
「え、えぇ。宜しくね佐々木さん。」
さすがの美桜先輩も引き気味だ。
「優愛でいいです。ところで、肉持ってきました?」
いきなりそれを聞くか?
最終的には聞かなきゃならないから一緒なんだけど、このタイミングで聞くなんてとても僕にはできない芸当だ。
「みんなで持ち寄るって言ってたから、そんなに多くは無いけど・・・。」
横でクーラーボックスを持っていた咲希ちゃんが、中身を魅せてくれた。
中に入っていたのは、調味液に漬け込んだ肉が入っているタッパーが3つ。
「だめ。これじゃ足りない。」
崩れ落ちる優愛。
「ご、ごめんなさい。あんまり量とか分からなくて。」
焦る美桜先輩と、何となく状況を察した様子の咲希ちゃん。
「ねぇ、晃先輩。食材担当ってちゃんと決めなかったんですか?」
「ま、まぁ。何とかなるかな〜。何て思って・・・。」
「え?え?どういう事?」
美桜先輩はまだ状況が飲み込めていない様子だ。
「はっはっは、君たち面白いね〜。」
声を上げたのはテーブルに陣取って、早くも2本目のビールに手を付けている一ノ瀬さん。
「もう、笑ってないで、お父さんも何か考えてよ。」
既に酔いはじめている一ノ瀬さんに瑞希は少し不満顔だ。
確かに「付いてくるだけでいい」とお願いしたのだから文句は言えないが、できれば大人の知恵を借りたいところではある。
「おーい、こっちこっち。」
そんな一ノ瀬さんが、キャンプ場の入り口に向かって手を振る。
入り口に立っていたのは、駅前のスーパーのロゴが入った大きな買い物袋を下げたひとりの男性。
「お待たせしました。商品の確認をお願いします。」
男性が持ってきたスーパーの買い物袋に入っていたのは、肉、肉、フランクフルト、肉・・・そしてビールとツマミ。
「今はスマホひとつで何でも持ってきてくれる時代だぞ。」
得意気にそう言い、3本目のビールのプルタブを上げる一ノ瀬さん。
・・・ピッチ早くないか?
「おじさん大好き!」
優愛に抱きつかれ、だらしなく鼻の下を伸ばす一ノ瀬さんと、その状況を冷たい目で眺めている瑞希。
きっと今日は帰ってから娘に説教されるパターンだな。一之瀬さん、ご愁傷さまです。
ともあれ、これで食材は揃った。
あとは火を起こせばバーベキュースタートだ。
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