第51話 ドキドキBBQ(3)
菜の花畑が黄色と黄緑に彩られ、峠を吹き抜けるには花々の香りが混ざる季節となった。
ゴールデンウィークを迎えた僕達は、計画通りキャンプ場でバーベキューをするために集合していた。
メンバーは、勇斗、優愛、瑞希、そして戸田姉妹と僕・・・さらに瑞希のお父さん。
瑞希のお父さんに関しては「瑞希が心配だ」とか言ってついてきたわけではなく、このキャンプ場を使うためには保護者の同伴が必要だったからだ。
勇斗が「予約は任せておけ」なんて言うから当てにしていたのに、「やっぱ、保護者がいなくちゃダメらしい」と聞いたときには、本気で峠に埋めてしまいたくなったものだ。
「いやぁ、天気が良くてよかったね。」
一ノ瀬さん、つまり瑞希のお父さんが『岬キャンプ場』と書かれたゲートの前で、大きく伸びをした。
一ノ瀬さんの持っている保冷バッグの中には、お酒に強くもないくせに缶ビールが6本も入っている。
「すいません、わざわざ同伴してもらって。」
僕は一ノ瀬さんに頭を下げた。
「いいの、いいの。僕も娘の友達に会ってみたかったし。」
「お父さん、お願いだから友達の前で酔っ払わないでよ。」
瑞希の言葉に一ノ瀬さんは無反応だ。
右手に下げた保冷バッグを見る限りでは、一ノ瀬さんに「酔っぱらわない」という選択肢は無さそうであるが。
「おーい!晃、瑞希ちゃんこっち〜。」
フリースペースの奥に設置されている竈門の近くで勇斗が僕らを手招きしている。
一緒にいるのは優愛であろう。ふたりは準備があるから早めに行くと言っていた。
岬キャンプ場は、7〜8グループが入ってしまえばいっぱいになってしまうほど小さなキャンプ場だ。
その分、アットホームで温かみがあるキャンプ場であるとホームページに掲載されていた。
真ん中に水道が設置された炊事場があり、炊事場を挟むようにて2か所竈門スペースが設置されている。
それぞれの竈門スペースには4つの竈門があるため、一気に8グループが調理可能ということになる。
「良いところ取ったな。」
勇斗のいる場所は、フリースペースの中でも岬側に位置し、後方に目を向ければ海を一望できるロケーションだ。
「ま、俺にかかれば、このくらい朝飯前さ。」
勇斗がここぞとばかりに胸を張る。
「あんた、私が電話しなきゃ完全に寝坊だったでしょうが。」
優愛が眉間を抑えて溜息をついた。
「おっ、良いね夫婦漫才。」
一ノ瀬さんはキャンプ場に設置されたベンチに腰掛け、早速ビールのプルタブを立ながら勇斗と優愛に声をかけた。
「一ノ瀬さん、おはようございます。今日は急に同伴をお願いしてすみませんでした。ほら、勇斗も挨拶して。」
「そ、そうだな。はじめまして、岡部勇斗です。今日はありがとうございました。」
「いいの、いいの。外で飲むビールは美味いし、僕も楽しませてもらうから。」
そう言って一ノ瀬さんはビールを口に含んだ。
「もう、本当にお酒はほどほどにしてよね、お父さん。」
一ノ瀬さんは酒癖が悪いと言っても、もともと陽気な性格が更に陽気になるといった類のものなので、傍から見ている分にはそれほど被害を被ることはない。
しかし、ひとたび矛先がこちらに向くと、何に巻き込まれるか検討もつかないといった恐怖がある。
それが家族となれば余計であろう。
例えば「子供の頃の失敗談」などを話されでもしたら、内容によっては恥ずかしすぎて登校拒否になってしまうかもしれない。
今日の瑞希に心配事が尽きるということは無さそうだ。
「そうだ。美桜先輩達は少し遅れてくるから、先に始めちゃってってメッセージが来てたぞ。」
僕はバスの中で受信した美桜先輩のメッセージの内容を、勇斗たちに伝えた。
「オッケー。じゃあ持ってきた食材をテーブルに出そうぜ。」
今回のバーベキューは、それぞれが持ち寄った食材を食べようということになったので、特別に担当を決めるということはしなかった。
「私はねぇ、野菜全般。玉ねぎ、エリンギ、人参、それととうもろこし!あとは、すぐに食べられるように野菜スティック。」
優愛が楽しそうに色とりどりの野菜を並べていった。バーベキューは肉に偏りがちな傾向にあるので、こういった食材のチョイスはありがたい。
「私はデザートを作ってきたよ。ティラミスとシュークリーム、あとはアップルパイ。」
瑞希は手作りスイーツか。どれも可愛く仕上がっていて、瑞希の女子力の高さが伺える。
「僕は飲み物全般。ソフトドリンクとお茶、あと氷かな。ちなみにビールは一ノ瀬さんが勝手に持ってきた物です。」
僕は父さんから借りたクーラーボックスを開けてみせた。
「勇斗は何を持ってきたんだ?」
勇斗の持っている袋はやけに大きいので、嫌でも期待が膨らんでしまう。
「俺か?主食が無くっちゃ始まらないから、飯盒と米だろ、それにカップ麺とお菓子。」
お菓子が主食に入るかはさて置き、勇斗にしてはなかなかのチョイスだ。自然の中であえてカップ麺を啜るってのも、ひとつの楽しみかもしれない。
「4人いてひとりも食材がかぶらないのって、俺ら凄くない?」
「そうだよね、やっぱり気が合うメンツだから?・・・あれ?バラバラって事は、むしろ気が合わない?」
「お互いのことが分かってるって事だから、「気が合う」でいいんじゃねぇか?」
勇斗と優愛はお互いを指さして、声を上げて笑った。
何の打ち合わせもしないで持ち寄った食材が全く重ならないなんて、確かに凄いことかもしれない。
「あの〜。」
横で見ていた一ノ瀬さんが、遠慮がちに手を上げた。
とうしたんだろう?トイレかな?
「盛り上がっているところ申し訳ないんだけど。」
トイレなら管理事務所の横だけど。
「肉は?」
・・・。
「しまった!肉がない!」
驚愕の表情を見せる勇斗。
「ちょっと勇斗!バーベキューで肉が無いってどういうこと!?ちゃんと計画立てなさいよ!」
「いや、誰か持ってくると思ってたんだよ。」
「馬鹿じゃないの?!こういうのは綿密に計画を立てて、不備がないようにするのが幹事でしょ?!」
さっきまでの連帯感はどこかにいってしまったようで、勇斗と優愛の言い合いはいつまでも続いていた。
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