第38話 彼女は台風の目(4)
女の子が好きそうな、パステルカラーで彩られた店内。
周りにいる人を見回すが、女子、女子、女子・・・ひとつとんで、また女子。
自分がこの空間では異物であるのではないかと疑った瞬間に、周りの女子から白い目で見られている気がして萎縮してしまう。
「晃先輩、これなんかどうですか?」
試着室のカーテンを開けた咲希ちゃんは、膝丈のスカートを履いて僕の前で一回転してみせた。
夏物の薄い生地でできたフリルのスカートが、ふわりと広がり、咲希ちゃんの健康な太腿をちらりと覗かせる。
僕は目のやり場に困り、おもわず目を逸らせてしまった。
「ちょっと、ちゃんと見てますか?」
咲希ちゃんが口を尖らせてみせた。
「何か買ってもらう約束ですからね。何にしようかなぁ。」
結局、僕達は市内の駅ビルには行かず、少し前にできた郊外のショッピングモールに来ていた。
僕の鞄が学校に置きっぱなしであるため、後で教室まで取りに行く必要があったからだ。
いっその事、財布も教室に置きっぱなしにしていれば、このような状況に陥らなかったのになどと考えてしまう。
「咲希ちゃん、あんまり高いものは・・・。」
僕は試着室の中に向かって声をかけた。
「晃先輩なんですか〜?聞こえませんよ〜。」
中から咲希ちゃんの声が返ってきた。
・・・いや、絶対に聞こえてるでしょ。
「次は鞄を見ても良いですか?」
試着室をから出てきた咲希ちゃんは、そう言うとスタスタと先に行ってしまった。
仕方なくあとに続く僕。これじゃただの従者だな。
「あ、これ可愛い!」
咲希ちゃんが手に取ったのは、ピークシルバーのハンドバッグ。
値段は・・・い、いちまんきゅうせんはっぴゃくえん?
無理無理無理無理!絶対に無理!
「でも、ちょっと大き過ぎるかな。」
首を傾げて鞄を棚に戻す咲希ちゃん。
しかし、胸を撫で下ろすのも束の間、次に咲希ちゃんが手に取ったバッグは27,800円。
あぁ、僕の口から魂が抜け出ていく・・・。
「どうですか?可愛いですか?」
咲希ちゃんが27,800円を・・・いや、淡い赤色のハンドバッグを持ってポーズをとって僕に聞いてきた。
「ソウデスネ、カワイイトオモイマス。」
魂な抜け出た僕に既に感情はない。
「何ですかそれ?ウケるんですけど。」
咲希ちゃんは口に手を当てて楽しそうに笑うと、少し悩んだあとに、このハンドバッグも棚に戻した。
「ところで、晃先輩はどんなバッグが好みですか?」
咲希ちゃんが僕の正面でクルッと回転して、見上げてきた。
「僕?う〜ん、女の子のバッグとかってよく分からないんだよね。」
「違いますよ。晃先輩はどんなバッグが好きなんですか?って聞いたんです。」
あぁ、そういう事か。
「あんまり拘ってないからな。丈夫で軽くて服に合わせやすければ何でもいいかな。」
僕の答えが的外れだったのか、咲希ちゃんはつまらなそうに「ふ〜ん」と言って、小物コーナーに行ってしまった。
小物コーナーには、文房具や日用品といった実用的なものから、アクセサリーや時計、更にはよく分からない置物など幅広いものが置かれていた。
「あ、これ懐かしい。」
咲希ちゃんが手に取ったのは、空色の消しゴムだった。
「これ知ってます?消していくと富士山の形になるんですよ。しかも特価、100円だって。」
もちろん僕もその消しゴムを知っている。小学生の頃、誰が一番綺麗な富士山に仕上がるか競い合ったものだ。
「晃先輩、私これがいいです。」
「え?これでいいの?」
僕は耳を疑った。咲希ちゃんの選んだ商品が、思いのほか安価な物だったからだ。
「ちゃんとプレゼント包装してきて下さいね。」
ニッコリと微笑んで、消しゴムを僕の手の上に置く咲希ちゃん。
消しゴムひとつをラッピングしてもらうってのは、なかなか恥ずかしいものがあるな。
「ありがとうございます!最高の富士山を作って、晃先輩に見せますからね。」
消しゴムを大事そうに鞄に入れる咲希ちゃんは、とても嬉しそうだ。
大人っぽく見えても、中学を卒業したての女の子なんだなと実感する。
「晃先輩、次は灯台に行きませんか?展望室から見る夕日が凄く綺麗なんですよ。」
咲希ちゃんが僕の手を引く。
「あの、咲希ちゃん。ちょっと良いかな?」
いつまでも遊んでばかりはいられない。
僕は意を決して、咲希ちゃんを追ってきた目的を果たそうと声をかけた。。
「さっきの、お姉さんとの喧嘩の事なんだけど。」
咲希ちゃんが僕の手を引く力が、一瞬弱まった。背中を向けている咲希ちゃんの表情は僕からは見えない。
「そんな事は良いじゃないですか。せっかくなんで、もっと遊びましょうよ。」
振り返った咲希ちゃんの表情は、先程と変わらない笑顔だった。
「大事なことだよ。お姉さんに謝りに行こう。」
みるみるうちに咲希ちゃんの表情が曇っていく。
「何ですか、それ?」
咲希ちゃんが乱暴に僕の手を離した。
「晃先輩、喧嘩の原因って知らないですよね?」
大きく溜息をつく咲希ちゃん。
「晃先輩も私が悪いって言うんですね。」
そこまで聞いて、僕は自分が大きな過ちを犯していることに気づいた。
「いつもそう!悪いのは私、正しいのはお姉ちゃん。」
どんどん声が大きくなる咲希ちゃん。
周りの買い物客たちが、「何事か?」とこちらの様子を伺う。
「咲希ちゃん、ちょっと落ち着いて。」
僕は必死に咲希ちゃんを宥める。
「そりゃ、晃先輩はお姉ちゃんの味方ですよね。何しろお姉ちゃんの事が好きなんですから!」
な、なんで咲希ちゃんが、その事を知っているんだ?!
「もういいです!今日は帰ります、どうもありがとうございました!」
そう言い放ち、ショッピングモールを後にする咲希ちゃんを、僕は追いかけることはできなかった。
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