第34話 彼女は台風の目(2)

 お昼どきの学食は戦場だ。

 皆、我先にと食券を出し、昼食を受け取る。

 カウンター付近はごった返し、移動するのでさえ苦労する。

「お前、瑞希ちゃんに何したんだよ。」

 カツカレーを頬張りながら質問してきたのは、僕の正面に座っている大和だ。

 朝の一件以来、瑞希はご機嫌斜めだ。

 教室ではいつも通り笑顔で過ごしているが、僕に話しかけてくる回数は明らかに少なくなっている。

 こういう細かい事に気づくところが、何かと周りに気を使う大和らしいと感心する。

「別に何もしてないんだけどな。」

 トラブル発生の張本人である勇斗は、聞こえないふりをして天ぷらうどんを啜っている。

「何もしてなかったら、あんなに不機嫌にはならないだろう?お前は女心ってもんを分かってないからな。」

 大和は少し呆れ顔だ。

「おーっす!むさ苦しいのが、揃ってんな。」

 後ろから話しかけてきたのは、Aランチを手に持った優愛だった。

「なんだ優愛か。今から昼飯か?」

 勇斗が顔を上げて、優愛に話しかけた。

「相変わらず学食は混んでるね。ここ座っても良い?」

 返事を待たずに僕の隣に座り、手を合わせる優愛。

「何の話してたの?」

「晃が女心を分かってないって話。」

 大和は既にカツカレーを食べ終わり、給茶機で出した麦茶を飲んでいる。

「晃が女心を分かってないってのは、今に始まった話じゃないでしょ?」

「そうなんだけどよ。今度の話はそれだけじゃないんだ。」

 人差し指を‘‘ピッ!’’立てた勇斗が、大和と優愛の会話に割り込んだ。

「俺は見たんだよ。駅前で後輩の女の子と仲良さそうに歩く、晃の姿を。」

 まるで怪談でも話すかのような雰囲気で、勇斗が話しだした。

 大和と優愛も雰囲気にのまれたのか、『マジかっ?!』とか『怖〜い。』とか言っている。

「明るい茶色の髪をした後輩の女の子、晃に付き従うかのように商店街を歩き、遂には薄暗い店内に・・・。」

「きゃ〜〜〜!晃、サイテー!」

 顎のあたりで両手を握り、いわゆる『ぶりっ子のポーズ』で僕を非難する優愛。

 なぜだか勇斗と大和まで同じポーズをとっているから、気持ち悪いことこの上ない。

「ちょっと待て!ゲーセンで絡まれてるところを助けたら、お礼にお茶でもって誘われただけだよ。」

 盛り上がっているところ申し訳ないが、僕の名誉のためだ、ここははっきりと訂正させて頂こう。

「晃が、人助け?」

「絡まれてる女の子を、助けた?」

 勇斗と優愛が、信じられないといった顔で僕を見た。

 なぜだか大和だけは「成長したな、お父さんは嬉しいよ」とでも言いたげな顔で頷いている。

「嘘だね。晃にそんな度胸がある訳ない。」

 今度は優愛がフォークを‘‘ピッ’’と立てて断言する。

「嘘じゃないよ。僕はやるときはやる男だぞ!」

 本当は巻き込まれただけだけど、そんな事は黙っていれば分かるはずない。

「その子ってさ、明るい茶髪のちょっときつそうな顔してたよね。」

 なぜ知っている、勇斗!

「ほら、あの子みたいな。」

 勇斗が、僕の後方を指さした。

 明るい茶色に染めた髪、少しきつめではあるが整った顔立ち、スラッとしたスタイル。

 信じられない事に勇斗が指したのは、戸田咲希本人だった。

「っていうか、あの子は晃が一緒にいた子じゃない?」

「さあ、どうだったかな。」

 僕は勇斗の問にとぼけてみせた。

「ねぇ、そこの1年生!」

 突然、優愛が立ち上がり、咲希ちゃんに声をかけた。

「優愛、やめろよ。迷惑だろ。」

「大丈夫、ちょっと話を聞いてみたいだけ。」

 いつものことであるが、優愛は僕の静止に全く聞く耳を持たない。

「はい、何でしょうか?・・・あれ?晃先輩?」

 怪訝そうな顔でこちらへ来た咲希ちゃんの表情が、僕の顔を見ると綻んだ。

「晃がね、君が絡まれていたところを助けたって言うんだけど、ホント?」

 自己紹介もせずにいきなり質問を投げかける優愛。

 万事休す。僕はウソつき決定だ。

 でも分かってほしい。決して嘘を付きたかったわけじゃない。ただ単に「少しだけ話を盛っておこうかな」って思っちゃっただけなんだ。

 会話を弾ませたかっただけなんだよ、ちょっとだけ自分を良く見せようと思う気持ちは、誰にでもあると思うんだよね。

 咲希ちゃんと目が合った。

 少しだけ意地悪な笑顔を見せる咲希ちゃん。

 あぁ、これは「私、助けられてなんかいません」って言う流れだ。

「晃先輩は・・・。」

 皆が咲希ちゃんの言葉に注目する。

 頼むよ咲希ちゃん。

「私がゲームセンターで絡まれてる時に・・・。」

 次の言葉は何だ?

 僕は‘‘ゴクリ’’と、唾を飲み込んだ。

「助けてくれたんです!」

 よっしゃ!よく言った、咲希ちゃん!

「もう、大学生の人たちの胸ぐらを掴んで「俺の女にちょっかい出すな」とか言って、ホント格好良かったったんですよ。」

 咲希ちゃん、さすがにそれは盛りすぎ。

 でも。これで僕の嘘つき疑惑は晴れたわけだな。安心安心。

 それにしても、さすが美桜先輩の妹だ。

 僕の危機をいち早く察知して、回避してくれるなんて、なんて優秀な姉妹なのであろうか。

 そう思っていたら、携帯にメッセージが届いた。

 送り主は咲希ちゃんだ。

 僕はメッセージアプリを開き、内容を確認した。


 ――せんぱ〜い、話盛りましたね(笑)

 ――ごめんごめん。でも助かったよ。

 ――いいですよ別に。今度、何か奢ってもらいますから♪


 咲希ちゃんはこちらを見て、ニッコリと微笑んだ。

 この嘘は高くついたな・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る