第27話 交錯する想い(6)

 店内に流れるゆったりとしたBGM。

 ダークブラウンを基調とした落ち着いた雰囲気の中、カウンターの中ではバリスタたちが忙しなく業務に携わっている。

 客層は高校生から社会人まで様々。中にはパソコンを持ち込んで仕事をしている人もいる。

 ここはアーケード街に最近できた、シアトル系のアレンジコーヒーを出すチェーン店だ。

 僕はの窓際の席で、後輩の女子と向かい合って座っている。

 全くもって予想外のこの状況。

 既に頭の中は真っ白だ。

 こういうときにどのように対処していけばよいか、などという引き出しは僕の頭の中には存在していない。

「先程は助けて頂いて、ありがとうございました。」

 深々と頭を下げる後輩女子。

 一応「そんな事気にしないで」などと良い人ぶってみたものの、心の中では「「巻き込まれて頂いてありがとう」ではないだろうか?」などと思ってしまう。

「先輩、本当にラテで良かったんですか?季節限定の桜フラペチーノとかでも良かったんですよ?」

 小さなテーブルを挟み、向かい側に座っている彼女が、美味しそうに生クリームのたっぷり乗った桜フラペチーノとやらを口に含む。

 女の子がフラペチーノを頼む姿は見てて可愛らしいと思うが、男子高生が「桜フラペチーノ下さい」とか言ったら周りはドン引きですよ。

 いったい何の罰ゲームですか。

 僕は先程受け取ったラテを口に含んだ。いつも通りの安定した美味しさが口の中に広がる。

 僕の名誉のために言っておくが、僕は何回も「お礼はいらない」と主張した。しかし彼女が「それでは気がすまない」と言って強引に僕を手を引いたから店に入ったのであって、決して下心がある訳ではない。

「すいません、自己紹介がまだでしたね。私は戸田咲希と言います。」

 桜フラペチーノをテーブルに置いてから、姿勢を正して後輩女子は僕に言った。

 ん?戸田?

 現金なもので、「戸田」という名字を聞き、僕はとたんに彼女に対する興味が出てくる。

 いや、落ち着け。

 心の中では小躍りしたい気分であるが、理性的な僕がそれを制止する。

 「戸田」という名字は決して珍しいものではない。

 ここで過度の期待をしてしまうと、違っていたときの落胆が凄い。気をつけなければ。

「えっと、戸田さんって弓道部の・・・。」

 感情を抑えながら、僕は確認する。

「はい。美桜は私の姉です。」

 キターーーーーー!!

 はい!理性的な僕、敗訴!

「何という偶然!何という僥倖!」

「あの、先輩?」

「これを運命と呼ばずに、何を呼ぶのか!」

「あの、声に・・・出てますけど?」

 ・・・。

 ・・・。

「ゴメン、気持ち悪かったね。」

 しまった。嬉しさのあまり本音がダダ漏れになってしまった。

 思わぬところで美桜先輩との接点ができて、どうやら僕は冷静ではいられなくなっているようだ。

「いえ、気持ち悪いのは良いんですけど。」

 良いんかい?!

 心の中でツッコミを入れる僕。

「先輩の名前は、教えてくれないんですか?」

 咲希ちゃんが上目遣いで、僕に聞いてきた。

 雰囲気こそ違うが、咲希ちゃんは美桜先輩の妹。やはり似ているところは多く、その仕草は僕の心を激しく刺激する。

「僕は、速水晃・・・です。」

 急に恥ずかしくなり、僕はそっぽを向いて自分の名前を告げた。

「晃先輩ですね。よろしくお願いします。」

 目を合わせなかったのは少し態度が良くなかったかと思い心配したが、咲希ちゃんはあまり気にした様子もなく、こちらを見ている。

 僕がラテを口に含むと同時に、咲希ちゃんは桜フラペチーノを両手で包むように持つとストローを吸った。彼女のひとつひとつの仕草に、僕は目を奪われてしまう。

 咲希ちゃんと目が合った。

 微笑みながら首を傾げる咲希ちゃん。

 鼓動が早くなるのを感じた。

 美桜先輩に似た容姿で、その仕草は反則だろう。

「晃先輩は・・・。」

 目の前にいるのが美桜先輩だったら、どんなに幸せだろうかと想像せずにはいられない。

「もしかして・・・。」

 美桜先輩とふたりで向かい合ってコーヒーを飲む。いつかはそんな日が来ればいいのに。

「美桜の事が好きなんですか?」

 ――!!

「な、何を言ってるんだよ!」

 咲希ちゃんの言葉で、一気に現実に引き戻された。

「なんとなく、そう思っただけです。」

 咲希ちゃんが微笑みながら、僕の目を覗き込んでくる。

 さっきまで天使の笑顔に見えていた表情が、一気に悪魔のそれに見えてきた。

「ふ〜ん、まあいいです。それじゃ晃先輩、買い物に付き合って下さいね。」

「何で、僕が?!」

 冗談じゃない。このまま一緒にいたら、いつかボロを出すに決まっている。

「へ〜、良いんですか?美桜に色々と言っちゃいますよ。」

 そう言って、席を立つ咲希ちゃん。

 僕に選択の余地は残されていなかった。

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