第25話 交錯する想い(5)

 時刻は3時過ぎ。

 部活をサボり学外に出たものの、真っ直ぐに家に帰るような時間ではない。

 通常であれば、夕飯で食べる弁当やちょっとした食材を帰り道にあるスーパーで買って帰るのだが、今日はそういう気にもなれなかった。

 瑞希を放って部活をサボったのが、気になっているのかもしれない。

 今からでも部活に出れば良いという意見もあるだろうが、これから部活に戻って、瑞希に「私のために戻ってきた」などと誤解されるのも癪に障る。

 学校から市内方面に自転車を走らせれば、10分程度で駅前の商店街に着く。少しだけ気分転換に行ってみようか。

 僕はそう思うと通学路を駅方面に曲がり、自転車を走らせた。

 海沿いにある学校から駅前への道は緩い上り坂だ。

 僕は後ろから追ってくる海風を受けながら、自転車を漕ぐ足に力を入れた。

 海沿いの小さな畑を通り過ぎ、住宅街を抜ければ、駅前通りはすぐそこだ。

 小さいながらも、このあたりでは唯一の繁華街だ。

 一時期は郊外にできたショッピングモールに押されがちであったが、地元の商店の努力により徐々に客足が戻りつつある。

 駅から続くアーケードをゆっくりと自転車で進む。

 角地に建っている牛丼屋のチェーン店から始まり、居酒屋、魚屋、コンビニ、パチンコ、ゲーセンと続く。

 僕は馴染みのゲーセンの前に自転車を停め、軽い足取りで中に入った。

 ゲーセンの入口付近には数台のプリントシールの機械があり、その奥はUFOキャッチャーのコーナーだ。

 僕の目当ては更に奥のアーケードゲームだった。

 勇斗と一緒であればガンシューティングでもやるのだが、あいにく今日は一人で遊びに来ているので、格ゲーでもやって時間を潰そうと思う。

「君、ひとり?どこの学校?」

 プリントシール機のすぐ横に設置されている、ひときわ大きいUFOキャッチャーの前から、その声は聞こえてきた。

 目をやると、数人の男達に声をかけられている一人の女子高生の姿があった。

「何だ、ナンパか。」

 この辺は遊ぶ場所が少ないため、駅前でナンパをされたという話はよく聞く。

 僕は特に気に留めることもなく、奥のアーケードゲームコーナーに足を進めた。

「一人なら俺らと遊びに行かない?車あるし、海辺を走りに行こうよ。」

 相手があきらかに迷惑そうな顔をしている事に気が付かないのか。男達は得意気に自分の話をしている。

「ちょっと、しつこいんですけど。」

 我慢の限界にきたのか。女子高生が語気を強めた。

 よく見たらナンパされてる女子高生の制服は、僕の通っている高校のものじゃないか。

 女子高生と目が合った。

 な、なんだよ。助けないからな。

「良いじゃないか。ちょっと遊びに行くだけだし。」

 男のひとりが、女子高生の手を取る。

「触らないで!」

 振りほどいた手が男の顔に当たった。

「痛ってえな。」 

 周囲の空気が凍りついた。

 やばい、誰かいないか?

 店員は見当たらない。

 警察・・・は、間に合わないか。

 誰でも良いから助けてくれる人は・・・。

 周囲を見回したが、助けようと行動している人は誰もいない。それどころか、さっきまで周りにいた大勢の客は、僕を残してどこかに行ってしまったのだ。

「おい、どうしてくれんだよ。顔に傷ができたぜ。」

 どうするも何も、しつこくナンパしたお前たちのせいじゃないか。

 さすがに男数人に凄まれては反抗もできないのか、威勢の良かった女子高生も下を向いて黙ってしまった。

 仕方ない。ちょっとガラじゃないけど、このまま放っておくわけにもいかないか。

 僕はそう思い、一歩前に出て右手を上げた。

「遅いよー。あんまり待たせるからナンパされちゃったじゃない。」

 声をかけようとした瞬間に逆に声をかけられ、言葉を失う僕。

 いったいどういう状況だ?

 そしてナンパされてた女子高生は僕の方へ駆け寄り、僕の左手に絡みついてきた。

 あきらかに不機嫌になる男達。

「ちょっと取り込み中でな。ちょっと席を外してくれるか?」

 意図せず巻き込まれる僕。

 いや、助け舟は出そうと思ったわけだから、「意図せず」というわけではないか。

 しかし望んでこのような状況に陥ったわけではない。

 助けようなどという気を少しでも出してしまった事に、僕は心底後悔した。

 身長180センチはあろうかという男が、今度は僕に近づき凄んできた。

 やばい。どうすればいい?

 まったくもって回避策が思いつかない。

「喧嘩をするようでしたら、警察を呼びますよ。」

 さすがに騒ぎを聞きつけた店員が、奥から飛んできた。

 た、助かった。

 僕は安堵の溜息を漏らす。

 警察と聞いた瞬間に顔を見合わせ、ゲーセンを後にする男達。

 ムカつくときもあるが、やっぱり警察の存在はありがたいと思う。

「助けるんだったら、もうちょっと早く助けてもらえませんか?」

 しばらくそのまま事の成り行きを見守っていた女子高生が、僕の左手を離しながら信じられない事を言った。

「え?何?これって文句を言われる状況?」

 信じられない言葉に困惑する僕。

「一応、感謝はしていますよ。でも、もうちょっと早く助けてほしかったです。っていうか、結局私が先に声をかけちゃったし。」

 何なんだこいつは。感謝って言葉を間違って解釈していないか?

 僕は改めて、この失礼な女子高生を見た。

 肩まで伸ばした明るめの茶色の髪。

 高すぎず、低すぎず、丁度いい身長。

 発達途中であることが伺える、控えめな胸。

 細いウエストと、小さなおしり。

 切れ長の目。

 すっと通った鼻筋。

 小さめの口。

 ナンパされるだけあって、容姿だけならかなり可愛い部類に入るな。

 あれ?ちょっと待て。

 どこかで会ったことがあるような気がする。

「ちょっと!どこ見てんですか?!」

 不快感を露わにする彼女。

「ゴメンゴメン、どこかで会った事がある気がして。」

 僕は誤解を解こうと、両手を振って他意がないことを示した。

「「どこかで会ったことがある」って、使い古したナンパの常套句ですよ。」

「だからそうじゃないって。」

「まあいいです。じゃあ行きますよ。」

 そう言うと、彼女は僕に手招きして踵を返した。

「行くって、どこへ?」

「一応、助けてもらったみたいなので、何かお礼をします。」

「そんなのいいって!」

 既に外へ出てしまった彼女を追って、僕も急いでゲーセンを後にした。

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