第13話 春は出会いの季節(7)
校舎に終業のチャイムが響いた。
時刻はお昼を少し回ったぐらい。
始業式である本日は授業も無く、この後は新入生向けの部活紹介が講堂で開かれることとなっている。
「じゃあ、晃君。よろしくお願いします。」
おどけた調子で瑞希が僕に頭を下げた。
クラスメイト達からは、「役得だ!」とか「俺と変われ!」などと散々言われたが、当の本人としては面倒なことはさっさと終わりにして帰りたいというのが本音だ。
「それで、どこに連れてってくれるの?」
瑞希が僕の顔を覗き込んだ。思わず僕は視線を逸らす。
不覚にも「髪がいい匂いだ」などと思ってしまった。
「職員室とか、その辺をブラブラと・・・。」
「えー!そんなの詰まんないじゃん。もっと面白い所に連れてってよ。」
「面白い所」って、デートじゃないんだから。
「そうだ!私ね、部活紹介に行きたいんだ。行っても良いでしょ?」
そう言って、僕の手を引っ張る瑞希。
「ちょっ、お前、手を離せよ。」
「早くしないと終わっちゃうよ。」
僕の手を引いた瑞希は、人混みをすり抜けるように廊下に出た。
クラスの皆の視線が集まっているのを感じる。
こ、これは、恥ずかしいぞ。
「晃君は何部に入っているの?」
廊下を走る瑞希は、周りの視線などお構いなしだ。
「僕は、家庭科・・・部。」
心の中で、「幽霊部員だけどね」と付け加える。
母さんが亡くなってから家事全般を引き受けることになり、料理ぐらいはできなければと意気込んで入部した家庭科部。
しかし、女子生徒ばかりという環境が僕に二の足を踏ませ、今となっては見事な幽霊部員が出来上がってしまったという訳だ。
「家庭科部?意外。」
そうでしょうとも。
僕だって自分が家庭科部にいる事が、不思議でしょうがないのだから。
「へぇ、じゃあ料理なんかも得意なんだね。」
「ま、まあな。」
そして、よせばいいのに見栄を張ってしまった。
もうどうとでもなれ、だ。
講堂は4階の端にある。
中央に向かうように扇形に設置された座席は500席あり、一学年まるまる収納することができる大きさだ。
また、座席は階段状になっているためどこからでもステージを見ることができる、ほとんど取り柄のないこの学校唯一の自慢の施設だ。
講堂の扉を開けると、なんとも言えない雰囲気の中、部活紹介が行われていた。
昨年もそうであったが、妙にハイテンションな先輩方と、それを真剣な眼差しで見学する新入生達。
たまに小さな笑い声が聞こえるものの、観客席は基本的には無言である。
これがライブ会場であったのなら、ノリの悪い観客達にステージ上から激が飛ぶところだろう。
「私達は、弓道部で〜す!」
次にステージに姿を現した袴姿の部員たちに、僕の心臓は大きく脈打った。
白い道着に黒い袴。
肩にかけた大きな弓。
長く伸ばした艷やかな黒髪。
凛とした立ち姿。
ステージ中央で部活紹介をするのは、僕の意中の人、戸田美桜だ。
「私達、弓道部は・・・。」
落ち着いているのによく通る声。
いつまでも聞いていられる、心地よい響き。
「最初は難しいですが、的を射た瞬間は・・・。」
突然、勢い良く立ち上がる新入生の姿があった。
明るめの茶色に染めた髪の毛を肩まで伸ばした新入生は、周りの注目を浴びている事を気にもせず、持っていたスポーツバッグを乱暴に肩にかけ、ツカツカと座席後方の扉に歩いてきた。
部活紹介は出入り自由なイベントであるが、部活紹介と部活紹介の間にある入れ替えの時間に入退室するのが普通で、先輩が話している間に席を立つ生徒は少ない。
扉の前に立っていた僕は思わず彼女に道を譲る。
彼女と目が合った。
切れ長の目が少し冷たそうな印象を与えるが、整った顔立ちをした綺麗な子だ。
「ど、どうも。」
「・・・。」
思わず声をかけてしまった僕を一瞥するが、彼女は無言で扉を開け、講堂を後にした。
「何か怖そうな子だったね。」
瑞希が僕に耳打ちする。
「そうだね。たまたま不機嫌なだけだったのかもしれないけど。」
「ああいう子、好きなの?」
「ええっ!」
突然の瑞希の発言に、思わず狼狽し瑞希の方を見た。
か、顔が近い!
耳打ちされてたのだから当然であるが、目の前、文字通り『目と鼻の先』に瑞希の顔があった。
「ご、ごめん。」
急いで顔を逸らす。
講堂が暗くて良かった。
きっと今の僕は耳まで真っ赤になっている事だろう。
「それで?ああいう子が好きなの?」
瑞希の質問はまだ続いていたようだ。
「いや、そういう訳じゃないけど・・・。」
「綺麗な子だったよね。」
確かに綺麗な子だった事は否定しない。
でも僕が好きなのは・・・。
僕はステージ上で話す美桜先輩の方を見た。
「ふ〜ん、晃君はああいう人が好みなんだ。」
視線に気づいたのか、瑞希がニヤニヤしながら僕の顔を覗き込んできた。
瑞希のこういうところ、親父さんにそっくりだなと思う。
「別に美桜先輩が好きってわけじゃなくて、一般的に見てって話だけで・・・。それより瑞希はどうなんだよ。」
「わ、私っ?!」
急に質問を返したからか、思った以上に狼狽える瑞希。
「私は引っ越してきたばかりなんだから、好きな人とかはいるわけないでしょ?」
「どういう人が好みかって聞いたんだけど。」
「それは・・・あ、もうこんな時間だ。次のところ行こうか。特別教室とかも連れてってよ。」
そう言った瑞希は講堂の扉を出て、先に歩いていってしまった。
仕方なく、僕は急いで瑞希の後を追って講堂を後にした。
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