第11話 春は出会いの季節(6)
通い慣れた学校の廊下を歩き、僕は2年1組と書かれた教室の扉を開けた。
2年生は5クラスしかないこの学校では。同級生の顔は皆顔なじみだ。
それでも、学年が上がりクラス替えが行われたという事実は、環境の変化をもたらし、胸躍る気持ちを少なからず感じさせてくれる。
「晃、勇斗、おはよう。また一緒のクラスだな。」
右手を上げ話しかけてきたのは、木村大和だ。
大和とは1年生の時に同じクラスだった。1年生ながらサッカー部でレギュラーをとり、足の速さを活かした右サイドバックからの攻撃に定評がある。
清潔感のある短髪と整った顔立ちは女子に人気があり、去年告白された回数は両手でも足りない数だとか。
しかし、不思議な事に当人は彼女を作る気はないらしく、現在フリーの身の上だ。
「おはよう。また今年1年宜しくね。」
大和の隣にいたのは渡辺日菜乃だ。
日菜乃も大和と同様に1年生のときに同じクラスであった。日菜乃は陸上部で高跳びをやっている。長く伸ばした黒髪を少し右側にずらしてアップにしている姿に心ときめかす男子は少なくないと聞く。
いつもの柔らかな物腰からは想像できない、高跳びしているときの真剣な眼差しも人気のある理由のひとつであろう。俗に言う『ギャップ萌え』ってやつだ。
去年はこの4人に優愛を加えたメンバーで一緒にいる事が多かった。数学が苦手な優愛は文系クラスを選んだ訳だが、ひとりだけ別のクラスというのも少し可哀想な気もする。
「優愛も一緒だったら良かったのにね。」
日菜乃も同じ事を思っていたのか、心底残念そうに僕に言う。
「でも優愛は数学が苦手だから仕方がないよ。」
「そうそう、理系に来てたら今度は一緒に卒業できなくなるかもしれないし。」
勇斗、それは言い過ぎだ。
「まあ、優愛ちゃんとは食堂とか放課後とかに会えるから、こまめに誘ってあげれば良いんじゃない?」
大和が場をまとめた。
「おらー。席につけー。」
前の扉を開けて入ってきたのは、数学教師である高橋先生だ。数学教師とは思えぬほど体格が良く、付いたあだ名がマッスル高橋。
「マジ?マッスルが担任なの?」
「最悪だわ。俺、補習決定。」
高橋先生は悪い先生ではないのだが、テストが難しい事で有名だ。昨年はクラスの半数以上が赤点を取ったテストを作り、学年会議で問題になったほどだ。
ブツブツと文句を言いながらも、大人しく席につくクラスメイト達。
僕も黒板に貼られた席順を確認し、窓際の前から2番目の席へと座った。後ろの方でないのが残念だが、なかなか良い席だと思う。
不思議と僕の前は誰も座っていない。
自分の名前だけ確認してきてしまったので、誰の名前が充てがわれていたかは分からない。
始業式早々に遅刻だろうか?それとも欠席か?
「今日は転校生を紹介する。」
教室がザワつく。
所々から「まじ?」「どんなヤツ?」などと声が聞こえてきた。
「速水君。今日一緒に登校してきた子、転校生?」
後ろから話しかけてきたのは、近藤優。去年は別のクラスだったから話した事は無いが、特に悪い噂もいい噂も聞かない、良くも悪くも普通の生徒だ。
「そうそう。よく見てたね。」
そうか。
理系か文系か聞いていなかったけど、瑞希も同学年という事は同じクラスになる可能性もある訳だ。
というか、ここまで来て先生の言う転校生が瑞希じゃなかったらビックリだ。
「じゃあ、一ノ瀬さん入って。」
先生に言われ前の扉から入ってきたのは、『一ノ瀬瑞希』その人だ。
「瑞希ちゃーん!待ってました!」
勇斗が下手くそな口笛と共に瑞希を歓迎した。
恥ずかしそうに軽く手を振る瑞希。それを見たクラスメイトたちが無責任に囃し立てる。
「お父さんの仕事の関係で、東京の高校から編入してきた一ノ瀬さんだ。」
そう言った高橋先生が、瑞希に目で合図を送った。
「えっと、一ノ瀬瑞希です。宜しくお願いします。」
そう簡単に自己紹介をした瑞希が、軽く会釈をした。
ショートボブにカットした柔らかそうな軽い髪の毛が、風に当たったかのようにふわりと動き、瑞希の額に流れるようにかかった。
前髪を直すような、さりげ無い動作さえも洗練されて見えるのは、瑞希が都会から来たという先入観からだけではないだろう。
「一ノ瀬さんの席は窓際の一番前だ。分からないことは周りの友達に聞くといい。」
案の定、瑞希の席は僕の前だった。
「晃君、よろしくね。」
隣の席の佐藤さんに挨拶した後、瑞希は後ろを向いて僕にも挨拶をした。僕の隣に座る島田さんが、瑞希の僕に対する態度に不思議そうな顔をしていたけど、特に説明するほどのことではないと思い黙っていた。
窓際の席は良い。
先生の話に飽きたら少し視線をずらすだけで、簡単に気分転換ができるからだ。
フェンス沿いに植えられている桜は花を落とし、葉桜になりつつある。
校庭にいるのは新3年生だ。卒業アルバムに使う写真なのか、始業式早々、集合写真を取っている。
僕の視線はひとりの先輩を追い続けていた。
戸田美桜。
春特有の強い風に長い黒髪をなびかせて友達と笑い合う、彼女のそんな日常の姿にさえ僕の胸は強く締め付けられる。
昨年の春、部活紹介の時に姿を見てからずっと、僕は美桜先輩に片思いをしていた。
成績優良、品行方正。
僕が美桜先輩について知っていることと言ったら、あとは今年から弓道部の主将になった事ぐらいだ。
1年間も片思いを続けているのに未だに話しかけることもできず、自転車置き場に行くときに弓道場にいる先輩を横目で見るだけで満足している小心者の自分に嫌気がさす。
「じゃあ速水、あとは頼んだぞ。」
高橋先生がそう締めくくり、ホームルームが終了した。
え?「あとは頼んだ」って何を?
しまった。美桜先輩に見惚れていたせいで、高橋先生の話を全く聞いていなかった。
「じゃ、晃君。よろしくね。」
瑞希が僕の顔を覗き込んできた。
「先生の話をちゃんと聞いてなかったんでしょ。」
視線をそらした僕を見て、瑞希が見事に状況を言い当てた。
「晃君は、今日の放課後に私を連れて、学校案内と部活めぐりをすることになりました。」
「マジ?そんな話聞いてない!」
「そうだね。見事に聞いてなかったみたいだね。」
瑞希が呆れたような表情で僕を見た。
始業式は早く帰れると思っていたのに、面倒な役目を任されたものだ。
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