29

「……」


 ミナの声を頼りに、リヒトは歩く。声が聴こえるのは廊下を一直線に進んだ先だ。


「うわぁあああん……!」

「あっ……!」


 そして。突き当たりの部屋に入った時。

 高い天井と、広々とした空間。部屋の最奥に置かれた、無骨な檻。その中に、泣きじゃくるミナが座り込んでいた。


「み、ミナ……ちゃん、だよね?」

「!? ひっ、ぁ……」


 リヒトに気が付いたミナは驚愕の表情を浮かべ、逃れるように後ろの壁へ背中を擦りつけた。


「だ、大丈夫だよ。僕は何もしない。君のこと、助けに来たんだ」

「うっ、うぅ……!」

「だから、その、脅えなくて大丈夫……だから」


 ミナの反応は変わらない。極力やさしい言葉を掛けているつもりなのだが。


(やっぱり、僕のことが怖いんだ)


 ーー正確には、『リヒトによく似た人間』だろうけれど。リヒトからしてみれば、同じようなものだ。


「と、とにかく……早く出してあげるからね」


 また、さっきのような魔物がいないとも限らない。彼女を助けるのと、皆と合流すること。リヒトは先に彼女を助けることを選んだ。

 特に考えがあったわけではなく、ただ単純に。たった一人で閉じ込められて泣いている少女を、リヒトは放っておけなかった。

 出来るだけ優しく声を掛けながら、リヒトは檻に取り付けられた錠前に触れる。一瞬だけ、指先がピリッと痺れるような感覚。


(魔力が込められてる。これを解くには……)


 専用の鍵を使うか、込められたもの以上の魔力を使って無理やり壊すかの二択が迫られる。瞬時に後者を判断した。


「……」


 目を閉じて、意識を集中する。体内に駆け巡る魔力を、錠前を持つ手に送り。


「ぁ、あ……!」

「?」


 バキン、と錠前が壊れた瞬間。今までとは比べ物にならない程に愕然としているミナの反応を不審に思い、リヒトは目を開けーー。


「ッ!?」


 一瞬、全身の力が抜けたかと思うと。リヒトの背後から、二体の獣の咆哮が上がった。二体の獣は、もつれ合うように転がり、壁に身体を打ち付けた。

 その内の一体は、先ほど四人で倒したものと同型の魔物。そして、


「フェンリルっ!」


 もう一体は、背後から襲われかけたリヒトを守る為に、再び顕現したフェンリルであった。先刻に感じた力の抜ける感覚は、使い魔の顕現の為、魔力を一気に消費した為に起きたものだったのだ。


「ひ、ぁ……あぁ!」

「大丈夫、大丈夫だからね。……少しだけ、待っていて」


 そうミナに笑いかけてから、リヒトは立ち上がる。息が荒い。魔力増幅の杖がない状態、かつ短時間に二度も使い魔を顕現させたことで、かなりの魔力を消費してしまっているのが分かる。


(あまり長くは持たない……!)


 一度で決めるべきだ。リヒトはそう判断し、伸ばした手のひらを、魔物とフェンリルの方へ向ける。

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