26

「もしかしたら……リヒト、そこに手を翳してみてくれる?」

「えっ……は、はい」


 恐る恐る、リヒトが装置へと手を翳すとーーピッ、という音と共に、解錠を示すランプが点灯した。


「……やっぱり。フイはどうしてか分からないけれど、リヒトなら開けられるって気付いてたみたいだね」

「な、なんでですか? 僕が……僕の手でっ」

「リヒトさん……」

「こ、こんなの。おかしいじゃないですか! だって、これじゃ」

「さっき言った通り、このタイプの鍵は正確性に欠けるんだ。ただの偶然で開いた可能性だってあるよ」


 しかし、リヴェルは同時に言っている。ーー魔力の質は、特に血縁者は似通う可能性があると。

 それをリヒトは聞いた上で、この扉を開けてしまった。つまり、


「偶然じゃない可能性の方が……高いってことじゃないですか!」

「それは……」

「つまり、それは、兄さん? 兄さんが、まさか……っ」

「リヒトさん、落ち着いてーー」

「落ち着けるわけないじゃないか!!」


 びくり、とエリシアの肩が震え。リヒトはハッとしたのか、悪くなっていた顔色が更に悪くなる。


「……ごめん……」

「……ううん。私の方こそ、ごめんなさい」

「エリシアさんは悪くないよ。大丈夫……」

「リヒト……」


 リヒトは無理やりなーー貼り付けたような笑顔を浮かべて。


「先を急がなきゃ、ですよね。……僕はもう、大丈夫なので。行きましょう」

「リヒト、無理はしないで良いからね?」

「はい、ありがとうございます……」

「……」


 ルウクは思い出していた。リヒトの『もし兄が『間違い』を犯していたら』、という言葉を。

 それは予感か、不安か。リヒトにとっては、あって欲しくなかっただろう可能性が、今、目の前に突きつけられてしまったのだ。


「……この先に何が有るのかを、見てからだ」

「え……?」

「お前の兄が、何かしたのか、していないのか。……先を見てから、判断するべきだろう」

「……」


 何と言葉をかけていいのか、ルウクには分からなかった。が、分からないままにルウクは声をかけた。それによって、リヒトが余計に辛い思いをするかもしれないと理解していながら。

 しかしーーそれでも。『何か』を、ルウクは言わざるを得なかったのだ。


「そうだね……うん。……そうするよ」


 リヒトはルウクの言葉に、少し傷ついたような顔をして。目を何度も逸らして。そして。ーー少しだけ、笑っていた。



「うん……どう見ても、今でも何かしらの理由で使われてる」


 入ってすぐに、ガラッと空気が変わったのが分かった。埃っぽいものではなく、清浄された、しかしそれ故に人工的な空気感。

 周囲に設置された機械は、いくつかの管で別の機械と繋がれており、僅かに開いた壁の隙間を通ってどこかへと続いている。


「これは……マナストーン?」

「そうだね。魔物の遺骸から出たものと……これは、原石かな」


 マナストーン。その名の通り、マナの塊。様々な魔道具や、この研究所にあるような機械の動力源などに使われている。

 純度の高い原石は貴重で、高値で取引されているがーーここには、非常に多くの原石がケースに保管されていた。


「何の為に、こんな……」

「さすがに分からないな。どこかに手掛かりでもあれば良いんだけど。……まぁ、今はミナちゃんの手掛かりを探すほうが先だけどね」

「そ、そうですよね」


 正直、リヒトは気が気ではないのだろう。落ち着きなく周囲を見回し、常にそわそわしている。


「ーーん?」

「! ……これは」

「えっ?」


 繋がれた管を辿るように歩き続けて、やがて広間のような場所へ出た。地下室でも有るのか、下へと続く階段の傍らに、ぽっかりと空間が空いていた。

 一行が辿っていた管は未だ遠くへ続いているが、そこでルウクとリヴェルはほぼ同時に足を止めた。

 エリシアとリヒトが困惑しつつも、二人が真剣な表情で辺りを警戒しているのに気付き従う。


「嫌な気配だね。もしかしなくても……」

「……」

「みんな。気を付けて!」


 その掛け声と同時。下の空間から、大きな影が飛び上がってーー四人の前に、その姿を現した。

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