24

「……前に、兄さんのことを聞いたよね」

「……?」

「僕に身に覚えがないなら、僕の兄さんが、あの村に何かしたんじゃないかって」

「……ああ」


 膝を抱えるリヒトの姿が、陽炎とともに揺らめいて。どこか、頼りなげに見えた。


「僕に瓜二つの人が、兄さんなのかは分からない。でも、そうじゃないって僕は信じてる。信じたいんだよ」


 でも、と。リヒトは一層声を落として、続けた。


「兄さんは、あの日。……いなくなる前日に、僕に言ったんだ。『ーー出来損ない』。『ーーお前なんか弟じゃない』……って」

「!」


 これだけ兄を慕っているリヒトからの突然の告白に、ルウクは驚きを隠せなかった。優しいと、誰からも言われていたらしいリヒトの兄ノルトが、弟へ最後に言ったことが、そんな言葉だなんて……思いもしなかった。


「あの時の兄さんは、それまで見たことがないほどに……冷たい目をして。声も、とても怖かった。ーー何より、言われたことが全身に突き刺さったみたいだった」


 左耳のイヤリングをぎゅっと握り締め、リヒトは目を閉じる。


「兄さんは凄い魔導士で、大聖堂にも認められた素晴らしい人で、……あの日あの時までは、いつも優しく微笑んでくれた人で。だから、どうしてあんなことを言われたのか、わからなくて……」


 ゆっくりとリヒトは目を開いて。決意に満ちたようなーーしかし、どこか縋りつくような声で続けた。


「兄さんと再会できた時。僕が、もっと立派な魔導士になっていれば。……そうしたら、出来損ないなんて言われないんじゃないかって思った。また、昔みたいに笑ってくれるんじゃないかって」

「……。理解できない」

「え?」

「……いくら肉親でも。そこまで言ってきた奴を、未だに慕っている理由が」

「……そうかな」


 遠くから、夜行性の鳥の鳴き声と、風で木々がざわめく音が聴こえる。自分たちの空間が、まるで世界に取り残されたような感覚がした。孤独感、のような。


「僕にとって、家族は兄さんだけなんだ。……父さんも母さんも、気が付いたらいなくて」

「……物心ついた時には、という意味か」

「多分。僕、昔のことはあまり覚えてないんだ。覚えているのは兄さんとの、いくつかの思い出だけで。ーーだから」


 息を吸って、吐いて。そうして、リヒトはルウクを見据えた。


「だから、僕は兄さんのことを信じたいし、今でも好きだと思えるんだ。……それだけ、なんだよ」

「……」

「はぁ、どうしてこんなことを君に喋っちゃったかな」


 深い溜め息を吐いて、リヒトは空を見上げる。


「……でも、君だって同じじゃない?」

「……?」

「もし、再会したエリシアさんが別人のようになってたら。君はそれまで抱いていた気持ちを捨てられる?」

「…………」


 でしょ、とリヒトは力なく笑って。


「同じだよ」


 長い時間をかけて熟成された感情が、何かを切っ掛けに壊れることは普通にあるだろう。ルウクが、他人への情を捨てようとしたように。

 ーーしかし。リヒトの問いに、ルウクは即答できなかった。それは、エリシアを通して、彼の兄への心情を理解してしまったからなのだろう。


「リヴェルさんが、聖者さまは聖者さまである前に人なんだから、間違いだって犯すかもって言ってたけど……その時、兄さんのことを考えてさ」

「……」

「もし兄さんが『間違い』をしていたら、そうしたら、僕は……」

「……」

「ーーいや、本当に何を話してるんだろう。ごめん、聞かなかったことにして!」


 リヒトはルウクから背を向けて、会話を打ち切る。

 ルウクの側からは、彼が何をしているのかは分からないが。こちらに見せたくない表情をしているのだろう、とは理解できた。


「……ああ」


 だから、それだけ返して。

 ルウクは、先のリヒトがそうしていたように空を仰ぐ。夜空に粉をまぶしたように、小さな星が幾つも煌めいている。それはとても美しく、しかしどこか侘しさも感じられるものだった。

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