23

「あの、さ」


 その日の夜。林の中に、ちょうど野営出来そうなスペースを見つけた一行は、そこで夜を明かすことにした。聖者らの件を確かめる為、聖者の小屋を交代で一晩、見張ることに決めたのだ。

 現在の見張りはルウクとリヒト。しばらくは焚き火を囲みつつ無言であったが、薪のパキッ、という音が耳に響いた時。意を決したように、リヒトが声を上げた。


「その……えっと」

「……」

「覚えてるか、知らないけど……あの時は、その。……ありがとう」

「……あの時? ……ああ」


 彼にお礼を言われるようなことをしたかと考えて、すぐに察した。子供たちに責められていた、あの時のことだろう。


「……別に、お前の為じゃない」


 昔のことを思い出して、無意識に言ってしまっただけだ。それがたまたま、彼を庇う形になっただけのこと。

 冷たい言い方だ。ムッとするだろうと思い、その時ルウクは初めてリヒトの顔を見る。すると、意外にも彼は怒っていなかった。それどころか、微笑んですらいて。ルウクは僅かに目を見張る。


「わかってるよ。エリシアさんの為でしょ?」

「……?」

「あの村の宿屋で僕らが喧嘩して、君が宿屋から出て行った時があったでしょう? その時、エリシアさんが言ってたんだ。『ルウクにも、優しいところがあるんだ』って。『私がイジメられてた時に、助けてくれた』って」

「!」


 そう。思い出したのは、エリシアが虐められていたときのことだった。何人もに寄ってたかって、囲まれて、酷いことを言われて。そうして何も言い返せずに泣いていた、彼女のことを。

 あの村での一件。一人を集団でなじる、その様に。ーーエリシアの件が、重なったのだ。だから、我慢できなかった。つい、ふざけるなと叫んでしまったのだ。……エリシアを守るため、やめろと割って入った時のように。


「だからさ。君に庇われた時、その話を思い出したんだ。最初エリシアさんから聞いただけの時は、正直あまり信じられなかった。もちろん、エリシアさんが嘘を吐く人じゃないのは分かってるけど。……でも、ほら。心情としては、ね」

「……」

「助けて貰っておいて、何も言わないのは駄目だと思うから。だから、ありがとう。それと……」


 ルウクは、焚き火越しにリヒトを見つめる。炎から透かした彼の姿は揺らめいて、何だか落ち着きがないように見えた。


「その、……ごめん。出会ってから、今まで。ちょっと、本当にちょっとだけ、言い過ぎたかな……って」

「……!」

「ぼ、僕、分からないんだ。人との距離っていうか、言っていいことと悪いことの境界線っていうか。うまく会話が成立しないっていうか、何を考えてるのか分からない人とは、どう接したら良いのか分からなくて」


 ルウクは、全く喋らない上に、表情も全く変わらない。その為、どう接したら良いのか分からず、口をつけば嫌味ばかり言っていたらしい。それを聞いて、ルウクは何とも言えない気持ちになる。


(分からないのは、当たり前だ)


 近付くな、関わりたくない。ごく一部以外の他人に対して、そう思いながら接してきたのだ。リヒトの考えも尤もだろうとルウクは思う。


「エリシアさん達にも心配かけちゃうと思うし、これからはもう少し……穏やかに出来るように、なんとかしたいって思うから。だから、その」

「……別に良い」

「えっ?」

「……対応を変える必要はない」

「そ、それって……どういう?」


 ルウクは唾を飲み込み、口をもごもごと動かす。慣れない相手と、今まで微妙な関係だった相手とーーちゃんと話すための、準備運動。


「……問題があったのは、俺の方だ」

「!」

「俺は……ずっと。他人から、距離を置いて。それで良いと、思っていた。これからも、その……つもりだった」


 そう居られなくなったのは、エリシアの旅に着いていくことを決めたから。……そう。本当ならば、その時点でルウクは変わらなければいけなかったのだ。だというのに、ルウクはエリシアと過去に築いていた関係に甘え、出来る限り他の二人と距離を置いていた。境界線を引いていたのだ。

 ーーそれでは、いけないのに。分かっていたのに。


「……このままでは、いずれ必ず支障が出る。……俺も、理解している」


 だから。


「わざわざ、お前だけが……変わる必要は、ない」


 そう言葉を紡ぐと、ルウクは口を閉ざす。自分の気持ちを伝えること。故郷にいた頃は当たり前に出来ていたのに。……他人に心を閉ざすことを良しとしたのは自分だ。身から出た錆だろう、と自嘲した。


「……君って、何ていうか……不器用なんだね」

「……。お前に言われたくない」

「そ、それはそうだけどさ……!」


 ルウクの中で、何かが湧き上がる。それは、どこかくすぐったいような、逸るような、感情。

 それが何かは分からないけれど。しかし、ルウクは思う。ーーエリシア以外の同年代と、最後にまともに話したのは、果たしていつだっただろう、と。

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