19

 その後。ルウクとリヴェルは揃って二人のもとへと帰った。

 すると、待ち受けていたのはエリシアからの再び謝罪。そして、さっきの話は一晩考えてから答えを出すと伝えられた。

 次いで、リヒトからもルウクへの謝罪があった。……若干、不服そうだったが。それでも、『言い過ぎた、ごめん』と。ルウクも、エリシアやリヴェルからの後押しを受け、たどたどしく返して。その話は、一旦お開きになった。



「大変だ!大変だよ!!」


 朝早く。宿屋の入口から騒ぎ声が聴こえたルウク達は、揃って部屋を出る。

 そこにいたのは、宿屋の主人と、数人の大人と、多くの子供達で。皆、衝撃に打ちのめされたような表情で顔を見合わせていた。


「あの……どうかされましたか?」

「あ! あぁ……! いえ……!」

「お前! お前がミナをさらったんだろ!」

「えっ?」


 子供の一人が、リヒトを指差す。と、他の子供達も一斉に騒ぎ出した。


「母さん、あいつが昨日、ミナを連れて行こうとしてたんだよ!」

「そうだ! おれも見たよ!」

「あいつ、前におじさんをイジメてたやつだもん! 絶対そうだ!」

「そうだ!」

「そうだっ!」


 村人の視線がリヒトに突き刺さる。信じられないものを見るような目をしたものもいれば、蔑むような眼差しのものもいる。ーー共通しているのは、リヒトを何らかの犯人として断定していることだろう。


「そ、そんな……ちょっと、ちょっと待って下さい……」

「皆さん、落ち着いて下さいよ。オレ達は巡礼の旅で、昨日ここに初めて来たんですって。話がよく見えませんけど、この場の誰ひとり、何もしていませんよ」

「で、ですが……」


 宥めようとするリヴェルの言葉に、宿屋の主人はリヒトから目を逸らさないまま、躊躇いがちに告げる。


「昨日から、ずっと感じておりました……そこの方は、以前、納金の徴収に来た方とそっくりで……とても別人とは思えず……」

「えっ……そ、それって……」

「……その人物は、もしかすると彼の兄では? 顔立ちはよく似ていますし、金髪碧眼である点も共通しています」

「い、いえ……別人には見えませんでした。確かに、纏っている雰囲気は違いますが……」

「……」

「……一体、何があったのですか?」


 固い表情でリヴェルが問いかけると、宿屋の主人は途切れ途切れに『ミナという少女が、どこにもいない』『同じ部屋で寝ていた兄が、夜中に起きたときにはもういなかった』ことを教えてくれた。

 そしてーーリヒトが容疑者にされていることも。


「ち、ちが……う。違い、ます……!」


 リヒトは愕然とした表情で、それでも。それでも、小さく首を振る。


「僕、本当に……なにも、何も知りません……! この村に来たことも有りませんし、そのミナという子だって、昼間に偶然会ったばかりで」

「さらっていこうとしてたじゃないか!」

「ウソつくな!」

「ウソつきだ! ウソつきは悪い奴なんだぞっ!」

「ちが……そんな……そんな、こと……」


 リヒトの声は震え、碧の瞳は僅かに潤み始めている。人の悪意に満ちた言葉や視線に、今まで晒されたことがないのかもしれない。

 リヴェルは思案するように黙り込み、エリシアは口を開きかけては閉じている。……どうすればいいのか分からないのだろう。


「ぼ、僕は……ぼく、は……。……」


 何も言えなくなったのか、耐えきれなくなったのか。リヒトは俯き、肩を震わせる。……その間も、子供たちの罵倒は続く。ウソつき、ミナを返せ、あいつのせいだ。そしてまたーーウソつき、と。


「お母さん! はやく、ミナの居場所をあいつに言わせようよ! そうしなきゃ」

「ーーいい加減にしろ!!」

「……え?」


 突然あたりに響いた、叫び声に近いそれはーールウクの口から放たれたものだった。

 誰もが、その声に驚きルウクへと視線を送る。それに怯むことなく、ルウクは子供達を睨みつけた。


「そうやって……集団で寄ってたかって、一人をなじれば気が済むのか。相手の言い分も聞かず、ただ責め立てれば満足か!」


 言葉の暴力を浴びせ、一人を叩きのめす。その光景に、ルウクは見覚えがあった。遠い昔の記憶。それを、思い出したから。


「ふざけるな! そうやって自分の言いたいことだけ好きなだけ言いやがって! 傷つけられた奴のことを何も知りやしないくせに!」

「な、なんだよ……お前……」

「他人に罪を押し付けたいなら勝手にしろ! だが、こうして反撃される覚悟もない奴に他人を罵倒する資格なんてない!!」


 そこまで言って、ルウクは口を閉ざす。……こんなに大きな声を出したのは何年ぶりだろうか。はぁはぁと息が絶え絶えになる。しかし、子供たちを射抜く視線だけは外さなかった。


「うっ……うぅ。うわぁあああん!!」


 子供の一人が泣き出すと、一斉に皆が泣き出した。大人に縋る者もいれば、その場を走り去る子供もいる。


「あらら……」


 その光景に目を覆いながらも、ちょっとスッキリした、とリヴェルが村人に聴こえないくらいの声で呟いた。


「……ルウク」


 ルウクの姿に、何を思ったのだろう。エリシアは彼を見て、次にリヒトを見て、村人を見て。やがて、決意したように声を上げた。


「……あの、皆さん」


 子供たちを宥める親達と、宿屋の主人を始めとした他の大人達が、一斉にエリシアへと注目する。

 エリシアは、躊躇いがあるのか。ほんの一瞬だけ、口を開けたまま動きを止めた。が、すぐに唇を動かす。


「彼への疑いは、どうすれば晴れますか?」

「……」

「私達は、彼が誘拐などしていないと信じています。ですが、それでは皆さんが納得しないことも理解しています」

「……そりゃあ……」


 村人らが顔を見合わせる。子供達が黙り込んだことと、エリシアが静かに問いかけたことが功を奏してか、先ほどまでより皆が冷静になっていたようだ。考えあぐねるような間が満ちる。


「私からの提案です。私達が協力し、そのミナという子を見つけ、ここに連れて帰る……というのはいかがでしょうか」

「そ……! そんなこと、君らがグルで、自作自演をする可能性だってあるじゃないか!」

「それは……」

「だったら、こんなのはどうです?」


 リヴェルが村人の前に進み出て、懐から掌大の何かを取り出す。それはキューブの形をしており、ぼんやりと薄青色に光っていた。


「こう見えて、魔道具の製作は得意でして。これは、事前に登録された人間の魔力を辿り、離れた場所にいても周囲の音を聴くことが出来ます。もちろん、会話だって筒抜けですよ。……ほら、リヒト」

「は、はい」

「これに手を当てて、魔力を込めてみて」


 言われるままに、リヒトはキューブに手を当てて、目を閉じる。間もなく、彼の全身から漏れ出た光が、指を伝ってキューブへと吸い込まれていく。


「……よし。いいよ」

『……よし。いいよ』

「!」


 村人達がざわめく。確かに、キューブの中からリヴェルの声が聴こえた。

 どうやら登録できるのは一人だけのようだが、ルウク達が全員まとまって行動していれば、音声を拾うのに問題はないだろう。


「だ、だが……それでも、信用するのは……」

「お願いします。私達なら、結界を出て村の外へも探しに行けます。彼女を一刻も早く見つけるためにも、どうか……」

「……」


 懇願するように、エリシアは頭を下げる。が、村人たちの反応は芳しくない。それでも、エリシアはお願いしますと繰り返し続けた。


「……すみません。気を悪くされたらと思って、今まで言わなかったんですけども」

「……なんです?」


 リヴェルが口元に笑みを乗せながら、少しわざとらしい声色で告げる。


「そもそも、オレ達がグルになって、その子を誘拐して……それで、何になるんでしょう?」

「き、決まっているでしょう。身代金、とか」

「オレ達は昨日、この宿屋が納金もままならない状態にあることを知りました。商売をしている宿屋が貧困に喘いでいるのを知ってなお、民家を襲おうとするかは疑問です」

「な、なら、子供をどこかへ連れて行くことが目的では……!」

「それなら、前提が変わりますね。『オレ達が自作自演をして、彼女を連れて帰ってくるのではないか』という想定は意味を成さなくなるでしょう。違いますか?」

「…………」


 沈黙が下りる。それぞれ視線を交わす大人たちは皆、『自分達はどうすればいいのか』、その決定打を求めているように見えた。それを見て、リヴェルはもう一度、念を押すように言う。


「この魔道具越しに、オレ達を監視して下さい。それで仲間の潔白が証明できるなら安いものです。ーー今は、何よりも。いなくなった少女を捜すのが最優先です。ですから」


 リヴェルも、エリシアと同じように、頭を下げて。


「オレ達を、どうか信じて下さい」


 それを合図にしたように、リヒトも頭を下げる。三人の様子を見てから、ルウクは無表情で同様にする。……三人よりも深々とは下げずに、形式的な礼のようなものだったが。


「…………」


 再び、誰もが口を開かない時間が続いた。まるで永遠に続くのではないかと思われた、その時。


「あ、あの……」


 ーーひとりの少年が、人混みの後ろからおずおずと進み出て。


「……ぼく、見た、の。昨日の夜。……ミナちゃんが、連れて行かれるところ」


 それは、もしかすると。この場にいる誰にとってもーー救世主だったのかもしれない。

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