18
「……」
胸の奥に重苦しい気持ちを抱えたまま、ルウクは村を彷徨う。閉め切られたカーテンの隙間から、こちらを窺う視線を感じながら。
やがてルウクは、出来るだけ視線の少ない場所を探し当てる。村の出口近くにある、小さな池の前。そこから少し歩けば、結界の外に出てしまうだろうという場所だった。
「……」
しゃがみこみ、ルウクは水面に映る自分の顔を見る。水は透き通っており、鏡のように綺麗に映っている。……なんとなく、自分の汚い部分まで見せつけられているように感じられて、すぐに目を逸らした。
「よっ」
「!?」
突然、視界にリヴェルの顔が入ってきて、驚いたルウクは体勢を崩す。咄嗟に手を地面に置いた。ーーぱしゃん、と。指でもあたったのか、水面が波紋をつくり、鏡を消していく。
「うおっと! 大丈夫?」
「……何の用だ」
「いんや、少年の姿を見つけたもんだから。とりあえず声をかけてみただけだけど」
「……」
ルウクは立ち上がり、リヴェルを見据える。睨みつけるような眼差しになっていたのだろう、そんな目しなくても、と笑われた。
「……」
へらへらしているのが気に入らない。さっさと立ち去ろうと、ルウクは歩き出す。
「まぁまぁ、待ってよ! 別に目的地なんてないんでしょ? ちょっとおにーさんに付き合ってよ!」
「断る」
「そう言わずにさー! エリシアちゃん達の様子がどうだったのか、聞かせて欲しいし」
「……」
無意識に足を止め。ルウクはエリシアやリヒトとの会話、そして。
「……自分の守れるものだけを、守った方がいい」
「え?」
「……あんたは、そう言っていた」
「ん、そーだけど?」
合点のいかない様子のリヴェルを放って、ルウクは彼と目を合わせないまま呟く。
「……昔、似たようなことを言われたことがある」
「それは、誰に?」
「…………育ての親だ」
ーーなんで、こんなことを話しているのだろう。しかもこの男に、と内心は思っていた。けれど、思いと裏腹に口は勝手に動く。
「俺の……俺とエリシアの村は、魔物に壊された」
何もかも喪ったルウクは、死にかけのところをシレーヌに救われ。彼女の旅に同行しながら、生きる為の術を教わった。
「俺は……全ての魔物を殺したかった」
「……うん」
「……だが、それは無理だと言われた」
シレーヌは、ルウクの願いを聞き、神妙な表情で、そうかと頷いて。
「なぜだと俺は詰め寄った。……そうしたら、そいつは……たった今、殺した魔物が遺したコアに、魔力を籠めたんだ」
魔物のコア(核)は、いわばマナの塊。それが突然変異で獣などの形を取ったもの。それに魔力を注げば、どうなるか。
「やがてーーそれは、魔物になった」
「……!」
「息を吹き返した魔物を始末しながら、そいつは言った。『今、見せたのが答えだ』……と」
砕けたコアに、魔力を注ぐだけで。それだけで、魔物は生まれてしまう。だからこそ、魔物を全て消し去るのは不可能なのだ。……聖女の奇跡でもなければ、と。
「……そこまで出来るのは、よほど魔力の高い人間、……じゃないと無理……だとは思うけど。確かに、そうだね。魔物ってものは、どうしたって無くすことは出来ないと思うよ」
それが出来るのは、聖女が……エリシアが、旅を完遂した時のみ。
「その日から……決めている」
「自分の守れるものだけを守るんだって?」
「……」
「そっか……」
リヴェルは唇に笑みを乗せながら、声を潜めて言う。
「オレは、さ。さっきも言ったけど、エリシアちゃんの考えも尊重したいし、出来るだけ叶えてあげたいんだ。でも、少年の言う通りーー叶えられる望みにも限界がある。一人じゃ、どうしても難しい」
「あいつ……あの魔導士のやつは、それなら二人でやればいいと言った」
「……そうなんだね」
どちらも間違ってないと、エリシアは言った。恐らく、この男もそう言いたいのだろうとルウクは思う。ーーそして、ルウク自身も同じだ。
「……分からない」
「何が?」
「……他人に、そうやって……情を向けられる理由」
自分が守りたいと思っている人物にならば分かる。理解できる。しかし、エリシア達は違うのだ。初めて会ったばかりの、性格も何もかも、知らない相手。そんな人間に向けられる情を、ルウクは知らない。
「世の中、広いからねー。そういう人だっているんだよ」
「……」
「適当な返しだなって思った?」
ーーでも、そういうもんだよ、とリヴェルは笑う。
「そう思った方が、気が楽じゃない? 何も、自分と違う考えの人間を全て肯定しろなんて、誰も言ってないし」
「……」
「少年は少年で、エリシアちゃん達はエリシアちゃん達なんだよ。リヒトだって、今はエリシアちゃんと同意見だけど、違う部分だってあるんじゃないかな。それが人ってもんだよ」
そう思った方が、気が楽。……リヴェルの言葉を、ルウクは咀嚼するように頭の中で繰り返す。そして考えたのは『そう思えたら楽だろうな』という同意と、『それが簡単に出来れば苦労はしない』という率直な感想だった。
「エリシアちゃん達が、これからどうするのかは分からないけど。考えに考えて出した結論なら、オレは支持するよ」
「それで、もし……もし、限界が来たら。……どうする」
「決まってるじゃん」
歯を見せて、ニカッと笑うリヴェルの姿は。年の変わらない少年のように、ルウクには見えた。
「そうしたら、助けるよ。だって、それがオレだから」
「……」
「もちろん、少年にそれを強制はしないよ。……とはいえ、少年はエリシアちゃんがピンチになったら、誰よりも素早く助けに行きそうだけどね」
「……」
ルウクは答えないまま、再び歩き出す。背中にリヴェルの楽しげな声が届いたが、無視をした。
(…………俺は)
答えにならない答えを、胸に抱いて。足取りは真っ直ぐに、宿屋へと向かっていた。
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