15

* * *



 三人と別れたリヒトは、宿屋を出た途端に多くの視線を感じた。それは、まるで幾つものナイフで突き刺されるかのように鋭く。あまり意識していると痛みすら錯覚してしまうのではないか、と思えるほどに強い眼差しだった。


「……」


 その視線を感じる方へ、最初は目線だけで追いながら、次いで顔ごと振り向いた。そこにいたのは多くの少年少女たちと、数人の大人。人々はリヒトと目が合うと、すぐさま逃げ出すか顔を背けるか。ーー中には、端から話す気はないと背中を向けている者もいる。


(なんで、こんなに無視されてるんだろう)


 リヒトは、もともと屋敷に閉じこもっていることが多かった。魔法の勉強をして、早く偉大な兄に近付きたかったから。そして兄がいなくなってからは尚更、そちらに没頭していた。……だから、この旅に出るまで、故郷から出た経験はほとんど無かったのだ。


(兄さんは、よく話してくれてたな。色んな町や村で見た風景、人のこと)


 少しだけ郷愁に浸る。この牧歌的な村の、緩やかに流れる空気は心地よいものだろう。ーー今のような扱いを受けていなければ、だが。


(もし、この村の人達が兄さんと僕を見間違えてるとしたら……)


 そこまで考えて、リヒトは首を振る。あの優しかった兄が、いつも自分のことを温かな眼差しで見ていてくれた兄が。こんな、まるで恐れられているような反応を受けるはずがない。


(兄さんが、そんなこと)


 その瞬間ーー思い出したくない記憶が頭に過ぎり、喉奥から何かがこみ上げそうになった。

 兄が失踪する前日。そう、言われた。確かに。なんの記憶違いもなく、ハッキリと。


『お前はーー』


 駄目だ。そのことを思い返すと、陰鬱な気持ちになってしまう。

 胸の奥に燻っているものを消し去りたくて、もう一度かぶりを振る。と、遠巻きにこちらを窺う小さな瞳と目が合った。


「……っ!」

「ま、待って!」


 その瞳の主である少女が背を向けたのと、リヒトが走り出したのは同時だった。最初は少女の足が速く距離が開いていたが、やがて体力が尽きたのかリヒトが追いつく。


「やっ……!」

「あ、危ない!」


 いくつかの家々の前を走り、最奥にあった家の裏へ少女が曲がったところでーー転びかけたところを、リヒトが手を掴んだ。つんのめる少女の体重が掛かり、危うく共に転びかけたが、何とか必死に踏ん張った。


「はぁ、はあ……」

「……ひ、ぅう」

「き、君。大丈夫? 怪我は……」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい……!」


 少女はリヒトに背を向けたまま、まるでイヤイヤをするように身を捩る。その態度や、繰り返し口にする『ごめんなさい』の言葉に、リヒトは眉を寄せる。単純に怖がっている、とは言い難いほどの怯え方だ。


「ミナを離せ!」

「いじめるなー!」

「え? ーーうわっ!?」


 後ろから子供の声がしたと思い振り返れば、なんとリヒト目掛けて小石が飛んできたではないか。反射的に片手で顔を覆う。と、その間に少女がリヒトの手を振り払い、逃げ出した。


「逃げろ!」

「あ! ちょ、ちょっと……!」


 そうして、子供らは一目散に逃げ出し、リヒトはひとり、ぽつんと残される。


「……」


 伸ばした手は空を掴み、何も残らず。ふうと重い溜め息を吐いて、リヒトは腕を下ろした。


「おい」

「うわぁ!? ……な、なんだ。君か」


 いつの間に背後に立っていたのか。機嫌の悪そうな低い声で話しかけてきたのはルウクだった。

 リヒトは再び溜め息を吐きながら彼へと向き直る。


「何の用?」

「……エリシア達が、お前を心配していた」

「それで君が来たの?」

「……悪いか」

「別に悪くないけど」


 いつも仏頂面を浮かべているルウクのことが、リヒトはよく分からない。苦手というか、不可解だと思っている。

 エリシアは幼馴染だし、リヴェルは誰に対しても親しく接している。しかし、自分は彼に対して何にも思い入れがなく、その為にどう接したものやらといった調子だ。


「……」

「……」


 ーーこの沈黙、昨夜も感じたけど気まずいなぁ。心の中でそう一人ごちる。

 しかも、今日は昨夜とは違い完全に向き合ってこちらを見据えている。なにか言いたいことがあるならハッキリ言って欲しいと思う。


(僕の方から話題を見つけた方が良いのかなぁ……)


 でも、対して思いつかないし、そもそも出会ったばかりで親しみも特に感じていない彼に、そこまでする義理もないような気がする。……かといって、あまり微妙な関係を続けているとエリシアやリヴェルに申し訳ない。

 どうしたものか、と考えていると。ルウクの方が先に動いた。

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