14

「ーーうわっ!?」

「!?」

「えっ? あ……!」


 その時。いきなりリヒトが大声を上げた為にルウクの思考は中断される。リヒトは、どうやら窓の外に何かを見つけたらしい。目は大きく見開かれており、かなり驚愕した様子が窺える。

 が、そちらにルウクが視線を向けたときには、特に不審なものは見つからなかった。


「い、いま! 窓の外で、子供たちが僕らのことを見てた……!」

「え? そうだった?」

「わ、私も見ました」


 何だったのかと、リヒトとエリシアが顔を見合わせている。一人だけではなく、二人が目撃したと言っているのだ。主人との件もあり、単なる見間違いとは考えにくい。


「しかし、子供か。一見して子供って思うくらいだし、本当に幼い子達だったんだよね?」

「そう……だと、思います。本当に一瞬で、目が合った途端に隠れちゃいましたけど」


 リヒトは眉を顰める。わけも分からず注目されるというのは、あまり気分の良いものではない。ルウクとしても、さすがにリヒトへ同情した。


「うーん……。あの、まだ夕食までは時間がありますよね。僕、少しこの村を散策してみても良いですか?」

「問題ないよ。でも、一人で行くつもり? 大丈夫?」

「はい。やっぱり、このままだと気になるので。僕自身で確かめてきます」

「ん、分かった。もし何かあったら呼んでね」

「リヒトさん、行ってらっしゃい」

「ありがとう。それじゃあ、行ってきます」


 リヒトは軽く頭を下げてから、早足で部屋から出て行った。彼がいなくなると、部屋がシンと静まり返る。


「……リヒトさん、本当に大丈夫かな」


 しばしの沈黙を破ったのはエリシアだった。彼女は胸に両手をを当てて、リヒトが出て行った扉を心配そうに見つめている。


「……小さな子供じゃないんだぞ」

「それは、勿論わかってるよ。でも……さっきの子供達の目が、なんていうのかな。少し、怖かったの。だから……」


 エリシアの言葉に、リヴェルは顎に手を当て考えるような仕草を取り。


「うーん。それじゃあ、やっぱり様子を見に行ってみる? とはいえ、ぞろぞろと全員で行くのもリヒトが嫌がるかな」

「なら、私が行ってきます」

「……お前はやめろ」

「でも」


 エリシアは護衛対象な上、彼女もリヒトも荒事には慣れていなさそうに見える。もし万が一なんらかの争いに巻き込まれたら対処できない可能性があった。


「なら、オレが……って言いたいところなんだけど。ここは、少年に行ってもらいたいな」

「……は?」

「だって、これから長く旅していくんだよ。それなのに二人とも、なーんかギスギスしてるっていうか、ビミョーな空気が流れてない? この調子じゃ、昨夜も全く会話してなかったでしょ」

「……」


 ルウクは閉口する。返す言葉もない。

 昨夜についてもリヴェルの指摘通りで、焚き火を囲みながら互いに無言でいた。ルウクは燃え盛る炎を眺めていたし、リヒトは魔導書をひたすら読み漁っていたのだ。その間、ふたりは会話ひとつしなかった。……それどころか、目も合わせていない。


(……出会ったばかりの人間と、そう容易く親しくなれるわけがない)


 そうルウクは考えるが、声には出さなかった。共に旅をする以上、必要最低限には親しくした方が良いというのは分かっているからだ。ーー理解はしていても、即座に実行できるかは別の話だが。


「ほら、オレとも昨夜に話したじゃん? そうやって、少しずつでも話す機会を作った方が良いと思うんだよね。少年の場合、無理やりにでも機会を設けないとずーっと黙ってるタイプじゃない?」

「……」


 知ったような口を、と思うが否定できない。この十年間、出来るだけ人と関わり合うのを避けながら生きてきたのを見透かされているかのようだ。

 ルウクは反論できなかったが、顔は無意識に感情を表していたようだ。ーー図星だったかな、とリヴェルに笑われ、自分の眉がぴくりと痙攣するのが分かる。


「ルウク、落ち着いて」

「……落ち着いている」


 昨夜は、親近感のようなものも感じたけれど。やはり、このリヴェルという男の人格は気に入らないとルウクは思った。飄々とした態度に加えて、何もかも分かった風に言うのもイライラすると。

 そんなルウクの気持ちさえ察しているのだろうか。リヴェルは朗らかに笑いながら、


「まぁまぁ。実際どうだか分かんないけど、ここは一つ、おにーさんに騙されたと思って。リヒトのこと、頼まれてくれる?」

「……。わかった」

「ルウク、本当に良いの?」

「問題ない」


 別に大したことじゃない。あいつの様子を見るだけなのだから、と。ルウクはエリシアにそう伝えつつ、足早に部屋から出る。行ってらっしゃい、という彼女とリヴェルの声を背中越しに聞いた。

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