13
次の日の朝早く、ルウク一行は出発した。
それから歩き続けて数時間の、太陽が傾き始めた頃。最初の街から目的地までの中間地点にある、風車が幾つも立ち並んでいる小さな村へと足を踏み入れた。
石畳などが敷き詰められている聖都などとは違い、あまり舗装されていない土と原っぱが広がっており、ふんわりとした踏み心地が妙にくすぐったくも感じられる。
「今日はここの宿で泊まろうか」
リヴェルの呼びかけに各々が頷き、程なくして一行は村の入口近くにある宿屋へと足を運んだ。入ってみれば、受付と、その奥に幾つか部屋が見える。
「いらっしゃ……おや?」
受付のカウンターにいた宿屋の主人と思しき人物が、ズレた眼鏡を掛け直しながらルウクらを凝視する。
「あ、あなたは、もしや……」
「え?」
主人の視線を追ってみると、そこにいたのはーー。
「あ、ああ。いえ、なんでもありません。……そ、それより、巡礼の方々ですか?」
「は、はい……」
「や、やはりそうでしたか。この時期は毎年、巡礼の方々が来られるものですから……はは」
「部屋は空いてる?」
「ええ、ええ。四名様でしたら……はい。こちらが鍵になります」
そう言いながら、店主はカウンターの内側にある引き出しの中から銀色の鍵を取り出し、こちらに手渡した。……が、その間も、先ほど視線を注いでいた人物をチラチラと見ている。
「……あの。僕の顔に、何かついていますか?」
見られていた相手ーーリヒトは、怪訝そうに首を傾げる。その様子からして、知り合いというわけではないようだが。
「い、いいえ! 申し訳ありません!」
店主は半ば押し付けるように鍵を渡すと、傍らに置いていた新聞を広げ、顔を隠してしまった。
「……?」
顔を見合わせるが、結局は何も分からない。疑問符を浮かべつつ、一行は部屋へと向かった。
「きゅう!」
部屋に入った瞬間、フイが嬉しそうに床を駆け回る。それを見たエリシアは微笑ましそうにしつつ、やはり先ほどの件が気になるのか。リヒトの方を見て、話を切り出した。
「あの人は、リヒトさんのことを知っていたのかな」
「ううーん……僕には覚えが無いんだよね。それに、この村に来たのも、多分……初めてだった、と思うし」
「……曖昧すぎる」
「そ、それは仕方ないじゃないか! 僕は……その、魔法以外のことについては、物覚えが良くなくて……」
顔を赤らめながらムキになるリヒトだったが、だんだんと声はか細く頼りないものへと変わっていく。
「まぁ、向こうも何でもないって言ってたし良いんじゃない?」
「ですが、もし僕のことを知っている人だとしたら、僕が忘れてるなんて酷いかなって……あ!」
突然に大きな声を上げるリヒトに、皆が注目する。と、さっきまでの気弱さはどこへやら。目をキラキラと輝かせながら彼は言う。
「もしかしたら、兄さんのことを知っている人かもしれません! 僕と兄さんは顔が似ているらしいですから!」
「え? あっ……」
そう言うや否や、リヒトは部屋を飛び出して行ってしまう。バタン、と勢いよく扉が閉まる音。次いで、沈黙。
リヒトの唐突な行動に、残された三人は驚愕せざるを得ない。思わず目配せし合う。
「……なんなんだ」
「行っちゃったね……」
「とはいえ、可能性としては結構アリかも」
「……何が」
「リヒトの兄さんを知ってる人かもってこと」
そう言われて、ルウクは思考を巡らせる。
リヒトは有名な魔導士一家の人間だ。しかし両親含め親類はみんな故人で、長男ーーリヒトの兄だーーも失踪しており、現在はリヒトしかいないとリヴェルが話していた筈だ。
「リヒトの兄さん……ノルト・シュテルンは、聖堂から特別な地位を与えられた魔導士だからね。街や村の視察、それに魔物の撃退任務なんかも、聖堂騎士団と協力してこなしてたこともあるんだ。だから、彼の顔を知っている人は多いんじゃないかな」
「私も、その方のお話だけは聞いたことがあります。とても優しく、穏やかな方だったと」
エリシアが聖堂に入ってから、二年後にはノルトは行方知れずになっていたらしい。その間、会って話すような機会はなかったという。
とはいえ、聖女であるエリシアに会える人間は限られるため、当たり前といえば当たり前ではあるが。
「ノルトは、シュテルン家の屋敷にあった魔導書の幾つかと、自分の所持品すべてを持って失踪した。……弟のリヒトひとりを残して、ね」
「……」
ルウクは、リヴェルの苦々しげな表情を見る。……彼も、幼馴染を故郷に置いていったと言っていた。それを思い出しているのだろうか、と考える。
もっとも、リヴェルは書き置きを残してはいったようなので、ノルトのそれとは勝手が違うように感じられるがーーひとりを残して置いていった、という点だけは同じだ。
「……うぅ……」
「リヒトさん! お帰りなさい。……どうだったの?」
退出時とは大違いの、ゆったりとした動作で開く扉。そして入ってくる、がっくりと肩を落としたリヒト。
その様子だけで何となく結果は察することが出来るが、無言でいるのもどうかと思ったのだろう。気遣うような声色で、エリシアが問いかけた。
「……正直、怪しいんだ。声は震えていたし。……でも、聞けば聞くほど、知らないの一点張りで」
何か知っていそうだったのに、とリヒトは零す。それを眺めながら、ルウクは二つの疑問を抱く。
ひとつは店主の態度のことだが、もうひとつは。
(こいつ……兄が憎らしくないのか?)
話だけ聞けば、幼いリヒトを置き去りにした兄だ。悲しむのも分かる。辛いのも分かる。しかし、それ以上に憎しみを感じてもおかしくはないだろう。
今までにリヒトとした会話は数少ないが、それでも兄を引き合いに出すことは多かったように思う。こんな仕打ちを受けて、そこまで慕う理由がルウクには分からなかった。
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