12

「……俺、だけが。……俺だけが、知られているのは……不公平だ」


 そんな、自分でもどうなのかと疑問に思う発言をしてしまう。

 全身が急速に冷えていき、それなのに焚き火は妙に熱く感じて。汗がこめかみを伝い、知らず知らずに手をぎゅっと握り締める。


「……」


 リヴェルの表情は見られない。沈黙が下りる。果たして、それは一分だったのか、それとも数秒だったのか。とても長く感じた。

 今度こそ完全に口を閉ざしてしまったルウクに対して、彼は先ほどと変わらない声色で、何でもないことのように答える。


「確かにそうかもなぁ。んじゃ、オレのことで聞きたいことってある?」

「……」

「特にないなら……そうだなぁ。オレはちょくちょくエリシアちゃんと聖堂で会ってて、割と有名人の友達がいて。それで……うん。少年と同じように、幼馴染がいるよ」

「……幼馴染」

「そっ」


 リヴェルは頭の後ろに組んだ手を置いて、さっきよりも深く幹に寄りかかる。そうして夜空を見上げながら、静かな口調で語り始めた。


「オレの故郷もさ、昔、壊れちゃって。その前後で、幼馴染はバラバラになっちゃったんだよね」

「……!」

「みんな……死んだか、行方不明だかで。唯一、ひとりだけ……故郷に残ってる子がいるんだけど。その子とも、もうしばらくは会ってない」

「……なぜ」

「なぜ会わないのか、って? そうだな……」


 ルウクは自然とリヴェルの顔を眺めていた。彼は今までに見たような、柔らかく穏やかな笑みではなく。もう戻らない遠い過去を懐かしみ、そして悼むようなーー複雑な表情を浮かべていた。


「喧嘩しちゃったんだよ。その子と」

「……喧嘩?」

「そ。喧嘩。些細なもの……とは、言えないようなヤツ」

「……」

「オレは外の世界に出て、いなくなった皆を捜しに行きたかった。でも、彼女は嫌がった。行かないで、ってさ」

「……」

「怖かったんだよな、きっと。何せ、家族も友人も何もかも喪った後なんだから。だから、オレを見送りたくなかったんだろうね」


 ふう、と大きな溜め息を吐いたリヴェルは。ルウクの視線に気が付いて、口元だけ笑んでみせる。


「結局、オレは黙って旅に出たんだ。手紙は置いていったけど、彼女が見てるのかは分からない。それからも……気まずくて、一度も帰ってないんだ」

「…………」


 いつも笑顔で、そのせいで胡散臭いと思っていたリヴェルの口から、そんな話が飛び出してくるなんて思っていなかった。

 リヴェルの真剣な姿と、彼が語るものに自身の経験と重なるものがあってか、ルウクは何も返せない。


「あー。なんか暗い空気にしちゃったね」


 幾ばくの沈黙の後。リヴェルは両手で頭を掻きながら、唐突に明るい声を上げた。ごめんね、とルウクに告げながら、いつも通りの笑みを浮かべた。


「おにーさんの話はこんな感じ。まぁ、あんまり聞いてて愉快な気持ちにはならなかったと思うけど」

「……それを言ったら、……俺も同じだ」

「ははっ。まぁ確かに」


 そう言うリヴェルの姿からは、さっきまでの重苦しい雰囲気は感じられない。……二面性のある人間。そんな印象を、ルウクは抱いた。



「んじゃあ、そろそろ時間だよね。リヒトを起こして、オレはいったん寝ようかな。おーい」

「……て」

「ん? 少年、なんか言った?」

「……手、紙」

「へ?」


 リヒトを起こそうと揺さぶっているリヴェルに、ルウクは張り付いていた口を懸命に引き上げ、言葉を紡ぐ。


「手紙、……出さないのか」

「出さないのかって……もしかして、故郷にいる子にってこと?」


 固い動きだが、ハッキリとルウクは頷く。

 会うのが気まずいとはいえ、天涯孤独になった幼馴染を放ってそのままだなんて、どうかと思ったのだ。

 さすがに手紙くらいは出しているんじゃないか、という意味を込めて問いかけたが。リヴェルはルウクから目を逸らして、言いづらそうに答える。


「……うん。そうだね。そう出来たら良いんだけど」

「……まさか」

「うん。一度も……出してない」

「……」

「彼女はオレのこと嫌いなんだろうなって思ったらさ、何にも言えなくなって。勝手に出て行ったクセに、手紙だけ出して『気にかけてます』なんてポーズ取っても、怒らせるだけだろうなって思っちゃってさ」

「それは……」


 そうかもしれない、と一応は納得する。けれど、やはりルウクとしては、それでも良いのだろうか、という気持ちも同じくらい大きかった。


(……他人の事情に首を突っ込むべきじゃない)


 しかし。その意識が頭をもたげた途端、ルウクはそれ以上なにかを言うのを止める。

 ルウクが自分の話を全て話しているわけではないように、リヴェルも同様だろう。それなのに、分かったような口をきくのはお門違いではないだろうか。


「……ありがとね。心配してくれて」

「……していない」

「そっか、それは残念。……おーい、リヒト。起きなよー?」


 ルウクの感情を見透かしたように、リヴェルは笑って。また、リヒトの身体を揺さぶり起こすのを再開したのだった。

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