11
旅立ってから、最初の野宿。それはルウクにとって、育ての親であるシレーヌ以外の人間とする初めての野宿だった。
枝葉を集め、そこに魔道具で火を点ける。ぱち、ぱち、という音を立てながら、赤い炎が周囲をぼんやりと照らしていた。
「……ねぇ、少年」
「……なんだ」
いくつもの星が夜空に煌めく。エリシアを寝かせ、男性陣は交代制で番をしていた。今はルウクとリヴェルが起きており、リヒトが寝ている。
互いに木の幹に腰掛けて、しばらくは無言で中心にある焚き火を眺めていたのだが。ふいに、リヴェルがルウクに話しかけた。
「少年って、エレナのことが嫌いなんだっけ」
「……」
エレナのことをリヴェルに話した覚えはない。どういうことかと問うより先に、リヴェルがエリシアから聞いたと答える。
「大丈夫だとは思うけど、エリシアちゃんのことを責めないでやってよ? あの子、少年のことをオレ達に嫌って欲しくないんだよ」
「……それは」
「街で買い物に行く前だって、エリシアちゃんはオレ達に話してたんだよ。少年とは子供の頃の幼馴染で、故郷で何があったか……とか」
「!」
彼女が宿屋から出てくるのを待つ間、そんな会話が行われていたなんて知らなかった。思わずリヴェルの顔を凝視すると、彼は苦笑いしながら肩をすくめた。
「まぁ、あくまでも概要みたいなもんで、詳しい話は言ってなかったよ。でも、そんなことがあったから、きっと人に心を開きにくくなってるんだってエリシアちゃんは話してた」
「……」
「彼女の推測だから、当たってるかは知らないけど。まぁそんなわけだからってことで一応ね」
「……どうして、わざわざ俺に話すんだ」
ルウクの質問に、リヴェルは朗らかな笑みを浮かべて言う。
「だって、オレやリヒトがいきなり訳知り顔をしたら、少年、ぜっっったいに警戒するでしょ? それで更に距離を置かれたくないしね」
「……」
「せっかくだから、仲良くしたいじゃん? だからさ」
にかっと笑うリヴェルを、何となく直視できずにルウクは顔を逸らす。エリシアにも、リヴェルにも、気を遣われていた。その事実を知った途端、何だか急に立ち上がって、走り出したくなってしまいたくなる衝動に駆られた。
(逃げたいのか)
分からない。分からない、けれども。エリシアやリヴェルの考えを、知って良かったと思う気持ちと共に。ーー知らない方が良かった、とも思ってしまう自分がいた。
ルウクは口を結び、煌々と燃える炎を眺める。ただひたすら赤い鬣を揺らめかせる炎。自分は、この炎のように存在を主張することは出来ない。二本の足でしっかりと立ち、『そこにある』ことは出来ない。
(誰かと共に在る自分が……想像できない)
だから、他人に気を遣われたり、笑顔を向けられることに、違和感を覚える。自分が場違いな人間のように感じてしまう。そう自己分析していた。
「なんか複雑そうな顔してるけど、大丈夫?」
「……問題ない」
「そっか。なら良いよ。話したくないことは無理に聞かないさ」
「……」
自分は……いつか、自分の考えていることを素直に口に出せるときが来るのだろうか。考えるよりも先に、感情を表に出せるときが来るのだろうか。そんなことを考えながら、ルウクはリヴェルを伺い見る。彼の表情は、今までと同じ。胡散臭いほどに穏やかだった。
『もし、変わっちゃった自分が嫌いになって、それが難しいって言うならーー少しずつでも良いから、好きになって欲しいの』
エリシアの言葉を思い出す。ああ、昔の自分であれば、もっと感情を素直に出せただろうとルウクは考える。
ならば、彼女の言うように。今の自分を、好きになれるのだろうか。もしくは、好きになれるようにーー変わることが出来るだろうか。
「……なに、少年? そんなにこっちを見つめて」
「……」
「何か言いたいことでもあるの?」
「……い、……」
いや、何でもない、と言おうとして。舌を丸めながら、その先の言葉を必死に押し留めた。
……今後、旅を続ける上で。彼らとは、普通に話せるようにした方が良いだろう。そんな理屈を捏ねながら、ルウクは全ての意識を自らの口に集中させる。そうして、ゆっくりとそれを開き。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます