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「とりあえず、ここから歩いて三日ちょっとの距離に風の遺跡がある。まずはそこが目的地かな」
大衆食堂の中。広々とした一室で、大勢の人々が食卓を囲んでいる。
一行は隅の方で席に着き、静かに食事を進めている。そんな中、ふいにリヴェルが皆に告げた。
聖女の巡礼の旅では、それぞれ火・水・風・土の四大属性を司る遺跡を訪れる。そして祈りを捧げることで、やがて世界樹が力を解き放つのだ。
神話によれば、聖女は世界樹が助けを求める時に産まれ落ちるという。
(わざわざ助けを求めて、かつ聖女が手順を踏まなければ世界樹が機能しない)
もちろん、世界樹が絶えず生んでいる『マナ』は魔力の源であり、この世に必要なものではあるが。この聖女の巡礼については、なぜここまで面倒なのかと正直思う。口にはしないが。
「あのう……」
「ん? どしたの?」
目を見張るような、鮮やかな金髪が揺れる。ルウクらが『
リヒトは困惑したような表情で言う。
「僕と、リヴェルさんと、エリシア様のことは分かるんですけど……」
ちらりとルウクを横目で見た。その眼差しは、ルウクの存在自体への疑問が見え隠れしていた。……そういえば、そもそもルウクは彼に名乗ってすらいなかったのを思い出す。
「……」
「……」
「……って、そこは自己紹介する流れじゃないの!? 君ら警戒しすぎでしょ!」
無言で見つめ合っていると、空気に耐えられなくなったのか、リヴェルが大声を上げた。喧騒の中だったため、特に周囲から注目を浴びるほどではなかったが。
「ルウク、いじわるしちゃダメだよ」
「してない」
教える理由も、教えない理由も、特になかった。それだけだった。
エリシアに即答しつつ、ルウクは仏頂面を浮かべる。
「……ここは、先に言った方が大人の対応かなぁ」
「は?」
リヒトの呟きが聴こえ、ルウクは眉を顰めた。偉そうな物言いだ。
「僕はリヒト・シュテルン。偉大な魔導士、ノルト・シュテルンの弟。これから……よろしくになるかは分からないけど、とりあえず、よろしく。『誰かさん』」
「は?」
「ルウク!」
喧嘩をすると思ったのか、エリシアが制止するようにルウクの名を呼ぶ。……別にそんなつもりはない。ただ、今のやり取りでルウクのリヒトへの印象は決まった。『気に入らない奴』だ。
「……ルウク。ルウク・エイデン」
しかし、あまり印象を悪くするとエリシアへの心象にも関わるかもしれない。その思いで苛立ちを抑えつつ、ルウクは言葉少なに会話を終わらせた。視界の端で、エリシアがほっと胸を撫で下ろすのが見える。
「よしよし、互いの名前を覚えたらもう友達だからね! 仲良くしよーね! うんうん!」
リヴェルは豪快に笑いながらルウクとリヒトの肩を叩く。おおよそ仲良く出きなさそうな会話を目の前で繰り広げていたのだが、それは関係ないらしい。
「あ、リヒトさん。私のこと、エリシアで良いですから」
「えっ? でも」
「オレも賛成。ほら、オレ達お忍びなんだから。様付けなんてしたらエリシアちゃんが身分高い人だって勘付かれちゃうでしょ」
「お前、そんなことも考えられないのか」
「はぁ!?」
「ルウク!」
フンと鼻を鳴らし、ルウクはそっぽを向く。少しくらい反撃したって良いだろう。
「とりあえず……分かりました。ううん、分かったよ、エリシアさん。でも僕のことも、気軽に呼んでくれていいから。何だかくすぐったいし……」
「えぇっと……うん。そうするね」
「それで……」
リヒトは途端に声色を変えた。彼からの強い視線をルウクはひしひしと感じる。
「そこの君、なんなの? 当たり前のようにここにいる上に、その態度。どうかと思うよ」
「……お前には関係ない」
「本当に無関係でいてくれるなら大歓迎だけど、そうしてくれるの?」
「どういう意味だ」
「ーーだって君、この旅に着いてくるような雰囲気じゃないか」
…………。ルウクは痛いところを突かれて喉を詰まらせる。何も言えなくなって、自然と口を閉ざした。
「ルウク……」
「あれ? てっきり来るもんだと思ってたけど、違うの?」
心配するようなエリシアの声と、意識的なのか無意識なのか、とぼけたようなリヴェルの声が同時に聴こえた。
「……元々、俺は護衛役に選ばれていない。選ばれていたのはシレーヌ……俺の育ての親だけだ」
「……育ての、親? それって」
「シレーヌに推薦はされたが、結局あの騒動でうやむやになったままだ」
リヒトの問いかけを遮りながら、ルウクは続けた。詮索されたくなかったからだ。それを察したのかは不明だが、リヒトは開いていた口を閉じる。
「オレは別に良いと思うけどねー。資格がある人に推薦されたんでしょ? それに、ここまで来たら乗りかかった船っしょ。エリシアちゃんのことだって、心配じゃないの?」
「それは……」
「そうだ! 旅の準備とか満足に出来ずにここへ来ちゃったし、出発前に買い物しとこうか!」
ニコニコと笑みを浮かべながら、さも妙案だとばかりに声を上げる。そうして、あれよあれよという間にリヴェルとリヒト、ルウクとエリシアの二組に分かれて行動することになってしまった。
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