3
「ルウク!」
「! ……エリシア」
一人でいるルウクを見つけてか、ぱたぱたと駆けてきたエリシアを、ルウクは眩しいものを見るように目を細め。すぐに、顔を逸らした。
「……ルウク。どうしたの?」
「いや、何でもない」
「なんでもなくないよ。ルウク、凄く悩んだ顔をしてるもの」
「お前に……分かるのか」
「うん」
「そんなわけあるか。ずっと……十年だぞ」
十年も会えないままで再会したばかり。しかも、自分は酷く愛想のない人間になっている。それなのに分かったような口を聞くエリシアが分からないとルウクは低い声で言う。
対するエリシアは、何を思ったのか。ルウクの顔を下から覗き込んで、じっと見つめてくる。
「な、……なんだ」
「ルウク。私のこと、怖い?」
「は? なぜ……」
「だったら、こっちを向いてよ。ね?」
「……」
優しく諭すような声色。ルウクは仕方なく彼女の方を向く。目が合うと、エリシアはふわりと微笑んだ。
「よかった」
そうして、エリシアは胸に置いた手をきゅっと握ると、ルウクに語りかける。
「やっぱり、目と目を合わせて話をしたいよ。……せっかく、逢えたんだから」
「……得意じゃない」
「不得意になっちゃった?」
「……ああ」
「そっか。そんな感じ、確かにするね」
ルウクは、エリシアが何を考えているのか。何を言いたいのか、全く分からなかった。昔はもっと彼女の感情の機微を察することが出来たと思うのに。今は、全然だ。
「私も同じ。……色んなことがあってね。得意なことも増えたけど、新しく不得意になったこともあるの」
「……そうか」
「だからね、」
エリシアは何かを言いかけて、一旦やめる。しかし、躊躇ったのは一瞬だけだ。すぐに、意を決したように声を上げる。
「変わっちゃった自分も、好きになるように頑張ったんだ。出来ているかは、わからないけど……」
「……」
「ルウクにも、そうして欲しいとは言わないよ。でも、自分を好きになれたら、きっとそれは素敵なことだと思うな」
「……簡単じゃない」
「うん……そうだよね。だから、これは私の意見なの。答えを出すのはルウク自身。あくまでも、私の場合はこうしたって。そう言いたかっただけだから」
「……どうして、わざわざそんなことを」
ルウクの様子を見て、エリシアは何を察したというのだろう。助言めいた口ぶりに、ルウクは戸惑った。
ーー今のエリシアは、十年前までとは大きく違っていた。昔の彼女は、こんな大人っぽく微笑んだりしなかったし、人に自分の気持ちを喋ることだって苦手だった。泣き虫な面も、現在の彼女には見当たらない。
まるで別人のようだ、とルウクは思った。
「ただ、ルウクのことが心配だからだよ。……それじゃあダメ?」
「そういう……わけじゃ」
「うん。良かった」
エリシアはルウクから一歩下がり。手を後ろで組みながら、明朗な声で告げた。
「変わっちゃっても、私がエリシア・カリウスなのと同じように。ルウクだって、何が変わってもルウクなんだよ。私の大切な友達のルウクなの。だから、出来ればルウクには笑っていて欲しいんだ」
彼女の声色は、何の迷いもない。清廉で、あたたかで、まっすぐ胸に響いてくるもので。ルウクは自然と目を見開いていた。
「もし、変わっちゃった自分が嫌いになって、それが難しいって言うならーー少しずつでも良いから、好きになって欲しいの」
「……勝手だ」
「うん。そうだよね。……わかってるよ。私は、とても……自分勝手」
「……」
なにも言えなくなる。エリシアは何を考えているのだろう。全く分からない。
ルウクは思う。自分の本意を隠すこと。彼女は、それが得意になったのだと。
「……ねえ。ルウクはこれからどうするの?」
エリシアの碧色の瞳に、ルウクの姿が映る。まるで、水面に映っているかのようだと思った。
「……俺は……」
ルウクは思い悩む。エリシアが来るより前と同じように。……いや、彼女と話して、なおのこと悩みが深まったように感じた。
十年前のあの日から今まで。自分が何をしたいとか、どうあるべきかなんて、考えたこともなかった。
出来たのは、流れに身を任せて生きることだけ。それがとても楽で、安心できた。自分の家族と言える人はシレーヌしかいなかったし、それで良いと思っていたから。
けれど。エリシアは生きていた。しかも、大きな使命を背負っている聖女であった。これから、決して楽ではない道を進むことは明白だろう。ひとたび町を出れば、結界の外には魔物が蔓延っているのだ。
(……だが)
そこに、自分が共にいるべきなのか。必要なんか、無いのではないかと思う。
彼女は、十年前よりもずっと強くなったように思えたからだ。それに、もともと護衛役に選ばれていない自分なんかが行っても役に立たないのではないか。劣等感というよりも、強い疑惑がルウクの頭に渦巻いていた。
「おーい! 話してるトコ悪いけど、そろそろ食べよーよ!」
「!」
突然リヴェルに呼ばれ、二人で肩を震わせる。自然と顔を見合わせ、どちらともなしに立ち上がった。
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