第二章 ー視線の先にー
1
蝋燭の灯りのみが、ぼんやりと周囲を照らしている廊下。そこを、緑の髪の青年が肩を怒らせながら早足で歩いていた。
青年の表情は険しく、拳をぎゅっと握り締めている。この様子を見た者がいたとしたら、誰もが彼が何かに憤っているのだと判断するだろう。
「……おい! どういうことだっ!」
扉を勢い良く開け放った途端、青年は中にいた者に声を上げた。
部屋の中も廊下と同じように薄暗く、僅かな灯りしかない。その為、青年から中にいる人間の表情はほとんど窺えないほどだった。
部屋にいたのは、青年の一直線上に位置する長椅子に座る男。彼は、床につくほどの長い赤髪を指で梳かしながら、入ってきた青年へと気だるげに顔を向けた。
「何を騒いでいるんだい?」
「とぼけるな! 俺が何を言いたいか、分かってるんだろ!」
苦悶の表情を浮かべ、緑髪の青年は叫んだ。
「お前、なぜ大聖堂を襲わせた! あんなの、何の意味もないだろう!?」
対する赤髪の男は、にやりと笑みを深めた、ように見えた。
「あれは余興だよ。せっかくの素晴らしい日を、僕なりに彩ってあげようと思ってね」
「なっ……! お前!」
「どうせだからね。彼が彼女と再会する様を、より劇的なモノに演出してあげたのさ」
暗闇に目が慣れてきたのか。赤髪の男の表情が、さっきよりもハッキリと見えるようになる。
赤髪の男は、愉快そうな声色とは裏腹にーー憎々しげに表情を歪めていた。
「この日を一番、誰よりも待ち望んでいたのは僕だからね。彼女への愛を遂げ、あの男へ復讐する……それらが叶うときが来たのだから、色々とやりたいことがあるのも理解できるだろう?」
「そんなのっ……」
「止めようとしても無駄さ。それとも力づくで止めてみるかい?」
緑髪の青年は、その問いかけにハッとした顔になり、すぐに目を逸した。
「そうしたら……結果は見えている。君が歯向かってきたら、僕が『あの子』に何をするのかも分かるよね?」
「……。ああ。分かってる……」
悔しげに、緑髪の青年は歯を食い縛り。上げられない手を握り締める。爪が掌に食い込み、痛みが走った。そしてその痛みが、彼に言ったようだった。『何もするな』と。
「……邪魔したな。俺は……戻るよ」
「ああ。気にしないで良いよ。君が人間たちへの情を捨てきれないほど優しい奴なのは知っているからさ」
「……そうかよ」
言いながら、緑髪の青年は部屋を出る。先ほどは早足で抜けた長い廊下を、今度はゆっくりと歩いた。
そして。他の者に気取られない場所まで歩いた青年は、唐突に立ち止まり。
「くそッ!!」
思い切り、壁を殴りつけた。爪が食い込んだ時の比ではない、ジンジンとした焼け付くような痛みに襲われる。
それでも。青年は、殴るのを止めなかった。何度も。なんども。感覚が無くなってしまうほど。殴って。殴って。
「俺は……」
やがて。手が止まったとき。青年は崩れ落ちるように膝をついた。振り上げていた手も、力なく床に落ちる。
「意気地なし……だよな。分かってる……分かってるんだ……」
青年の、懺悔するような。泣いているかのような、か細い声は。誰にも聴かれることなく、空気に溶けていったーー。
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