3

「……さあ」


 ルウク達が去った後。ガーダは小さく息を吐き、吸う。そして両手に携えた剣と盾をいま一度、構えた。

 じりじりと躙りよってくる、死んだはずの仲間。ーーそして。


「居るのだろう? そこに」

「…………」

「これは禁呪『魂環(こんかん)の法』。死んだ人間の身体を傀儡にする……人としての道を踏み外した魔法。そうだな」

「…………」


 暗がりの中。気配は感じるが、魔導士の姿は見えない。

 過去に学んだ魔導書の記述を、ガーダは心中でなぞる。それを使われた者の身体は術者のモノとなり、魂は転生の環に入ることが出来ず身体に縛り付けられる。

 術を掛けられた者を解放するには、術者が解くか、術者が死亡すること。それのみだという。

 ガーダは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、自分の仲間を弄んでいる術者を憎んだ。


「ようやく彼の最期の言葉を理解したよ。『仲間が仲間を襲った』。『襲われた』、と言っていた。……そういうことだったんだな」


 何人もの仲間が、この魔導士に殺されーー傀儡とされてしまったのだろう。彼は仲間が仲間を襲い殺していく様を見て発狂してしまったのだ。……無理もない。地獄絵図だっただろうことは、容易に想像がつく。

 今の時間、稽古場にいたのは自分達だけ。他の者は、それぞれ警護や巡回に出払っていた。……教皇や大司祭達は無事なのか。民衆たちは?

 様々な想いが駆け巡る。が、自分達の最優先任務は聖女を守り抜くことだ。それに何より、今は考え事をしている場合ではない。


「!」


 術者がいるはずの位置から、一陣の風が瞬く間に襲いかかる。盾を前に構えて防ぐ。次いで、バリン、という割れる音と共にーー廊下が暗闇に包まれた。


(狙いはこっちか!)


 壁に等間隔に取り付けられていた灯り。それらを壊し、こちらの視界を塞ぐのが目的だったのだ。それに気付いた瞬間、ガーダは後ろに飛びのく。先刻まで立っていた地点に、仲間だった男が剣を振り下ろした。


「ぃたイ……いたいんだ……ィたい……」

「ッ……!」


 死んだときと同じ痛みを抱えたまま、無理やり動かされているのだろう。男は涙を流してはいなかったが、声は確かに泣き叫んでいた。

 しかし、感傷に浸っている暇はない。


「くっ!」


 立っている床に高熱を感じ、反射的に横へ転がる。すぐさま火柱が上がり、避けた先では仲間が剣を振ってくる。


(速い……!)


 本来、魔導士の詠唱から魔法の発動までには、もっと時間を要すはずだ。その間、術者と発動地点でマナの気配が強くなる為、それらの情報のもと回避している。

 が、この闇に紛れた魔導士は、詠唱開始から発動までの間がかなり短い。傀儡を用いているのはガーダに近寄られないようにする為だろうが、恐らく単騎でも戦おうと思えば戦えるだろう。かなりの実力者であることはすぐに分かった。


(このままでは、こちらの体力だけが奪われる)


 攻撃に転じられないまま回避のみを続けていても意味がない。それに、回避し続けるのにも限界がある。こちらが消耗すれば、すぐに追いつかれるだろう。


(ならば)


 ガーダは頭の中で思い浮かべる。今は見渡すことの出来ないこの廊下に『何があったか』を。そして、絶え間ない攻撃をかわしながら徐々に後方へと下がる。途中ふらついて、花瓶が置いてあるテーブルに手を付いたことがあったものの、何とか攻撃は避け続けた。


「っ!」


 やがて、ほぼ真後ろに扉ーールウクらを行かせた扉だーーの気配を感じ、追い詰められたガーダは振り向く。顔を歪める。


「ぅあッ……あ、あ」


 その隙を相手が見逃すはずもない。傀儡の男の剣が、ついにガーダを捉える。


「……!」


 しかし。ガーダが浮かべたのはーー予測通りだ、という笑み。それに、傀儡の男より後方にいる魔導士がハッとしたような息遣いが聴こえたような気がした。

 その瞬間。ガーダは鎧の腰に取り付けていたポケットから煙幕弾を取り出し、渾身の力を込めて傀儡の後方に投げつける。同時に身を横に逸らす。傀儡の剣が肩を撫ぜ、血が吹き出た。掠っただけだ。ーーまだ動ける。


「はぁっ!!」


 覚悟を決めて、ガーダは目の前にいた傀儡を真一文字に斬り伏せた。驚愕の表情を浮かべながら、二分割された傀儡の男は床に倒れた。

 その間、魔導士は煙幕を取払おうとしたのだろう。風の魔法が、素早く煙幕を払う。

 同時に、ガーダの耳に届いた。ーー風の魔法に触れた花瓶が、パリンと割れる音を。


(やはり、傀儡を操るには術者が近くにいなければいけなかったか……!)


 傀儡を斬った勢いのまま、大きく踏み込む。前に跳躍。そして駆ける。先ほど手を触れた花瓶の置いてあるテーブル。そこに、魔導士がいる。

 僅か数秒にも満たない時間。煙幕が晴れる。立っていたのは、闇色のローブを纏った、仮面の魔導士。

 届く。間違いなく。そう確信したガーダは、剣を横に振り抜いた。対する仮面の魔導士は、咄嗟だったのか。僅かに後方に踏み出し避ける。

 カキン。金属が触れ合う音と共に、ガーダの剣は仮面の魔導士の左頬を切り裂きーーその仮面を弾き飛ばした。


「!?」


 露わになった魔導士の顔に、ガーダは驚愕した。けれど、ここで動きを止めてはならない。そう、そうだ。目の前にいるのが誰であったとしても、ここで討つ。

 ガーダは動きを止めない。柄を強く握り締めながら、魔導士に向けて剣の切っ先を伸ばしーー。


「なっ……!」


 しかし。次の瞬間。そう、ほんの少し。たった一瞬だけ、ガーダは手を止めた。止めて、しまった。

 魔導士を庇うように、突如として魔導士とガーダの間に割って入ってきたーー黒髪の少女の姿を認めて。


「……」


 自分がよく知っている少女の背後で。魔導士は、口元を愉快そうに歪めた。


(しまっ……)


 失態を犯したと気が付いたのも束の間。少女ごと、ガーダの胸は魔導士の持つ闇の刃に貫かれたーー。

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